表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

173/175

173 小豆粥

 天狐が呪いの黒い蔦を食べきった後には、不思議な黒い繭が残っていた。

 それをレイナスが持って帰って調べたいと言うので、運ぶ事にする。

 手を触れたら、それから黒いイメージが俺の中に押し寄せてきた。

 

 空腹。

 沢山の飢餓感が、わっと押し寄せてくる。

 これは、呪いの元となった犠牲者のイメージだった。

 

 始めは、犬や狐、狸や穴熊を使った。

 

 狭いカゴの中に閉じ込めて、何日も食事を与えない。

 そうして、極限まで飢えさせた獣達を同じ檻に入れて、食い合いをさせる。

 それを何度も繰り返す。

 

 そして、その様子を幼い子供に見せる。

 その子にも、与える食事を徐々に減らして、飢えを覚えさせ、己の行く末を連想させる。

 

 だが、その子は檻には入らない。

 胸から上を出して、土に埋めらえる。

 

 檻で生き残った獣をその子の近くで縛り、子供に食いつこうとする勢いが高まった瞬間に、首を落とす。

 その首が、切り落とされても勢いを失わず、子供の喉を食いちぎらせれば、成功だ、

 そうやって、怨念の増した霊を呪物として土地に縛る。

 

 そういう呪法だったようだ。

 

 この地に縛られたのは、7歳くらいの女の子だった。

 地面に埋まって、虚ろな目で惚けている。

 

 助けてあげたいと思った。

 AR棒をクワモードにして、周囲の土を耕して柔らかくする。

 ひと振りで広い範囲が耕せるので、女の子に当たる心配もない。

 

 土が柔らかくなったらスコップで掘り返し、その下をまたクワで柔らかくする。

 

 それを何度か繰り返すと、女の子を土の中から救出する事ができた。

 身体は枯れ枝のように痩せ細っていて、四肢に力は無い。

 

 何か食べさせてあげたい気がするが、今の状態で固形物はダメだろう。

 そう言えば、この子が呪いの元となった存在なら、魔法的な存在でもあるはずだ。

 なら、魔力を流してあげれば、少しは力が回復するかもしれない。

 

 ノーム達が指先から出す賢者の水をイメージする。

 すると、俺の指からもチョロチョロと水が生まれ始めた。

 

 これを女の子の口元にあてがう。

 できるだけ、ちょとずつ出るように細心の注意を払った。

 

 半分は透過して地面に零れるが、もう半分は女の子の口へと入ってゆく。

 すると、すこしずつ彼女の乾いた肌に湿度が戻ってきた感じがした。

 

 ああ、食事よりも先に、こうする必要があるかもしれない。

 手のひらに賢者の水をたっぷりと生み出して、女の子の肌へと擦り込んでゆく。

 軽くポンポンとして、化粧水を馴染ませる感じで。

 

 丹念にそれを行うと、女の子の肌は少し艶を取り戻した感じになった。

 こうして初めて、食事に移れるのだろう。

 再び口に賢者の水を流し込むと、ゆっくりと喉が動いて飲み込んだ。

 

 分量的に100ml程度飲ませると、彼女の眼に少し光が点った感じになって、俺の事を見る。

 

「もっと飲むか?」


 瞼をゆっくりと閉じて、ほんの僅かに頷く。

 更に100ml程度飲ませたら、今度はしっかりとした感じで俺を見てきた。

 

「……はらへった」


「何か食べたい物はあるか?」


「……あずきがゆ。たべてみたい」


「よし、ウチに帰ったら食べさせてやる」


 俺がそう言って頷くと、イメージは途切れた。

 

 

 ▽▼▽

 

 

 気が付くと、目の前の黒い繭はバラバラに解けていた。

 その中心に女の子が横たわる。

 土を掘り返した跡は無いので、アレは完全にイメージの世界だったのだろう。

 

 けれど、女の子は、イメージの世界で助け出した子だ。

 

「ほう、これは面妖な」


「呪いが人の形をとったって事かしら」


「呪法の最終段階で犠牲になった子みたいだ。なんか、助け出せた」


「成る程の。それで、主殿はどうするつもりじゃ? 聞くまでも無い気がするがの」


「ウチに連れて帰って、暫く面倒をみようと思う。

 酷い飢餓感に苛まれているだろうから、まずは気の済むまで食べさせてあげたい」

 

