167 美容の効果
少し前にウチへ来たシリコロカムイは、日に日に力を回復しているようで、色が濃くなってきている。
この前様子を見に行ったら、ノーム達の前で何やら踊っていた。
とても軽快なリズムを刻んでいる感じだった。
何か民族舞踊かなと思ったら、違うとガラテアに説明された。
どうやら、変身ヒロインのアニメのエンディングダンスのようだ。
その公式練習動画も見せてくれた。
ノーム達がその作品に夢中なので、ダンスを覚えてみたのだという。
小さい子達を喜ばせたいというシリコロカムイの気持ちに、なんだかホッコリした。
ノーム達が新しく生まれる元となるという芽は、少しずつ大きくなっている。
見た目はキャベツっぽい。
ほぼキャベツだけれど、葉っぱの大きさが笠にできる程なので、更に大きくなると思われる。
ノーム達も、甲斐甲斐しくお世話をしているみたいだ。
賢者の水をあげたり、話しかけたりしている。
元気な子が誕生すると良いな。
子供といえば、ウサギ達のお腹が大きくなってきた。
なので出産場所を整える。
これから一気に増えるのだろうなと思うと、楽しみで目じりが下がる。
ウチのウサギ達のパートナーとして新しく来た子達も、すっかりと馴染んでいて、毛並みも徐々に良くなっている。
更には身体能力も向上しているようだ。
特に、ウサミ、ウサヨ、ウサコのパートナーの雄達が、その事で自信をつけているようで良い傾向だと思う。
ウチの敷地で長い時間を過ごすと、地球人も異世界人も身体能力が向上するみたいだ。
レイナスやラキは、格段に強くなっていると思う。
コア達もそう分析していた。
最近の俺は、その事が気になっている。
「実際に、自覚はあるか?」
「そうね、おおよそだけれど、1.5倍にはなっているんじゃないかしら」
ガラテアとの格闘訓練を始めた頃と比べると、コアの分析もその位だと判断している。
なので、レイナスは冷静に把握しているみたいだ。
「その、魔力を俺から補給されているからって事はあるのかな?」
「魔力の高さは、伸びしろの余地でしか無いわよ。実際に、アミリアとマミリアは魔力が高いのに強さはそれほどでも無かったでしょう?」
そう言われると、そうだな。
ウチの皆は魔力もだけれど、身体能力も総合的に上がっている。
「アタシは力以上に持久力がついたぞ。戦闘にスタミナは大切だぞ」
ラキはウチに来る前に比べて、全力で動ける時間が延びたみたいだ。
心肺機能も向上しているらしく、温泉プールで長い時間潜水をしたりする。
「そういえば、休暇で遊びに来るラキの家来たちは、何か言ってるか?」
「う~ん、そういう話は聞いてないぞ。今度来た時に確認してみるぞ」
ラキの家来達は、ローテーションを組んで水晶のダンジョンサイトの保養所へ遊びに来る。
けれど、その滞在は長くても3日程度だ。
山中さんは1週間以上の滞在を繰り返した事で、身体に変化があった。
人種以外にも、その辺りに何か違いが出るかもしれない。
ラキの家来達には、滞在期間やその間隔を記録してもらおうと思う。
そうなると、地球人でもどんな変化があるのか、調べたいなと思ってしまう。
若さを取り戻して、それを維持するのか。
それとも、人を超える程に身体が強化されるのか。
前者なら、ちょっとの騒動で済みそうだけれど、後者は大問題になりそうだ。
これからの事を思うと、ある程度は把握しておきたい。
なので、誰かに試してもらいたいと思っていたら、電話が鳴った。
都築さんからだった。
そして話が進んで――
「いつも、主人が大変お世話になっております」
都築さんの奥さんがやってきた。
化粧水効果は更に出ているみたいで、前に見た写真よりも実物は5歳は若く見える。
実年齢は40代の終盤らしいが、30代の前半に見えた。
こちらこそ、お世話になっていますと、挨拶を交わす。
さて、都築さんの奥さんが、何故にウチにやって来たかと言うと、長期滞在の効果を検証してもらう為だ。
ウチの事情を大体は把握していて、それを無暗に外部に漏らす心配が低くて、本人も意欲的な様子。
また、奥さんは日ごろから美容目的でジムにも通っているそうで、自身の身体能力は把握しているとの事。
なので、変化があったら直ぐに判るそうだ。
とても最適な人材だと思う。
そういうわけで、奥さんには真冬のキャンプをしてもらう事になった。
「え!? マスター、家の方に来てもらわなくて良いの?」
「キャンプ場のお客さんとして滞在してもらったら、どんな影響があるかの検証をしてもらいたい訳だからな。寒さ対策をしっかりして、お願いする事にした」
レイナスにそう説明すると、奥さんの方も俺をフォローする。
「レイナスさん、美容の為なら、これ位は苦でもありません。よろしくお願いします」
これ以上に無い理由だった。
そう言い切る奥さんを見る都築さんは、ちょっと悲しそうな表情だ。
奥さんがこれ以上綺麗になるのに、何か思う所があるのだろうか?
