168 『悪い子』には『良い子』になってもらいたい。
ウチの周辺の山を買っているのだけれど、知事からの妨害で役所の手続きをストップされてしまった。
ウチのヘチマ水が手に入らない事への報復と推察された。
明確な証拠が無いのが、いやらしい。
なので、ウチの方も土地購入の対応をする為と理由をつけて、富裕層向けの作物の出荷をストップした。
すると、とたんに役所の手続きは再開した。
不思議だなぁ。
そして、事情を説明したいから、市役所に来いとか言われた。
こっちに非がある事でも無いので、それは突っぱねる。
説明したいなら、そっちが来い。
そう言ったら、地方法務局の部長と市長と担当部署の課長がウチにやってきた。
「この度は、手続き上の行き違いがあったようで、申し訳ありません」
課長が頭をさげる。
部長と市長は、1歩下がってそれを見ていた。
課長の説明によると、反社会的組織の対策の為に、土地の売買に関する手続きの厳格化を指導されたらしい。
それで、戸籍の照会などが以前より厳しくなったとの事だ。
そして、土地の登記をする地方法務局の部長からすると、完全に停止するように命令をした事実は無いが、連絡の行き違いで滞りがあった、以後このような事が無いように指導を徹底したいとの事。
更に、市長によれば、課長は部署を異動したばかりで能力が足りなかった。
市民の皆様には大変なご迷惑をおかけしたことをお詫びします、との事。
……なるほど、やけに知事が白旗を揚げるのが早いと思ったら、無関係を貫くつもりだったのね。
それで、その尻尾切り要因は、密かに課長だと決まっていたと。
部長と市長の説明を聞いて、課長は話が違う的な驚きの表情をみせるも、黙って耐えている。
いやいや、まてまて、それも含めて演技かもしれない。
もしくは、俺が攻撃を受けた事で気が立っていて、疑い深い見方になっているのかもしれない。
なので、ここは皆の本音を聞きたいところだ。
「なるほど、事情はおおよそ分かりました。まずは、お茶をお飲みください。お茶うけも、遠慮なくどうぞ」
俺がそう勧めると、3人ともお茶を飲んだ。
俺が、がぶがぶと飲んでいるから、安心して手が伸びた事だろう。
実はこれ、ガラテア特製の気分がスッキリして素直になれるお茶だ。
色んな意味でリラックスできる。
お口の緊張も解けて、おしゃべりもスムーズになるんじゃないかな?
「それで、皆さん。本当のところは、どうなんです?」
「市長から、天樹さん関連の事はストップするように命令されました」
と、課長が言うと、続けて部長と市長も口を割った。
「「知事からの要請です」」
とてもハキハキと両者は言い切る。
この2人には、具体的にはどうなのかを重ねて尋ねる。
「上手くいけば、より良い天下り先を紹介してもらえる手筈になっていました」
と、部長。
「明るみに出ないリベートが得られる公共事業を斡旋してもらう事になっていました」
と、こっちは市長が言う。
どっちも欲まみれだった。
そうなると、課長はどうなんだろうか?
