第2話 無気力転生者
『いでよ勇者。そしてこの世界を救ってください』
そんな女の子の声が聞こえた瞬間、体に妙な浮遊感が襲った。
何かがおかしい。俺はあの時死んだはず。だと言うのに体の感覚がある。
いつまで経ってもトラックの冷たい金属が触れる感触も無いし……。
そして不信感を抱きながら目を開けると目の前には広大な青空が広がっていた。
手に触れる芝のザラザラとした感触。
そして何より、視界の端に見える女の子だ。
年は俺より幾つか幼いように見える。
白髪。今までで日本で暮らしていたから黒髪か茶髪以外をこの目で見たのは初めてだ。まぁ俺が引き篭ってるせいもあるんだろうがな。
そして頭の上にぴょこんと毛が立っている。あれが世間一般で言うアホ毛ってやつなのだろうか? 実際にアホ毛も見るのは初めてだ。
そして少女の手から魔法陣みたいなのが出ている様に見える。それを見て俺は嫌な予感しかしなくなった。
そして何よりも気になる事が──
「どこだここ」
そう。ここがどこかと言う事だ。
都会育ちの俺はこんなに建物に邪魔されずに空を見れるポイントなんて知らない。
そして声を発した瞬間、少女は驚いた表情でこっちを見てきたと思ったら大喜びし始めた。
「やったぁーっ! 成功した! これで魔王を倒せる!」
とても元気な少女だな。静かを望む俺にはちょっと鬱陶しいとすら思えてしまう。
そして感情に比例するようにアホ毛がぴょこぴょこ動く。可愛い。
しかし、何故俺の姿を見て喜んでいるのかは分からない。が、俺は異様なものを見ている気分だった。
服装が完全に現実世界のとは違ったからだ。
全体的に青色で、洋服に近いような感じだ。そしてその洋服の袖が先にいくに従って広がっている。
だがしかし、今大事なのはここがどこかという事だ。
「こ、ここは?」
俺は動揺する心を落ち着かせて少女に尋ねる。
「ようこそ勇者様。ここはアルケニア王国の外れにある小さな丘です。私はカナタ・フェーニル。気軽にカナタと呼んでください」
そしてぺこりとお辞儀をしてくるカナタと名乗った人物。
正直、頭が着いていけてないけど何となく嫌な予感がして胃が痛くなってきたので胃薬が欲しいです。
とりあえず気になった事を聞いてみることにした。
「勇者?」
「はい」
即答してきた。どうやら聞き間違いではなかったようだ。
「俺が?」
「そうです!」
そう言ってカナタは俺の手を握ってこんな、俺にとっては最悪な事を言ってきた。
「勇者として私達とたたかっ──」
「断る!」
即答だった。
少しだけ食い気味に俺は即答してキッパリと断る。魔王討伐なんて俺にとっては一種の拷問ですらある。
それに対して少女は意外そうに「え?」と言う声を出した。
恐らく断られるとは思ってなかったのだろう。彼方は驚いて固まってしまった。
これってまるで俺が嫌がっていたラノベ主人公みたいじゃないか。ここで承諾してしまったら絶対に面倒くさくなる。
「それより早く帰してくれ」
「無理です」
「……は?」
今度驚いたのは俺の方だった。
無理という事実を聞いて俺は項垂れてしまった。
「え、えと……。その……も、もう一度聞きます。私達と一緒にたたかっ──」
「嫌です」
聞き間違いだと思ったのかもう一回聞いてきたため、もう一回即答する。こちらも勿論食い気味である。
すると怒りの感情でカナタの表情が染まっていくのが見て取れた。完全にアホ毛も暴れ回ってるし。
「ゆ、勇者ってのは手を貸してくれるものじゃないんですか!」
「んな事言われてもな〜。勝手にそっちが一方的に召喚しただけだから俺が手伝う義理はない。俺はなんか間違った事を言ってるか?」
するとカナタの表情が困った表情に変わった。
そりゃそうだろ。一方的に呼び出して急に手伝ってくれなんて普通は通らないんだからな。ザ・正論である。
「はぁ……。一年に一回しか勇者召喚術を使えないって言うのに……」
今のカナタの言葉に聞きなれない言葉が出てきた。
「勇者召喚術?」
「はい。その名の通り、勇者となりうる人物を召喚できる術です。毎年行うことが出来るのですが使えるのは選ばれた一人だけで、今年は私だったんですよ。なのにこんなのなんて──」
「さすがにこんなの扱いは酷くねぇか?」
クズ人間だとか言う罵倒はまだいい。何故ならクズ人間だとしても人間だと扱ってもらえているからな。事実、俺を見たほとんどの人が俺の事をクズ人間だと思うだろう。
だが、さすがにこんなの扱いは酷くないか? 既に人間というジャンルから外されているような気がするんだが?
「うーん。ですが一方的に呼んでしまったのは事実です。なので宿はこちらで用意させていただきます。なので金輪際、私達には関わらないでください」
金輪際と来たか……。まぁいい。面倒な事に関わらなくていいならどうでもいい。
よくあるラノベ主人公ならここで了承して魔王討伐に向かうんだろうが俺はそんな面倒事、絶対に引き受けるわけがない。
「はいはい。分かりましたよ」
そう言って立ち上がる。
立ち上がって辺りを見渡す。
そこは一面緑で綺麗な地平線が見えた。都会育ちの俺にとっては珍しい光景だったため、久しぶりにほんの一瞬だけ世界に色が戻ったような感じがした。
「なぁ。来たばかりでまだ混乱してるから説明がてらこの世界の案内を頼めないか?」
そう言うとジト目を俺に向けながらカナタは渋々という感じで引き受けてくれた。
それもそうだろう。カナタにとっての俺の好感度は最底辺。それだと言うのに引き受けてくれたのは彼女の人格が良いってのが分かる。
まぁ俺だったらそもそもどうあれ引き受けないんだがな。
──いつもだったらこんなことは頼まないんだがどうしたんだろうな。
「じゃあ説明しながら街に移動しますよ」
そう言って歩き出す彼方に俺は着いて行った。