165 天樹の森の鬼と豆まき
2月の頭の事。
「もう! 納得いかないぞ! 何なんだよ!」
ラキが怒声を露わにして表へ飛び出した。
夕食後の、のんびりとした時間の事である。
一体どうしたのだろうか?
喜怒哀楽がハッキリしているラキだけれど、あれほどに怒りを爆発させたのは初めて会った時以来な気がする。
彼女がぶち抜いた壁をダンジョン改変で修復しつつ、後を追った。
ラキは中庭の鍛錬スペースで、金棒を振るっていた。
魔法レンガと温泉セメントで作った、木人椿に似せたダミーを相手に、ボコボコと殴りつけていた。
その激しさで、金棒がベコベコに曲がっている。
その事から、ラキの抱える鬱屈が、非常に大きいと見て取れた。
「うがー!」
最後の一撃とばかりに、ひときわ気合を入れて金棒を打ち付けると、ダミーにヒビが入って崩れた。
そして、金棒の方もぐにゃりと曲がる。
「ラキ、このタオルで一旦汗を拭いておけ。それと、もう1本いくか?」
どうして怒っているのか分からないが、もっと発散できるようダミーを出すか聞いてみた。
「はぁ、はぁ。ありがとう。ちょっと落ち着いたぞ」
「そうか。それじゃ、すこし話せるか?」
「うん、大丈夫だぞ」
中庭の温泉側にあるベンチに座って、話をする事にする。
ちょうどタイミングを見計らったのか、ガラテアがお茶を出してくれた。
他の皆も気にしているようで、少し距離をおいて様子をみている。
「それで、どうしたって言うんだ? 聞かせて欲しいな」
「うん、節分なんだぞ。鬼に豆をぶつけるなんて、あんまりだぞ。食べ物が勿体ないじゃないか。それに、豆をぶつけられて降参するなんて、鬼も情けないぞ」
ラキは、唇を尖らせて、節分にたいする不満をつらつらと呟く。
ニュースで節分の話題を見て『鬼は外』とやっているのに納得ができなかった様だ。
それを何度も目にして、感情が爆発してしまったらしい。
俺は、それにうんうんと同意して、彼女の話を聞いていた。
「だいたいな、悪さしている鬼の上司は管理能力が足りないぞ。そんなんだから、鬼が悪者になっちゃうんだ。一部のはみ出し者のせいで、皆が迷惑するんだぞ」
「地球の鬼の世界も広いみたいだからな。なまはげみたいな山の神様もいれば、悪い鬼も出ちゃうんだろうな」
「神様の鬼も居るんだろ? だったら、節分の時にはどうしているんだ?」
それは、どうなんだろうか。
例えば、なまはげと節分の鬼は別枠扱いだと思うけどな。
ちょっとスマホで調べてみたら、それはそれ、これはこれって感じで分けているようだ。
「なあ、テンコ。他の神様の鬼って、節分にはどうしているんだ?」
そう、ラキが訊いた。
「そうじゃな、ここ100年はお社でのんびりとしているのではないかの。厄災を鬼の仕業と見立てて、それを掃うのが節分じゃからな」
「じゃあ、神じゃない鬼はどうなんだ?」
「荒くれた鬼には住みにくい世の中じゃからな。野に居る鬼は、ひっそりと暮らしているんではないかの。そやつらとは交流が無いで、詳しくはわからんぞえ」
「そうなのか。それだったら、節分と鬼ってあんまり関係が無くないか? 厄災っていうのが悪いって思うぞ」
「そうじゃな。しかし、人々の認識では鬼と厄が結びついておる。こうまで浸透すると、切り離すにまた年月がかかるのじゃ」
天狐が言うには、どうしても人の数が多いから、その分イメージ次第で見えない世界の結びつきが作られてしまうらしい。
神格を持つ者はそれで信仰を集めて力を付けるが、逆に思わぬ属性を押し付けられたりもするのだとか。
