174 3月の下旬までの出来事
小豆は俺と接触する事で、半神半人となり、呪いから断ち切られた。
おそらく、賢者の水が良かったのだろうと思う。
そして、ウチの家族になる。
賢者の水と言えば、ノーム達が育てているキャベツみたいな作物は、ゆっくりとだが大きくなっている。
もうしばらくすれば、そこから新しいノームが生まれそうだ。
ノームと一緒に、ウチに新しく来たウサギ達も、順当に毛並みが良くなった。
3月の上旬に、妊娠していたメスは無事に出産する。
それぞれが5頭から6頭出産したので、一気に増えた形だ。
母乳用の食べ物や、離乳してからの食べ物などを準備するのに、畑仕事も精が出た。
出産後の初期は、ひっそりと育てるので、ある程度子供達が落ち着いたら、お披露目してもらう。
見せてもらうと、みんな可愛い子ウサギたちだった。
ノーム達も興味津々に眺めていて、その姿も和む。
「うさぎさんがね、たくさんだね」
「そうだね、ぼくたちもたくさんになりたいね」
「お豆もつくりたいね」
異世界でノーム達は、天敵のエレメントシャークに虐殺されてしまって、数が激減している。
そのエレメントシャークを倒すのに、厄除け大豆が効果を発揮するかもしれないので、彼等も育てられるようにと特訓をしている最中だ。
土地に賢者の水を注いで、ウサギ用の草を育てるのを参考に、厄除け大豆が育つようにと土を捏ねている。
見た感じは、泥んこ遊びをしているのだけれど、彼等は真剣だ。
今の所は普通の大豆にしか生ってないようなので、まだ時間はかかるかもしれない。
もし、厄除け大豆がエレメントシャークに効かなくても、ウサギ達には美味しく力が出る物だから、無駄にはならないだろう。
ヘチマ水をめぐる騒動の間に、そんな事があった。
あの騒動の後、件の一族のグループ企業は、株価が暴落し始めたり倉庫や工場が火災に見舞われたりと、一気に呪いが反転した影響が出ているみたいだ。
今まで呪いで良い思いをしてきたのだから、それも仕方が無いんじゃないかな。
これから先がどうなるかは、本当に知らない。
この事も、たまたまニュースとかにならなけば知る事も無かったのだろうけど、ウチの皆はまだまだ腹に据えかねている部分があるらしく、情報を漁っている。
更には情報を共有して、この先に起こりそうな事を予想し合っている。
コンペみたいな事を始めて、的中者には賞品も出るそうだ。
その賞品を俺にも1つ出してくれと頼まれたので、後で用意しよう。
そんな皆のうっぷん晴らしを兼ねて、甘い物を作る毎日だ。
この頃は、餡子系の物が多い。
お汁粉や羊羹で、『粒あん』派か『こしあん』派かで論争が吹き荒れる。
どちらも粒かこしかで分かれるのでは無く、例えばお汁粉は粒でも羊羹はこしと、それぞれに意見が違ってくるので、混迷は続く。
「ぜんぶ良い」
血色の良くなり始めた小豆は、もにゅもにゅと餡子系を食べて呟く。
全部派も誕生して、収集はつかなくなった。
全部違って全部良いと思うので、俺も全部派に加入する。
「マスター、違いを探求するから新しい発見はあるのよ」
「良く噛んで、口の中で『こしあん』にしたら良いと思うぞ。だから、『粒あん』が合理的だぞ」
「良いですね、マミリア。私が『粒あん』派に専念します。ですから、もし物別れになった時は……」
「ええ、アミリア。私は『こしあん』派になります。もしもの際には、お互いに分け合いましょう」
色んな意見が出るものだなと、感心してしまうな。
うん、どうしたウサギたち。
そうか、生でも食べられるか。
急遽、生派という大勢力の参戦により、もはや餡子とは何かという問題にまで発展した。