「わ、わたしは、失敗すると降格させられると脅されました……」
どうやら、ウチへの妨害が上手く行っても、課長に利益は無かったらしい。
課長さんは、断るに断れなかったのだろうなと思うと、少しだけ可哀そうに思えてくる。
悪事の片棒を担がせて、報酬を与えないとは、市長はどういう了見だろうか。
「職員が職務を遂行するのは当然です。ミスをすれば、それ相応の対処が必要でしょう」
「課長さんは、ウチ関連の職務を遂行していないですよね?」
「はい、ですから処罰はやむなしかと」
お、おう、市長はサイコパスか。
法務局の部長は、それは当然だと頷いているが、課長さんは、どんな理屈かと目を剥いている。
この辺りで、アウトのラインはハッキリした。
課長さんは2アウト程度。
ギリギリ1つ残っている感じ。
部長と市長は危険行為で退場だ。
アウトどころの話じゃない。
この場をナアナアで済ませてしまったら、今後も何かに理由をつけてウチを妨害してくるかもしれない。
それで、ウチから何かの利益を引っ張ろうとする手合いに思える。
だって、現時点で色んな方面から、大なり小なり釘を刺されているにもかかわらず、元凶の知事がここへ来ていないのだから。
別の生贄を用意したら、どうとでもなると考えているのではないだろうか。
それに、権力と職権を乱用しての行為っていうのも許せない。
そういう事をされたら、一般市民としては対抗しようも無くなる。
そんな、個人としての怒りと市民としての義憤の2つが、俺の心の中で燃え上がった。
なので、課長さんに警告して、部長と市長には退場してもらう事にする。
まず、抑えていた魔力を少しだけ放出した。
ストローで息を『フ……』っと吹きかける程度の魔力だ。
けれど、魔力抵抗の無い人がこれを受けると、ソフトクリームを直接胃の中に注ぎ込まれた様な衝撃を受ける。
アイスの一気食いで頭がキーンとなったり、胃が急激に冷えて血流が変になって気分が悪くなるといった症状が、数倍強い感じで起こる。
するとどうなるかと言うと、慣れない人は気絶してしまうのだ。
そして、気つけのアンモニアを嗅がせたら、すかさず魔力を浴びせて、また気絶させる。
そんな事を更に2回繰り返す。
それだけで3人は、そうとうに憔悴していた。
今後、ウチに何か不利益な事をしたら、こちらも同じ事をすると警告する。
しかも、次は一切の手加減無しだと忠告した。
念の為、魔力の圧力が2倍になったらどうなるかも、体験してもらう。
汚物処理をしてくれるスライム達の出番になった。
暫くすると、3人は目を覚ます。
顔は蒼白を通り越して土気色になっていた。
課長さんへの警告はこれぐらいにして、これからは真面目に正義感を持って働いてもらうようにお願いした。
「はいっ! 誠心誠意、がんばりますっ!」
やる気も出てくれたようなので、お土産にウチの作物をお裾分けした。
これで消耗した体力を回復して欲しい。
はは、部長と市長には、無いぞ。
2人には、悪い事をしたとお巡りさんに報告に行ってもらう。
他にも色々とやっているだろうから、全部正直に話して、良い子になってもらう事にした。
その先は、警察なり司法なりの判断になるだろう。
その前に、1つ気になる事がある。
今回の3人の身体に、何やら黒っぽいモヤがあるのだ。
悪い気配を感じた。
これは、いわゆる『厄』の1つだろうか?
天狐に訊いたら、そのようだ。
念の為に、厄除け大豆を振りまいた。
3人は呼吸がしづらい様子で苦しんだが、モヤが晴れるとスッキリとした表情に変わる。
「……まるで、生まれ変わったみたいです」
「そうだな、ある意味では生まれ変わるチャンスだと思うから、自分がこれまでしてきた事の清算をきちんとつけてほしい」
部長と市長は、きっと資産の多くを失ったり信用も地に落ちて、未来が暗いものになるだろう。
けれど、今まで他の誰かにそんな仕打ちをしてきたのだろうから、それは覚悟してもらいたい事だ。
その後で、またモヤがかかったみたいになったら、ウチで祓ってやると言ったら、3人とも涙を流して感謝を示した。
これで、恐らくは必要以上の悪い事は無いだろうと思う。
例えば、これから警察に行く2人が、何故か留置所で自殺するといった事とかだ。
課長さんにも、変に利用しようと近寄る人は現れないんじゃないかな。
そんな事を、天狐が誰に言うとでも無くつぶやいていた。
それと無く周りに知らせようとする行為に見えた。
こんな感じで、前哨戦は終了か。
この先には、本命の知事が待っている。
真っ向勝負をかけるならいざ知らず、こんな回りくどくて卑怯な手を使ってきた報いをうけてもらおうじゃないか。