 現状では、くったりと力を無くしている女の子を抱き上げる。

 まだ魔力が足りていない感じなので、指から賢者の水を出して飲ませた。

 イメージの世界であげた分も効果が有ったのかもしれない。

 彼女は、ゆっくりと賢者の水を飲む。

 

 その間に、レイナスは解けた黒い繭を集めて、天狐は地面を丹念に調べていた。

 

 女の子の様子が落ち着いたら、彼女を抱っこして帰る事にする。

 

 建物から出ようとすると、あの3人と知事の妻と秘書が、俺に投げ飛ばされていた人達に助けられていた。

 特に、捕縛用の魔道具は中々切れなかったらしく、特大のワイヤーカッターを使ったみたいだ。

 

「お父様、あいつらよ! 私をこんな目に合わせたのは! お仕置きしてちょうだい!」


 知事の妻は、キンキンと怒っている。

 お仕置きを頼まれた爺さんは、それこそこっちを呪いそうな目つきで俺達を睨んでいた。

 

「待て、その子供は何だ?」


「答える義理、無いけどな。待ちもしないし」


 彼等を気にせず進んでゆくと、人の群れは割れた。

 流石に、俺達を力ずくで止めるのは無理と理解したらしい。

 

 庭の部分に出ると、女の子がボソボソと呟くように俺に話かけた。

 

「呪い、おいてきた」


 ちょっと意味が分からなかったので、疑問の表情をすると天狐が解説してくれる。

 

「主殿がこの童と触れ合うた事で、童と呪いの繋がりが断ち切れたのじゃ。

 じゃが、その残滓はまだ残っておる。

 童が呪いの制御をしていたのじゃから、それが切られれば呪いは反転するじゃろう。

 じきに呪いは霧散するじゃろうが、それまでこの家が持つか見ものじゃな」

 

 クカカと愉快そうに天狐は笑った。

 

「つまり、今まで他人から絡め盗っていた幸運が、反転して不幸を招く元になるって事か」

 

「そういうこと」


 女の子も、解放感からか、安心した表情で笑う。

 

「すると、天狐の言っていた報いを受けさせるって事にもなるのか?」


「そうじゃの。

 少々手ぬるいが、まあ良しとするかの。

 これにも懲りずに、また呪いに手を出したなら、その都度反転させてやるのじゃ。

 まあ、次があるとも思えんがの」

 

 そう言って、天狐は呪いの大元があった建物を仰ぎ見た。

 それだけ、今回の呪いが反転する影響は強いものになるという事だろう。

 それに触れた俺にも、そう感じられた。

 

「呪いなんて、ろくな事にならないわね」


 レイナスも、やれやれといった表情だ。

 

「呪いとは何だ? そんな物、我が家には無い!」


 爺さんが枯れた声で強く言う。

 周りの誰もが、そう思っている感じだ。

 

「我が家で祀るのは『クラナガテ』様。幸運の守り神様だ」


 『クラナガテ』という言葉に、女の子は少し身を強張らせた。

 抱っこする手を少し強めると、彼女も俺の服をきゅっと握る。

 

「アンタらの中ではそうだったのかもしれないが、実情は違ったってわけだ。

 これから、アンタらには呪いを祀った反動があるみたいだぞ」

 

「主殿よ、無駄じゃ。人は信じたい事しか信じん。

 この先、何が起こっているのか理解できぬままに滅びるのであろうよ」

 

 俺達の言葉に、ここにいる半数近くは、これはただ事ではないといった表情を見せた。

 けれど、それは立場が低い者達が殆どだったようで、爺さんの血族や家宰は厳しい表情をしながらも、まだ余裕はあるといったものも感じられた。

 

 ただ、それもつかの間で、知事の妻が具合の悪そうな顔になり、手や顔を擦り始める。

 

「旦那様! 巫女様の様子が!」


 周りに居た若い衆が、知事の妻に駆け寄り支える。

 巫女とは彼女の事らしい。

 どうしても、巫女って言われると若い女性を想像してしまって、ピンとこなかった。

 

 その彼女の指先が、マニキュアを塗るのを失敗したみたいに黒ずんでいる。

 そして、鼻先も同様に黒くなり始めていた。

 

「か、痒いわ! 中からムズムズするわよ? 何なのよ!?」


 しきりに手を擦り合わせて、症状を訴えている。

 

