第222話 昇格試験4
スイが部舞台から降りて控え室に帰って来た。すると直ぐにサキに抱きついて「さっきー寂しかったよ〜」と泣き叫びだした。寂しいと言えども何メートルか先に居るんだから泣くほどの事では無いだろう。……スイのサキ依存は俺の思っていた以上のようだ。
サキもなかなかスイを甘やかしているようで、泣きついてきているスイの頭を優しく撫でている。まるで子供をあやすお母さんの様だ。
「お疲れ様」
「うん!」
ダメだ。サキママの包容力のせいで幼児退行してしまっているようだ。俺に対してスイがあんなに元気に「うん!」って返事をするわけがない。
でも少しあの状態のスイ、可愛いかもしれない。元の顔が可愛いし、普段甘えないスイが甘えているのは可愛い。なんというか、最近のスイはギャップ推しなのかな。
そんな会話をしているとまたアナウンスがかかった。
「お次は同じく『HOPE』のメンバー、サキ」
またまた誰そいつみたいな雰囲気が漂う。俺たちは最近ここに来たばかりだから誰そいつってなるのは当たり前なんだけどな。
でも次はサキか……またスイが荒れそうだな。でもサキならスイと同じく合格できると信じている。なにせ、うちのクランのエースと言っても過言ではないからな。
「スイちゃん、私行くからね」
「うん、頑張ってきてね」
「うん、頑張ってくるよ」
サキはスイを離してから立ち上がるとドアの方に歩いていく。そんなサキの後ろ姿を見ながら俺は「頑張れよ」と呟いた。
ついにサキが部舞台に現れた。サキの武器は弓矢なので観戦席からは困惑の声が聞こえてくる。どうやら魔法が主流のこのご時世で弓矢を使うことがなめられているようだ。だが、サキの弓矢の能力を侮ったら痛い目を見る。
「ふむ、弓矢か……珍しいな」
「私の親友がくれたんです」
親友が? ってことはスイなのか? でもなんでスイが弓矢を持っていたんだろう。
サキは昔から弓が好きだったが、スイがプレゼントしてくれた物だから大事にしているのか。そういう関係なんかいいな。
「弓……魔法が主流になっている今、弓を使うってことは相当自信があるんだろうな」
「試してみますか」
サキは挑発的に笑った。その表情を見てギルドマスターはケラケラと笑いだした。どうやらギルドマスターだとわかっている人物を挑発するのが面白いと思ったらしい。
「じゃあ、ここに指を押してくれ」
サキはそう言われて枠の中に親指を押し付けた。それによってサキとギルドマスターの体が光出した。無敵時間に入ったのだ。
ギルドマスターは先程と同じように腕を組んでサキの動向を伺っている。対するサキは矢を何本も取り出して足のホルダーにセットしていた。そうしたらサキは矢を何本も入れてきたカバンを場外に投げ捨てた。この本数だけで頑張るとの意思表示なのだろう。
「あれ大丈夫なんですかね」
さすがに武器を投げ捨てたことを心配し出すマイ。しかし、俺はサキの強さを知っていたから何の心配もしていなかった。
今日のサキの顔を見れば分かる。今日の矢は万一にも外れない。
「マイ、サキの強さを見て驚けよ」
その瞬間――体を覆っていた光が消え、開戦された。
今度のギルドマスターはスタート直後にサキに向かって走り出した。確かにアーチャーに対して距離を詰めるのは妥当だと言えるだろう。それがサキで無かったら。
サキの特徴は魔法アーチャーだ。弓だけだったら近接戦に弱いかもしれないが、サキの弓使いとしての近接戦をサポートしているのは魔法だ。
「植物の大反乱『戦う植物』」
近付いたら戦う植物に攻撃される。しかし、ギルドマスターはそんなの関係ないとばかりに植物の間を突っ切った。戦う植物は攻撃力が少ないので、防御力が高ければ関係ないってレベルなのだ。
そんなギルドマスターに少し驚いたような表情をしたサキだったが、そんなことで調子が狂うサキではない。サキが戦っている試合では常にサキのペースだ。
サキは方針を変更して戦う植物で自分の体をギルドマスターの後ろの方に投げ飛ばした。そして空中にいる間にサキは弓を構え始めた。それはみんな見えたが、空中で放てるわけが無いと思って油断していた。しかし、サキは放ったのだ。数少ない矢の一本を空中で!
