175 天樹様にお願いしたい
春からのキャンプ場の営業再開を前に、1つ終わらせておきたい事があった。
これからウチに来るお客さんがもっと増えると、天樹様の周囲をしっかりと保護した方が良いのではと考えているのだ。
天樹様は、この辺では一番目立つ大樹だ。
そうなると、近寄って写真を撮りたがる人はいるだろう。
数人程度なら問題無いだろうけれど、沢山の人が押し寄せて、根っこ周囲の地面を踏み固められてしまうのは避けたい。
「そういう訳で、天樹様の周りにお社を作ろうかと思う」
今、俺の前には天狐と北海道から長期滞在をしているシリコロカムイが居る。
神様側の意見を訊くためだ。
そう説明すると、シリコロカムイは何だかはにかんで辞退しようとする。
無理にとは言わないが、できれば何か参考になる意見があるとありがたい。
手元のタブレットで、〇と返答があった。
天狐は最初からノリノリだ。
「派手にすれば良いのではないかの」
「派手にも方向性があるだろう」
「それはそうじゃが、そもそも主殿は天樹をどうしたいのかや?」
「なるべく環境を保全して、万年茂るご神木として見守ってもらいたいな」
「いや、主殿の気持ちではないのじゃ。何を司らせたいのかという事じゃ」
天狐がそう言うと、シリコロカムイもそれが問題だというふうに頷いた。
「そういうのって、勝手に決めて良いのか?」
「構わんぞえ。信仰が形になって神格がうまれるものもあれば、顕現した後に何を司るか定まってゆくものもある。
妾の一族も、五穀豊穣の他に商売繁盛を司るようになったしの」
そうか、この辺はかなりイージーに捉えて良いようだ。
天樹様には何を司ってもらいたいのか。
俺が毎年お祈りをするのは、キャンプ場内の安全だよな。
それを見守ってもらいたいって願っている。
そうなると、家内安全という方向性か。
いや、しかし、俺だけがお祈りをするわけでも無いから、他の皆の意見も聞いた方が良いだろう。
「妾達は祈らんのじゃ」
天狐とシリコロカムイは微妙な関係性があるようで、挨拶はするけど祈りを捧げたりはしないらしい。
神様的な格付けがされてしまって、具合が悪いとか何とか。
2人のスタンスは理解したので、他の皆の意見を訊く。
「天樹様にお祈りね。……そうね、新しい発見なんてどうかしら?」
レイナスに訊くと、ちょっとイメージしにくい意見が出た。
「出会いじゃなく、発見か?」
「そうね。出会いはマスターと一緒になれたから十分よ。
それよりも、興味をひかれる未知を見つけたいわ」
「知的好奇心を刺激する何かを発見したいとなると、学業成就とはちょっと違う感じかな」
「そうね、学業は本人次第だけど、何かを発見できるかどうかは運も大きいもの。それこそ、神頼みよね。ある意味では、出会いの1種かもしれないわ」
そう言うとレイナスは、俺の腕を取って身体を絡めてきた。
そっちの未知を発見するのは、夜になってからだ。
「残念ね」
俺も後ろ髪をひかれる気持ちだが、他の皆の意見を訊く事に戻る。
「天樹様に、お祈りか? 難しい問題だぞ」
ラキに訊くと、腕組みをしてうんうんと唸り始めた。
神頼みだから、もっと気楽で良いんじゃないか?
「国民にな、王はこんな事に力を入れているぞってアピールするのが、神様にお祈りする事だって思うぞ。だから、どんな統治をするかって事だろ?」
凄くスケールの大きい返事がきた。
流石は、王位継承権を持つ姫様だ。
「もっと、個人的なお願いとかは?」
「う~ん、だいたいマスターが叶えてくれるしな。皆も協力してくれるぞ」
「そうか、日常に不満が無かったら神頼みをする事も少ないよな」
「不満かぁ。……無いわけじゃないんだぞ?」
そう言うとラキは、俺の腕を取って身体を絡めてきた。
腕の関節を取りにきているわけでは無い。
そちらの不満解消は、夜になってからだなぁ。
「絶対だぞ」
そこは硬く約束をして、他の皆の意見を訊く事に戻る。
「長寿と繁栄デス」
ガラテアに訊くと、中指と薬指でVの字を作る感じのハンドサインをした。
「健康と長生きは、皆お願いしたいよな」
「カブトムシもそうデス。ゴーレムもそうデス」
ガラテアが育てているカブトムシは、冬になるまでは何とか生きていたが年を越すまでには至らなかった。
クワガタとは違うので、かなり長生きしただろう。
今は、次の世代が新しく育っている。
そして、ゴーレムは自分達で増える事ができないが、ダンジョンの機能で定期的に発生する個体に、先輩ゴーレムが技術指導をしている。
更に、それぞれが新しい技術を身に着けて、ウチの繁栄に貢献しようと励んでくれている。
とても嬉しい事だ。
「ガラテア個人の願いとかはあるのか?」
「それも長寿と繁栄デス」
そう言うとガラテアは、俺の腕を取って身体を絡めてきた。
俺にも長生きして欲しいという事か。
健康には、しっかりと気を付けよう。
「繁栄デス」
この意味は、子供が欲しいって方向か?