「……妻を一人では置いておけません。私も天樹の森に置いてください」
これは、離れて生活するのが寂しいのかな。
その気持ちはよくわかる。
「……貴方、少しでも天狐様の御側に居たいだけよね?」
「な、何を言うんだ? そんな訳は無いだろう」
「そうかしら? 私の目を見てちょうだい」
見つめ合うイケおじと美魔女。
都築さんの目が泳ぎ始めた。
奥さんの目力が増す。
それが引き金になったのか、都築さんから大量の冷や汗が流れ出る。
管理棟の暖房が暑い訳ではないようだ。
「貴方、お仕事、頑張って、ください」
迫力のある微笑で、奥さんは都築さんに激励を送った。
「あ、ああ。愛するキミの為に、頑張るよ」
都築さんは、肩を落として力なく言った。
さて、暫くの間、都築さんの奥さんが長期滞在する事になる。
そうなると、気になる案件が1つ。
お風呂問題だ。
流石に、ずっと風呂無しはキツイだろう。
かといって、ウチの家のお風呂は家族向けのフルオープンなので、使ってもらうにも無理がある。
なので、せっかくの機会だから、キャンプ場の方にも温泉を設置する事にした。
ウチの人数が増えたから、温泉施設専用の受付を設けられるようになった事も、行動を後押しした。
現在のキャンプ場は、管理棟を中心として見ると、東に静かなキャンプサイトがある。
南は賑やかアクティビティサイトで、西が妖精の隠れ里サイト。
北の方に天樹様の杉があり、天樹様と管理棟の間辺りに俺達の生活する家はある。
温泉はどこに作ろうかと悩んだが、結局は管理棟の隣に作った。
管理棟周辺の平らな土地は、駐車場や薪の乾燥小屋になっているので余地は無いと思っていた。
けれど、逆転の発想で、斜面を利用した洞窟タイプの温泉にする事になったのだ。
都築さんのアイデアである。
彼は血涙を流しながら滞在できない事を嘆いていたけれど、仕事はきっちりとしてくれる様子だ。
各種申請もスピーディに行なってくれた。
都築さんは奥さんに対して、不自由な思いをして欲しくないから等と言って仕事っぷりをアピールしている。
それを受けて、奥さんも満足な様子だった。
都築夫妻のやりとりは、何だか微笑ましく思う。
それで都築さんの奥さんが、どれくらい滞在する予定かと言うと、キャンプ場がオープンする春先までだ。
ざっと、40日程度になる。
その間、何度かはご夫妻が招待されているパーティ等に出かけるらしいが、基本的にはウチに籠っている予定だ。
そんなこんなで、一週目。
都築さんの奥さんは、普通にキャンプ場で遊んでいた。
ウサギ達とのんびり散歩をしたり、スラックラインを楽しんだりと、充実している様子。
そして、自分で使う分のヘチマの化粧水は、自分で作ってもらう事にした。
化粧水として取り扱うと、お裾分けでも薬事法的に問題になるようだからだ。
物の名前も『ヘチマ水』と言うだけにする。
決して化粧水ではないのだ。
自作のヘチマ水を使って、ウチの温泉に入り、食事の全てをウチの食材で賄った奥さんは、日に日にお肌のプルプルしっとりサラサラ感が増していた。
その週の終わりに参加したパーティーでは、噂に上がるし、その秘密を直接質問されたりと話題の中心になったそうだ。
因みに、ウチでキャンプしている事は正直に話してもらって、ヘチマ水の事については秘密にしてもらっている。
二週目。
奥さんは、筋トレと走り込みを始める。
エルフ達と一緒に、元気に山中を走っていた。
元々、トレイルランには興味があった様子だ。
その際の休憩中に、写真を色々と撮ってSNSに掲載しているらしい。
奥さんのSNSの反応が、以前の5倍以上になったと報告を受けた。
先日のパーティーの件も影響しているのだろう。
口コミの一環として、どんどんとしてもらう。
三週目。
奥さんは格闘訓練も始める。
フックや回し蹴りを中心にしていた。
そうやってわき腹を鍛えて、腰のくびれをハッキリさせるのだと張り込んでいる。
ラキやレイナスも、筋が良いと感心していた。
都築さんもやってきて、3日間滞在する。
奥さんと一緒の生活メニューをこなそうとしたら、早々にギブアップしていた。
流石にハードだったみたいだ。
スライムを撫でてまったりしていた。
手が艶々になったみたいだ。
四週目。
奥さんはダイナミックに薪割りを始める。
セクシーな背中を纏い、二の腕をより引き締めるつもりのようだ。
折角肌が綺麗になっているのだから、背中が大胆に開いたドレスを着たいらしい。
重労働な薪割りをしても、温泉とヘチマ水の効果でマメは直ぐに収まっていて、白魚の様な手になっていると喜んでいた。
