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その日の前に


 彩乃が即死だったことを聞いたとき、私は憤りを感じた。


 苦しまずに済んだのだから不幸中の幸いだ、と母は言った。

 私はそうは思わなかった。

 もしも私が今日限りの命だとしたら、何を思うだろう。たぶん、いやきっと彩乃のことを思い出すに違いない。彼女との思い出はいつだって、色鮮やかな水彩画のように鮮明に思い出すことができる。

 二人の通学路。

 二人で乗った観覧車。

 二人で走った夏祭りの境内。打ち上げ花火。

 彼女は良い場所を知っていると言い、私を連れて山の方へ走った。

 誰もいない、いや二人きりで見る花火は、少し小さいが綺麗だった。

 私がそうであるように、彩乃が死の間際に私のことを想って欲しいと願うのは、わがままだろうか。

 友達のいない私にとって、彩乃は世界の全てだった。

 そして今では、その事実が私を苦しめる。

 私を苦しめる彩乃なんて、死んでしまえばいい――

 いや、と頭を振る。私は何を言っているのだ。彩乃はもう死んでいるではないか。

 でも、私はどうしても割り切れなかった。私を一人にした彼女のことが、許せなかった。

 どうして、生きている私が死んだ人間のために苦しまなければいけないのだ。

 境内に人は誰もいない。ふと、言葉が口をついて出る。


「死ねばいいのに」


 言い終わって、我ながら馬鹿馬鹿しいと思った。もう死んでいる人間に死ねなんて、妄言にもほどがある。

 既に日は陰り、境内の社を朱く照らしている。そろそろ帰ろう、と思い、社に背を向け、止めてあった自転車の元へ向かう。

 その瞬間。

 誰かの手が私の肩に触れる。

「これで満足?」

 私は振り返る。そうだ、聞き間違えるはずもない、この声の持ち主は、

「車に撥ねられるの結構痛かったし、いくら凉花の頼みでももう一回は嫌なんだけどなぁ」

 彩乃は、悪い悪戯を思いついた子供のような顔をしてそこに立っていた。



 呆然と立ち尽くす私に、彩乃は事の顛末を話し始める。

 まず、彩乃が事故で命を落としたこと。これは私も聞いたとおり、間違いの無い事実だ。実は死んでいませんでした、とか実は夢でした、という話ではないらしい。

 ああ私もここまでか、将来の自分のためだとか言われて勉強した数学も英語も役に立たずじまいだな、なんて思いつつ天に昇ろうとしたとき、偶然その場に居合わせた一匹の狐に呼び止められたそうだ。

「何の悪さもしておらん善人がこうして命を落とすとは何とも不幸なことよのう。どれ、そこな人の子よ、もう少し生きてみたいとは思わんかの?」

 どうやらその狐は、カミサマらしい。まあ道路にただの狐がいるはずがない。そしてこうして死人に向かって話ができる。もっともな話である。

 できるのか、と問い返す。死んでしまっているせいか声は出なかったが、どうやら狐には伝わったらしい。

「できるとも。ただし、条件が二つある。まず一つは、私の所有物だということが分かるように目印をつけること。なに、首輪をつけろと言っているのではない。これで十二分じゃ」

 そう言って、狐はどこからかブレスレットのような物を取り出し、彩乃に手渡した。それには、神社に置いてある物をそのまま小さくしたような鈴がつけられてあった。

「別に儂はそなたに召使いになれと言っているのではない。ただ、死人を下界に下ろすのはこうするのが手っ取り早いからの。……ここから先は他人には話してはいけない。話したが最期、輪廻転生に戻れないと知れ。二つ目の条件は――」

 彩乃はそれ以上話さなかった。私も、これ以上詮索するつもりはない。


 二日間。

 それが、狐が彼女に与えた時間の全てだった。

 明後日の夕方五時には、もう彩乃はここにはいられない。

 決して短くはない。が、彩乃がこの先生きていくはずだった途方もない時間に比べれば、それはあまりにも短い。

 だけれど、私以外にも友達のいるはずの彩乃がほんのひとときでもその時間を私と話すことに裂いてくれたことが、どうしようもなく嬉しくて、視界がぼやけた。

「で、どうするの?」

「……何が?」

「私に、もう一回死んで欲しいんじゃないの?」

 鏡を見なくても分かる。豆鉄砲を喰らったような顔をする私を見て、彩乃は声を出して笑った。

 その時、彩乃が腕に着けたブレスレットの鈴が鳴った。仏壇のお鈴を弾いたように、透き通った音だった。


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