ガラテアは元がゴーレムだけど血肉が通ってもいる。
だから、非常に生物的なんだけど、子供はできるのだろうか?
「やればできマス!」
言い方!
まあ、ガラテアの魔力供給には行為に至るのが最も効率的なので、する事をするのはやぶさかではない。
その事はしっかりと伝えて、他の皆の意見を訊く事に戻る。
「「レイナス様の幸せと沢山のスイーツです」」
アミリアとマミリアに訊くと、さも当然といった感じで即答された。
「それが続く事が願いって感じか。努力しよう」
「「はい、宜しくお願い致します」」
「そういえば、異世界関係で問題とか起こってないか?」
「「概ね順調ですが、懸念事項はあります」」
フリーズドライ食品を異世界へと輸出しているのだが、今の所は順調のようだ。
なるべく広く行き渡るように分配していて、大きな騒動は起こっていないらしい。
ただ、物の情報が広まるにつれて、輸送隊を付け狙う影が増え始めたのだという。
ひょっとしたら、大規模な盗賊団などが発生する可能性があるので油断はできないとの事だ。
「警備関係も何か考えて方が良いかな?」
「「そちらは鬼人王国側とも協力を進めています」」
なるほど、それならまだウチから口を出す状況じゃないかな。
「それじゃあ、旅の安全なんかもご利益があると良いのかもな」
「「はい、宜しくお願い致します」」
双子と別れて、今度はエルフ達の意見を訊く事にする。
「子宝に恵まれたいです!」
熱烈に、直球を投げてきた。
これはイーズだけの意見じゃなくて、エニルもアデラも頷いている。
エルフ達は、ずっと男の子が生まれなくて、種族的にじり貧になりそうだから、非常に切実な願いだ。
安産や子育の祈願は、時代や場所を問わずにもたれる事だろう。
だから、エルフ達よ。
皆で取り囲んで俺を部屋へと引きずり込もうとするな。
「お、お誘いでは?」
「日の高いうちには、そういう事は禁止だ。
あと、俺の言い方も悪かったかもしれない。
天樹様に皆でお願いをするなら、どんな事が良いかって訊きたかったんだ」
俺が天樹様に司ってもらいたいご利益に悩んでいるのだと、改めて話す。
「そうですか……。例えば、無病息災なら、ウチの作物を食べていれば大丈夫そうですよね」
「うん、確かにな。回復薬もあるし」
「家内安全も皆で気を付け合っていますし、そうなると交通安全でしょうか」
「そうだな。そればっかりは、相手に突っ込んでこられると、どうしようもない場合があるからな」
「運しだいですよね。年末の警察密着番組でも、そんな感じの事故を見ました」
「それなら、運が良くなったら全部カバーできる感じになりませんか?」
「ああ、それもアリかもしれないな」
こんな話をしたら、その後は水晶のダンジョンのサーキットをもっとテクニカルな物にして欲しいという要望も出た。
それは、また後日する事にしよう。
エルフ達の話を訊いた後も、まだ意見を訊いて回る。
ノーム達は「たくさんふえたいね」と言い合っていた。
意味合いは違うが、彼等の願いも子授・安産祈願となるだろうか。
小豆は何かお願いはあるか?
「おまんじゅう食べたい」
そういう事なので、蒸かし饅頭を作る。
スライム達、これはキミ達の仲間じゃないから、大丈夫だぞ。
そうだ、コズミンは何か願いはあるか?
コズミン個人でも良いし、スライム全体でも良いんだが。
そうか、環境保全か。
大切だな。
スライム達も、それぞれ得意や苦手な環境があるみたいだから、その点は注意してゆきたい。
うんうん、台風や山火事があるから維持される環境もあるから、災害が無ければ良いという話でも無いのか。
そうか、どうしても人間視点で見ちゃうから、難しいな。
そうなると、大きな括りで繁栄って感じかな。
ち、地球規模で、か。
そこまでになると、もう大願成就って感じで全部を含める感じになりそうだな。
はは、それが良いか。
コズミンは、ぽよんと大きく跳ねて同意した。
ああ、そう言えば、コズミンは大精霊だから、地球で言うと海とか山とかの守り神みたいな感じなんだよな。
それだと、天樹様にお祈りするのって、問題にならないか?
