第119話 幻の街と死闘38
首筋にチクッと何か細い物が刺さった様な痛みが走った。
状況的に考えてその何かは一つしかないだろう。
「オーライてめぇ!」
「サキガヤ・ヒロトだっけか? 地に這いつくばりながら虚勢を張っても全く怖くないぞ?」
オーライはケラケラと勝利を確信したように笑う。
その瞬間だった。
グラッと視界が揺れ、ふらつく。
これ、やばいかも……。
「おいオーライてめぇ、ヒロトに何を注入しやがった!」
「君はいつから俺より偉くなりやがったんだ、ん?」
オーライはそう言ってハルトを蹴り飛ばす。
視界がぼやっとして……今にも意識を持っていかれそう。
この時、俺の頭には明確な『死』と言う単語が浮かんだ。
もうダメだ。
そう思った瞬間には既に意識が闇の奥深くに沈んで行った。
――ここで死なれちゃ困るんだよなぁ……。
☆☆☆☆☆
裕斗が倒れ、場は騒然とした。
みんなはヒロトが何をされたかは分かっていない。だが、ハルトだけは長年この地に居たので何を注入されたかはすぐに分かった。
この薬は所謂、
「魔物化薬。くそ、やられた!」
「魔物化薬だと!?」
魔物化薬とはその名の通り、取り込んだ者を魔物にしてしまう薬。強制的に魔物にするため、自我を失ってしまい、敵も味方も分からない状態になってしまう。
「……殺るしか無い」
カラタは一秒も躊躇せずにそう言い放った。
倒れているヒロトに対して己の剣先を向け、今にも突き刺しそうだ。
ハルトはあの薬を射たれた者の末路を知っている。だから今ここで死んだ方がマシだろうと何も言わずに倒れている裕斗を見る。
カナタ、ユユ、ルル、サキは今にも泣きそうになっていた。
(あれ? なんで涙が出てくるの? だっていつもこいつは人の事を聞かないし、自分勝手だし、出会った頃なんてなんでこんな奴と居なきゃ行けないの? と落胆していたくらいなのに……)
カナタは複雑な心境だった。
周りを見てみるとみんなも同じ表情をしていてやっと気がついた。
スイは泣いていないけど裕斗の事が大切だと表にしているような人達がそんな表情をしている。
つまり、
(私にとってヒロは大切な存在になってたんだ)
こんな所で死なないで欲しい。そんな事を思っても人は死ぬ。それは過去の経験で分かっていた。それでもカナタは祈った。「ヒロ、死なないで」と「また独りにしないで」と。
その瞬間だった。
裕斗が気だるげに起き上がったのだ。
「早い。早すぎる。魔物化するのは気を失って数時間後のはずだ!」
カラタは裕斗が起き上がる驚異的な早さに驚き、怯んでしまう。
だけどそこはさすがはカラタだ。直ぐに切り替えて剣を構え直した。そして心臓狙って剣先を向ける。
「すまないヒロト君。さらばだ」
「……あぁ? てめぇ誰だ」
「何っ!?」
カラタが心臓を突こうと剣を突き出すとそれをヒロトは素手で受け止めてしまったのだ。
普通ならば血が出るはずだ。しかし、手のひらは鋼鉄のように固く、全く斬れる様子がない。
だが、カラタが驚いたのはそんな所では無い。もっと別な所だった。
「お前、喋れるのか!?」
普通、魔物化薬を打ち込まれたら自我を失い、まともな言語を話せるはずが無いのだ。しかし喋ったのだ。
(魔物化薬を使って自我のある魔物になる? そんな事聞いたことが無い)
過去の文献にも載っていない魔物化薬を使い、喋ることが出来る事実。その事にカラタは一番驚いていたのだ。
「なーにグダグダ喋ってんのか知らねぇけどよぉ……お前、俺に剣を向けて……分かってんだろうな」
裕斗はニヤッと笑うと腕を捻り初め、そしてカラタの剣を握ったまま折ってしまったのだ。
鉄で出来た剣を腕の力だけで追ってしまう馬鹿力を見せると、今度はカラタを正面から蹴り飛ばした。
ブーストで蹴られるよりも圧倒的な高威力の蹴りにかなりの勢いでぶっ飛ばされた。
「軟弱な体してんなぁ……ちゃんとトレーニングはしてんのか? あぁ?」
解放状態のカラタを余裕の表情でぶっ飛ばした裕斗はつまらなさそうな表情を浮かべてカラタを見下ろす。
この身体強化の割合はとてもじゃないが魔物化だけでは片付けることは出来なかった。
体から発せられる威圧感で裕斗の上着がボロボロになり、その隙間から怪しげな紋様が見え隠れしていた。
(……っ! もしかしてこれは)
「いいぞヒロト! その調子で殲滅するのだ! ハーッハッハッハッ!」
その次の瞬間には先程までカラタの真横にいた裕斗はオーライの正面に居た。
その事に気がついたオーライは驚く間もなく裕斗の全力の蹴りを浴びてぶっ飛び、壁に激突した。
「なぁに俺に命令してんだ? あぁ? てめぇ、殺されてぇのか?」
オーライに攻撃したことにより、場は騒然とした。
魔物化薬は作った人の眷属にすることが出来る。なので、裕斗がオーライに攻撃したのは従者が主に攻撃したのと道理なのだ。
(だが、これで確信が着いた)
「お前、ヒロト君のスキルだろ」
『スキル!?』
「んぁ? まぁ、確かにそう呼ばれる存在ではあるな。表のこいつがあまりにも弱すぎるから出て来てやったよ」
カラタの問いに対して裕斗は肯定した。
「あれがスキルってどういうことですか?」
ユユが問うとパイプが語り出した。
「スキルは意識の力。まぁ、精神力の力なんだけど、つまりあの潜在意識の存在、まぁ魔神モードとでも呼ぼう。あれの人格はスキルそのものなんだよ」
つまり要約するとスキルが裕斗の体を乗っ取っているって事だ。
だが、そのお陰で裕斗は死んでいない。その事に一同は感謝をしたが、恐怖もあった。
なぜなら今の裕斗は裕斗であって裕斗でないからだ。
「俺に命令するってどういう了見だ? あぁ?」
「何故こんな時に出てきやがんだよ!」
オーライは地面を蹴って物凄いスピードで裕斗に殴り掛かる。
他のハルトとカラタ以外には全く見えないスピード殴り掛かる。二人にとってもかなり速いと感じるスピードに裕斗が思ったのは、
「遅い」
殴り掛かって来た拳を最小限の動きでかわすと腹に膝蹴りをお見舞し、天井に向かって打ち上げた。
それを見ると裕斗はニヤリと笑ってジャンプし、蹴り上げたオーライに追い付くとかかと落としを背中にキメて撃ち落とした。
オーライの白衣はダメージを軽減する。しかし、裕斗の攻撃の前では全くの意味を成していなかった。
全く助走もつけていないと言うのに繰り出せる威力に圧倒されるオーライ。
「んだよ。威力現象の白衣も意味ねぇじゃねぇか。ちったぁ楽しませてくれよ」