「伯母様、いったいどうしたんですか?」


「巫女様、落ち着いてください」

 

 周りには、彼女の指や鼻が黒く色づき始めている事に気が付いていない様子だ。

 

「ほう、さっそく始まったの」


「天狐、どういう事なんだ?」


「あの小娘は、やたらと呪いの力が流れていたでな。

 おそらく、巫女として振る舞わせる事で、呪いの力を引き出しやすくしておったのじゃろう」

 

「ああ、だから、ウチに来たときに指を噛んだら黒い蔦がわっと広がったのか」


「そうじゃな。この様子じゃと、あやつから真っ先に滅ぼされるのじゃろうな」


 呪いの犠牲になった女の子が、その制御を担当し、知事の妻が呪いを方々に撒いて利益を得る窓口になっていた感じか。

 それが反転し始めたから、まず窓口に問題が殺到すると。

 ちなみに、女の子の方は繋がりを断ち切ったから、問題が無さそうだ。

 

「貴様らの仕業か? 何をした!?」


「理解する頭の無い者が、事を問うでない」


 強い口調で詰め寄る爺さんを、天狐はバッサリと切り捨てた。

 

「まあ、アレよね。顔に毒を塗って神の恵みだって喜んでいた人達には、何を言っても無駄だもの。

 私達は、その毒の元を消しに来たに過ぎないし、それまでに蓄積していた影響がどう出るかなんて知らないわ」

 

「消せるのか? それなら、助けてくれ! この通りだ」


 レイナスが例えて言うと、爺さんは車椅子に座ったままで頭を下げる。

 俺にはうずくまっているだけの様にも見えた。

 反省とかではなく、今はこうする事が利益に繋がるというパフォーマンスに見えたのだ。

 

 それに反転する呪いに対処ができるとして、この手合いは何かに理由をつけてその事を認めないと思うんだ。

 都合の悪い事が起こったら、こちらの対処が不十分で、ぬか喜びをさせた非道の者だと非難したりとか。

 それで、結局呪いなんて無かったのだろうとか、こちらを詐欺師呼ばわりするんじゃないかな。

 

 だから、無視して帰る事にした。


 これからの彼等が、呪いの反動で破滅するのか、それとも困難を乗り切るのかは知らないし興味も無い。

 ただ、あれだけ力の差を見せても再びちょっかいを掛けてくるなら、それを超える報復をするだけだ。

 

 家に帰ると、留守番をしてくれていた皆に顛末を説明した。

 そうしたら、小豆粥を作る。

 小豆は、餡子系のお菓子を作るのに、沢山あるので問題ない。

 長い時間水に浸しておく必要も無いので、すぐに扱えて優秀だ。

 小豆とお米だけのお粥と、白玉入りや餅入りなども作る。

 

 女の子は、熱々の小豆粥を、ハフハフと言いながら食べ始めた。

 お箸を上手く使えないみたいなので、スプーンを用意してあげた。

 

「どうだ? 物足りなかったら、塩や醤油もあるぞ」


「おいしい」

 

「そうか」


 彼女がどれ程の飢餓状態だったかを説明しから、ウチの皆はしんみりとしている。

 特に、異世界出身の皆は、食料事情が乏しかったし、ウチに来た時は空腹とセットみたいなもんだったからな。

 だからだろうか、皆も女の子の事を受け入れる気持ちが強くなったみたいだ。

 

 そういえば、いつまでも名前を聞かないわけにはいかないな。

 

「きみの名前は、何て言うんだ?」


「……くらながて。これはきらい」


 どうやら、生前の名前は忘れてしまったようで、祀られていた時の記憶が強いそうだ。

 そうなったら、こっちで名前を考えた方が良いだろうか。

 

「ウチに住むなら、新しく名前があった方が良いか? こう呼んで欲しいって希望はあるか?」


「わかんない」


「好きな物からとるのはどうだ? 花とか」


「それなら、あずきがいい。おいしいから」


 ユリとかアヤメとかはどうかなって思ったんだけど、本人は小豆が良いらしい。

 まあ、小っちゃくて可愛らしいから、似合ってはいるかな。

 

 こうして、現在は半神半人といった状態の女の子である、小豆がウチの新しい家族になった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[一言] 再開ありがとうございます♪これからも楽しみにしてます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