大丈夫か。
元々が異世界の存在だから、こっちで神格を得たわけじゃ無いから平気なのか。
良かった。
後は、ウサギ達はどうだろうか。
スモモとキラリに訊いてみる。
うんうん、皆仲良く、か。
家庭円満は凄く重要だな。
チョロチョロし始めた孫ウサギ達に、手を焼いたりしてないか?
むしろ躾甲斐があるか。
キラリも2度目の出産で、気持ち的に慣れてきたみたいだな。
その『慣れ』は格闘訓練の方じゃないよな?
はは、プイっとそっぽを向かないでくれ。
ゴーレム達やコア達にも訊いてみると、どちらも俺の為に働きたいという感じだった。
皆に一通り訊いて回る。
お願いしたい事をざっくりとまとめると、『運気上昇』『子授・安産祈願』『大願成就』『家庭円満』といった感じだろうか。
これらを、天狐とシリコロカムイに伝えて意見を訊く。
「まあ、無難に纏まったのではないかの」
天狐は頷くも、シリコロカムイは浮かない感じだ。
彼女の持つタブレットを見ると『子授・安産祈願』は荷が重いと天樹様が言っているとの事。
ああ、そうだ、天樹様に直接伺えば良かったのか。
でも、俺は声をお聞きした事は無いのだけれど、天樹様は樹に宿って居らっしゃるんだよな?
「居るには居るが、まだ力が弱いのじゃ。人の身体の主殿には、まだ見えぬであろうの」
シリコロカムイも天狐の意見に同意している。
「そうなると、俺は死んだり肉体を解き放ったりしないと、天樹様にはお会いできないって事か?」
「そうでは無いのじゃ。まあ、普通はそうなんじゃが。
それとは別に天樹へと信仰が集まれば、じきに姿を象れるようになるじゃろう」
なるほど、それは期待が持てる。
そうなると、沢山の人に参拝してもらいたいものだ。
「そうか、ちょっと話がずれたから戻すと、天樹様は何を司りたいとかおっしゃっているのか?」
「それじゃがな、主殿には言いにくい事があるのじゃ」
天狐は歯に物が挟まった感じで言った。
それは、俺と天樹様の立場の微妙さにあるという。
天樹様の立場を例えて言うと、町工場の社長みたいな感じだとか。
それで、俺は世界的企業と提携をしているベンチャーの社長で、その資本力だけでみれば業界を牛耳れる程もある感じらしい。
そのベンチャー社長に、下にも置かない扱いを受けると、町工場の社長としてはプレッシャーが大きいのだという。
そして、何かを司るように望まれたら、そのプレッシャーに押しつぶされかねない思いをするのだとか。
「そんな感じなのじゃ」
天狐がドヤ顔で言うと、シリコロカムイも強く何度も頷いた。
「つまり、ウチが世界規模の企業になる事を期待されているのか?」
天狐は頷き、シリコロカムイは全力で首を横に振る。
「……天狐、ここは真面目にしよう」
「そうじゃな。まあ、妾達を相手にするように、気安く接して欲しいという感じじゃの」
これにシリコロカムイも首を縦に振る。
俺の感覚からすると、小さい頃からお詣りしているから敬って当然な感覚だが、神様の時間感覚からすると、つい最近知り合ったって感じなのだろう。
慣れないかもしれないが、神様からそうお願いされたのなら応えるべきだろうか。
「ま、まあ、気を付けてみる。それで、天樹様の好みとか要望はあるのか?」
「ふむ、強いて言えば『運気上昇』みたいじゃぞ」
シリコロカムイをチラッとみたら、彼女もそうだと肯定した。
確かに、物事をやるだけやって後は運を天に任せるって多いよな。
だったら、広い意味で運気上昇を司ってもらう事にしよう。
そうと決まったので、運気が上がる雰囲気を持ったお社を作ろう。
皆の聞き取りに思いの外時間がかかって、日が沈んでしまったけれど、コア達のサポートで視界はばっちりだ。
……そうだな、日が沈んだらお約束だったな。
俺は家庭円満に励む事にした。
次回以降が書き溜まっていないので、また暫く不定期更新になります。
ご寛恕いただければ幸いです。