「ちょっと待って。それじゃあ、ラキ達鬼人族が地球に居たら、その厄災と結びついてしまうって事かしら?」
そう、レイナスが言う。
「可能性は否定できんが、数百年はかかると思うぞえ。それも、神格を得るか、実体の無い精霊と化するかせんと、影響は無いじゃろう。肉体とはかくも強い鎧なのじゃ」
天狐はレイナスの疑問を否定した。
まあ、普通にしていれば大丈夫って事だろう。
「レイナスとテンコの言う事は分かったぞ。だけど、アタシはこのままで良いとも思えないぞ」
ラキは腕を組んで思案顔になる。
上腕二頭筋と上腕三頭筋にグイっと力が入ったのがみてとれた。
とりあえず暴れたい気持ちを抑えているみたいだ。
「ラキが良いと思えない事って、どんな事だ?」
俺がそう訊くと、ラキは組んでいた腕をほどいてグッと拳を握った。
「悪者にされちゃっている鬼がいるなら、どうにか手助けしてあげたいって思うぞ。それに、厄災ってのに縛られちゃっている鬼がいるなら、切り離してやりたいって思うんだ」
「そうなると、もし迫害を受けている鬼がいたら保護したいって事と、厄を払いたいって事かな」
「うん、だいたいそんな感じだぞ。マスター、良いかな?」
「ああ、良いぞ」
居るかどうか分からないけれど、もし迫害されている鬼が居たとしたら、俺だって保護したいと思うだろう。
それと、厄を払う方法も習得した方が良いとも思うのだ。
何故なら、土地に魔力が淀み過ぎたら、災厄を招く元となってしまうからと、天狐が指摘した事もあったくらいだしな。
作物の出荷にばかり頼らずに、それとは別の方法があっても良いと思う。
じゃあ、それを具体的にどうするか、なのだが――
「妾任せという事じゃな、まったく」
「知恵は天狐任せになるけど、実際に動くのは皆でになるようにしよう」
「そうね、異世界だと、魔力が絶えず流動的だから、淀んで悪い事態に発展するって事が無いのよ。これはテンコが頼りだわ」
「悪い奴をやっつけて終わりって話じゃ無いもんな。テンコ、頼んだぞ」
俺に続いて、レイナスとラキも天狐に声をかける。
そうすると、天狐もまんざらでは無い感じで、ちょっと得意げな顔になった。
「仕方が無いのじゃ。こういう時はの、人間の概念を踏襲するのが良いじゃろう。つまりは、節分の豆まきじゃな。おっと、ラキよ早まるで無いぞ。かたちは真似ても本質を違えれば良いのじゃ」
天狐が言うには、大豆に厄除けのまじないをかけて、それを撒くようにすればどうだとの事。
そして、鬼を追い払うのではなく、鬼に宿った厄を払うようにしてみようとの事だった。
なので、さっそくそれ用の大豆を用意する。
厄を払って、食べても美味しく、小鳥や小動物達にも栄養豊富な大豆よ、出てこいと念じた。
折角なので、撒いた分を動物たちに食べてもらえれば良いなと思い、ちょっと条件を足した。
そして、厄除け大豆を爆発的に増やす。
盛大に撒いても十分な量を確保した。
「天狐、こんな感じで大豆は大丈夫か?」
「ふむ、これは……。すでにまじないが必要無いのじゃ。余計な事をすると効果が薄れそうじゃな」
どうやら、厄除け大豆はゲームなんかで言う破邪のアイテムに近い感じになったみたいだ。
聖水とか、銀の武器とか、そんな感じのイメージに近いだろうか。
「そうなのか。食べても大丈夫なんだよな? そう念じて召喚した物を育てたんだけど」
「問題なかろう。無病息災が約束されそうなできばえじゃ」
それなら、撒いた後で動物達が食べても問題ないだろう。
皆に枡を配り、豆まきをする。
「鬼よ~、来い。厄、払~い。福よ~、来い。厄、払~い」