誰もが外れる。そう思っていたのだが、なんとその矢はギルドマスターの左肩に命中。初めてギルドマスターが血を出した。と言ってもかなり少量なものだが、さっきのスイの水爆弾を食らっても一切の外傷が着かなかったギルドマスターの体から血を出したのだ。そりゃざわめく。会場全体が予想外の事態に脳のパニックを起こしているのだ。
そしてサキは綺麗に着地、ギルドマスターは今までにも他の弓使いと戦ったことがあるのだろう。その時の戦い方で挑んで速攻でケリをつける気でいたのだろうが、最初にダメージを受けることとなったのはギルドマスターだ。
「どうですか? これが私の弓です」
「まさかあの不安定な状況で当てるなんてな。恐れ入った……だが、この程度で浮かれるんじゃないぞ」
再びギルドマスターはサキに向かって駆けだした。
するとサキは何かを小声でつぶやくと再び戦う植物を出した。おそらく同じことをしようとしているのだが、ギルドマスターに同じことが通用するとは思えない。なにか策があるのだろうか。
そして先程と同じようにサキはギルドマスターの後方へ投げ飛ばされるが、これはギルドマスターも見切ったようでジャンプした。空中で殴る気だ。
「俺はギルドマスターだ。何度も同じ手が通用するとでも――」
その時だった。ギルドマスターは何かに下から引っ張られてジャンプすることは叶わなかった。
その何かとは――茨だった。そうか、あの時何かを呟いていたのは茨の道の詠唱をしていたのか。こうなってしまってはサキのペースだ。
今のサキは狩人、ギルドマスターはただ狩られるだけだ。力の差なんて関係ない。サキの研ぎ澄まされた戦法、技術、その全てがギルドマスターに襲いかかっている。ただそれだけの事だ。
そして茨の道で全く動けないギルドマスターは格好の的。サキにとってはギルドマスターが『どうぞ射ってください』と言っているようにしか見えなかった。
「これが私の弓技、インパクトアロー」
その瞬間、サキの弓が光出した。魔力を注ぐことによってサキの弓が光ったのだ。
サキはその光った弓を構えるとギルドマスターに放った。その一撃はものすごい勢いでギルドマスターに襲いかかった。
これはまずいと反射的にギルドマスターは早口詠唱をした。
「土壁」
土の壁が出現、矢とギルドマスターの間に出てくるものの、矢の威力が強すぎてひび割れてしまった。
その威力を見て会場全体は騒然とした。
今まで弓使いを侮っていたのがバカバカしくなる程の戦いを見せられているのだから。だが、決して弓使いが強い訳では無い。サキが強いのだ。全ての弓使いがサキのように動けるかと言われたらそうでも無い。
その瞬間、ギルドマスターはニヤッと笑った。
「面白い。この儂をここまでおいつめた冒険者は久しぶりだ。褒美に面白いものを見せてやろう」
それを言った瞬間、会場が沸き上がり、過去最高の歓声となった。
「来るぞ! ギルドマスターのあれ!」
あれってなんだ? でもこれだけの歓声、ものすごいものだということが想像出来る。
場に緊張感が走り、空気がピリつく。
「はぁぁぁぁっ! 猛烈なアッパー!!」
ギルドマスターはその場でその名の通り、猛烈なアッパーを放った。技名どうしたって言う技だが遠距離でもアッパーの衝撃波が行き届き、サキに襲い掛かる。
「植物さん、お願いします『植物の大盾』」
植物が絡み合って盾となる植物の大盾。その盾で衝撃波を凌ぎ切ろうとしたようだが、その程度で凌ぎ切れるような生易しいものではなかった。
衝撃波は植物の大盾を破壊してサキに襲いかかった。
サキは少し走って逃げるものの、到底逃げられるものではなく、追いつかれてしまって直撃、かなりぶっ飛ばされて場外の壁に激突して地面に落ちた。
「じょ、場外!」
サキはなかなか最初の方は完全にペースを掴んで健闘していたのだが、やはりギルドマスターの一撃の前に散ってしまった。
「いい戦いだった」
「あ、ありがとうございます」
「ところで、君は何のために戦うんだ?」
この質問はスイにしたものと同じ質問だった。その答えはスイとは違って直ぐに出てきたのかサキは自信満々に言った。
「お兄ちゃんと離れ離れになりたくないから、もう二度と離れたくないからですかね」
「うむ、なるほど……では次の質問だ。君は誰のために戦う? 自分? それともそのお兄ちゃんとやらのためか?」
この質問はスイの時には無かったものだ。どういう違いがあるのだろうか。
しかし、サキはまたもや全く悩まなかった。最初から答えは決まっていたようだ。サキは誰のために戦うのか――
「お兄ちゃんです。お兄ちゃんを守れるように強くなるために修行してきました」
サキのその言葉にお兄ちゃんである俺は少し気恥ずかしくなり、照れてしまった。この場に居るみんなに俺が赤くなったのを見られてしまったのかと思うと穴があったら入りたくなってしまう。
でも純粋に嬉しくなった。俺は守る気でしかいなかったが、サキも俺を守るために戦ってくれていたと思うと今すぐにでも抱きしめたくなる。
「うむ、合格だ。冒険者サキよ、君は今日からDランクだ」
サキにも合格を告げた。その事で会場全体がまたもや歓声の嵐に飲み込まれる。
でもいちばん喜んでいるのはスイだ。さっきからこの狭い控え室の中で絶叫をしているため、とてもうるさい……でも嬉しいのは俺も一緒だから許してやるか。
こうしてサキもDランク冒険者の仲間入りを果たした。あと残すは俺とユキのみだ。