この辺りから、ウチへ問い合わせの電話が増えてきた。
奥さん経由の口コミ効果が出ているようだ。
今までアウトドアに関心が無かった層を取り込める良いチャンスだと思う。
早くもキャンプの予約をする人達が何人か現れた。
五週目。
そろそろ、キャンプ場のオープン準備の期間だ。
この時期に、土地の買収を任せている弁護士から電話があった。
なにやら、妨害を受けているらしい。
詳しく聞くと、役所の手続きが止められるのだとか。
それを聞いた翌日。
都築さんが慌てた様子でやってくる。
そして、夫妻で土下座を披露した。
今まで天狐にしていた平伏ではなく、謝罪の土下座だった。
何でそんな事をするのかと訊くと、以前に参加したパーティーが発端になっているとの事。
都築さんが手掛けた箱物の完成記念パーティーだったらしいが、そこで知事の奥さんと知り合ったようだ。
知事の奥さんは、都築さんの奥さんの美貌の秘密を殊更知りたがった様子で、他の人達にした話では納得できなかったらしい。
そして、都築さんの奥さんのSNSにある写真を穴が開くほど見た結果、ヘチマ水の存在を知ったのだとか。
ヘチマ水の事は、都築さんの奥さん自身が手作りしていると公言しているので、そこは問題無い。
けれど、そのヘチマ水の出所がウチだと当たりをつけたみたいだ。
そう言えば、何日か前に、ヘチマ水を売れと命令口調の問い合わせがあった事を思いだした。
そんな状況証拠をまとめると、知事の奥さんはヘチマ水が手に入らない事を妬んで、夫である知事をたきつけてウチへと嫌がらせを始めたと推察できるみたいだ。
証拠は無いのだけれど、そうできる立場の人と言ったら限られてしまうものだ。
こんな騒動を未然に防げなかったと、都築夫妻はしきりに謝ってくる。
けれど、これは悪いのは私的に権力を振りかざす知事夫妻だから、都築さん達が謝る事じゃないと宥めた。
ガラテアのお茶も飲んでもらって、落ち着かせる。
さて、いずれは来るかもしれないと思っていた、ウチへの嫌がらせ行為が、思わぬ所から飛んできた。
当然、俺はなあなあで済ます気は無い。
けれど、それ以上にウチの女性陣は怒り心頭だ。
「戦争よね」
「身の程を教えてあげるんだぞ」
「公開処刑の時間デス」
「末代まで続く呪いをかけるという手もあるのじゃ」
「「おばあ様からは、いくつか拷問の手ほどきを受けています」」
「我々にかかれば、暗殺も容易いですよ」
とても物騒な空気に満たされた。
待って、皆、待って!
ほんの少しだけ落ち着こう。
「そうは言っても、マスターはどうするつもりなのかしら?」
「そうだな、レイナス。ここは敢えて何もしない」
「弱気はダメだぞ」
「いや、ラキ。強気で放置というのが効果てきめんな場合かなと思うんだ」
「具体的にお願いしマス」
「そうだな、ガラテア。富裕層向けの農作物の出荷を止める」
「なるほどの、中々に悪辣な手を思いつく物じゃ」
「「外堀を埋めて、針のムシロにするのですね」」
「あの、それって効果があるのでしょうか?」
選挙制に馴染みが無いエルフ達に、俺の目論見を話す。
ウチの作物は、富裕層に人気だ。
本人が食べるのは勿論の事、贈答用にも喜ばれている。
その出荷が、不思議な妨害でできなくなったと喧伝して、実際に止めるとどうなるか?
権力者は権力者同士の繋がりや付き合いがある。
知事は無事で居られるのだろうか?
少なくとも、次の選挙は絶望的だろうし、ひょっとしたら任期を全うできないかもしれない。
恐らく物理的には誰も傷つかずに、穏便に事が進む平和的な方法だと思う。
お値段がお高くなる作物を減らす分、常備野菜系の出荷を増やして、魔力の分配は帳尻を合わせるつもりだ。
天狐の一族の方も、ウチの作物は一時的に流通している物だと言っているようなので、色々と調整する良いタイミングらしい。
安定供給されていると思えば、また次の機会に手に入れれば良いやと思うが、限定品だとその場で欲しくなる。
物の価値を調整する手段の一つだとか。
さて、このチキンレースはウチの勢力にはメリットが多いが、知事の勢力にとってはクリティカルになる様子。
とことんまで行ってやろうか!
▽▼▽
……と、思っていたら、1週間もしないうちに知事が白旗を揚げてきた。
向こうは大事になっているみたいだけれど、ウチは平穏なままだった。
良かった。
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