節分の豆まきの掛け声を変えてみた。
節分を過ぎて、外に追いやられてしまった鬼を呼び込んで、そして豆で厄を払う。
豆の撒き方も、投げてぶつけるような事はしない。
上空に放り投げて、その厄除け大豆を自分達で浴びる感じにする。
厄除けなら、こんな感じで十分だと天狐からのアドバイスだ。
これで、かたちの上では節分の豆まきを真似ているけれど、本質を少しずらした感じになった。
施設内を皆で練り歩き、まんべんなく豆を撒く。
木の実が乏しい時期だから、小鳥たちの良い餌にもなるんじゃないかな。
豆まきをした後は、皆で大豆を食べる。
年の数だけ食べると良いのだろうが、節分は過ぎているし、天狐はどれだけ食べる必要があるんだって事になって、それぞれ好きなだけ食べる事になった。
ポリポリとした食感が美味しい。
炒ったので、香ばしさがあるから、どんどん食べられる。
「マスター、これ美味しいぞ」
ラキは、頬っぺたをパンパンふくらまして豆を口に詰め込むも、器用に話しかける。
「ああ、どこまでも食べられる感じだな」
「そうだな。これで、厄が払えるな。マスターありがとう」
モグモグと口を動かし、時にはお茶をすする。
「ちょっとは気が晴れたか?」
「うん、スッキリだぞ。豆撒きも楽しかったからな。明日は、鳥が豆を食べるのに大騒ぎするんだろうな」
「そうやって、他の動物が食べるんなら、撒いた豆も無駄になる心配が無いな」
「まったくだぞ。それが1番気がかりだったからな」
「2番は?」
「無いぞ。ウチの皆はアタシを受け入れてくれているからな。鬼が仲間外れにならないから、大丈夫だぞ」
「そうだな。厄を背負った鬼を招き入れて、その厄を払うのが、今年からのウチの伝統だからな」
「今年からなら、伝統じゃないって思うぞ」
「良いんだよ。あとは、それを言い続けて100年もすれば、本当の伝統になってゆくんだから。何となく始まった風習が、後々伝統になるんなら、最初っからそうしようと思って始める伝統があってもいいだろう?」
「あはは、マスターは無茶苦茶だぞ」
その後も、皆でワイワイと豆を食べた。
その様子に、ウサギ達も豆に興味が惹かれたみたいなので、あげてみる。
コリコリと喰いつきが良く、やめられない止まらない味わいみたいだ。
そんなウサギの傍らで、ノーム達がこぼれた大豆でもって、おはじき遊びを始めた。
指でピンとはじいて、コロコロとさせて遊んでいる。
時折真剣な表情になって、可愛らしい。
……いや、待て。
ノーム達は、これまで作物に触れられなかった。
なのに、厄除け大豆は普通に触っている。
実体化を覚え始めたのだろうか?
……違うようだ。
すると、大豆の方の問題なのかな。
「ふむ、眼に見えぬ厄を払う作用から、神や精霊にも影響がある物となったのかのしれんのじゃ」
「じゃあ、もし天狐はこれをぶつけられたら、ダメージを受けるのか?」
「もし、主殿が妾を疎ましく思っておったら、怪我をするじゃろうの」
「そうか。じゃあ、危ない物では無いな」
「そういう事じゃ」
「となると、俺の考え次第で、払う厄の種類とか変えられるのか」
「……実証は難しいが、できるかもしれんのじゃ」
天狐の説明で1つ思いついた。
これって、ノーム達の天敵である、エレメントシャーク対策になるのでは? と。
エレメントシャークは精霊の一種だと聞いている。
そして、ノーム達を襲うなら、俺にとっての敵だ。
厄災の1つと言って良いだろう。
なら、厄除け大豆をぶつけたら、効果があるのでは?
この事は、充分な安全を確保したうえで、後々に実験してみる事にした。