さて、小豆について。
彼女は、身長が100cm程だ。
栄養状態の悪い時代の子なので、非常に小さい。
これから沢山食べて、大きくなってもらいたい。
顔つきから見る年齢は7歳程度かと思われる。
そして、そのサイズの服はウチには置いてない。
早速、ガラテアがミシンを超えるスピードで服を縫ってくれた。
まずは、着慣れているだろうという事で、浴衣だ。
「ごわごわする」
どうやら、ずっと黒い繭に包まれていた状態だったので、木綿の浴衣は肌に合わないみたいだ。
これは、物理的な素材の問題か、それとも魔力的な問題か。
シルクのシャツがあるので、それを羽織ってもらった。
「おさまりわるい」
お気に召さないようだ。
賢者の水を吸水する、俺の木綿のシャツを試してもらう。
「着やすい」
こっちは、良い様だ。
そうなると、魔力的な問題って事だな。
なら、俺の服を割いてパッチワークにするかとガラテアが準備すると、小豆は勿体ないから必要ないと言う。
「でも、服は必要だろ。なるべく着心地は良いにこした事は無いと思うんだが」
「全裸で平気だぞ」
「そうじゃな」
ダメなタイプのお姉さん2人には退場してもらう。
そして、改めて、小豆に問いかけると――
「糸、くるくるかたかたする」
そう言って、小豆が親指と人差し指を擦る様に動かすと、そこから糸がしゅるしゅると伸びてきた。
なるほど、繭が作られた力は残っていて、それを紡いで糸にするのか。
左手で糸を出し、右手でさらに撚る。
糸の色は白い。
これは、呪いから断ち切れたからだろう。
結構丈夫な糸が、しゅるしゅると生み出されてゆく。
それをガラテアは集めて、機織りをし始めた。
「まるで鶴の恩返しデス」
「それだと、俺が機織りをしている姿を見ているわけだが、良いのか?」
「大丈夫デス。アズキもガラテアも、マスターに生まれた姿を見せていマス」
ああ、確かに、ガラテアは俺がダンジョンマスターの力で生み出したし、小豆は俺の魔力で土地と切り離す事ができて、半分新たに生まれ変わったとも言えるのか。
だから、2人とも俺に隠すべき姿がないと。
生地つくりをする2人は、言葉数は少ないものの楽しそうだ。
仕上がった生地は、何とも不思議な手触りだった。
サラサラとかフワフワとかとは違って、何だか馴染むって感じだ。
それで浴衣を作ったら、小豆も気に入ったようだ。
今度は染色にチャレンジしてみると、張り切り始めた。
「あるじどの。これ、あげる」
小豆が、小さな小袋みたいな物を俺に手渡す。
ガラテアが、端切れで作ってくれたらしい。
中に何かが入っているようだ。
「ひじょう食」
いや、違うだろう。
中には豆の小豆が入っているんだけど、これはお手玉だ。
ぽんぽんと投げて遊ぶと、小豆もそういう物があったなと思い出したようだ。
これにノーム達も興味をひかれたので集まってくる。
彼等も手に取り投げてみるけど、何だか自分にぶつけている感じだ。
上へ放り投げるけど、上手くキャッチできなくて、そのうちに頭に乗せた人が勝ちってゲームになった。
って、ノームも触れるのか。
彼等の魔力が少しずつ向上して、物質に干渉する事もでき始めたらしい。
また、それとは別に、このお手玉は小豆の魔力で生み出した糸から織られているから、ノーム達も触れるのだろう。
おもちゃが増えて、彼等も楽しそうだ。
それに、見た目の年の近い友達も増えて、どちらも嬉しそうだ。
実際には、小豆の方がお姉さんかな。
6人で遊んでいる姿は、また和む。
仲良く元気に遊んで欲しい。
ケンカは程々までなら『可』だ。
そんなこんながあって、キャンプ場の営業再開の日が近づいてきたのだった。




