159 キムンカムイと出会う
吹雪がおさまると、そこにはアイヌの民族衣装の様な物を着た50cm位の熊がいた。
ぬいぐるみの様で可愛い。
「キムンカムイ、久しいの」
どうやら天狐の知り合いらしい。
「なにやら、なまらデカい魔力を感じたら天狐だったか。久しぶりじゃな」
見た目が可愛い縫いぐるみの熊なのに、声がやたらと低くて渋い。
ギャップが凄くて、頭が混乱しそうだ。
ひょっとして、幻惑攻撃を受けているのか?
……ガラテアからイメージが飛んできたけど、単純に俺が混乱しているだけみたいだ。
攻撃を受けている事実は無い。
油断は禁物だけど、過敏になってもダメだな。
気を取り直そう。
「それで、天狐、この熊は?」
「うむ、キムンカムイと言ってこの辺一帯では勢力のある者じゃ」
「縫いぐるみっぽいが、そうなのか」
「……そうなのじゃ。本来は勇壮な熊で、顕現する際には壮健な男の姿をとるんじゃがの。これ、キムンカムイ、何故にそのような姿をしておるのじゃ」
「はは、めんこい姿じゃろう? ワシのお気にいりでのう。なんぞソシャゲというもので、この姿のワシが人気になったようでな、信仰が集まったのじゃ」
とても可愛らしい仕草で、野太い声を響かせるキムンカムイ。
手の爪がちょこっとだけ出ているのが、あざとい。
ソシャゲのキャラ化で信仰が集まるのは変な感じだ。
でも、『神ゲー』とか『神アプリ』とか言ったりするから、そこで登用されるキャラのネタ元の神だったら、信仰が集まってもおかしく無いのか。
「ワシを模した商品の売れ行きも良いらしくてのう。ここまで力がみなぎるのは、この100年で久しい事じゃ」
「それで、自慢をしに来たのかや? よほど『えすえすれあ』化が嬉しかったと見えるのじゃ」
「いやいや、そうでは無い。天狐は恒常SRだからって嫉妬するな。突然デカい魔力がやってきて留まったとなったら、確認をせん訳にはいかんじゃろう」
「いや、待て、天狐もそのアプリでキャラ化されているのか?」
どんなイラストか気になるぞ。
「そうじゃ。最初に貰える『えすれあ』なのじゃ。人気はあるのじゃが、あまり強くなくての。そこが不満じゃ」
天狐が『すまほ』を取り出して、自分が元ネタになったキャラを見せてくれる。
「可愛い絵柄じゃないか。でも、何で子狐なんだろうな」
「知らんのじゃ。妾に訊くで無い!」
天狐は、ちょっとヘソを曲げたのか、プイっとそっぽを向く。
「はは、ソシャゲの構想が『かわいさの表現』らしくてのう。勝手に幻想を抱かれたらしいぞ。おかげでワシも、この成りじゃ。して、そこな男は天狐の何じゃ? 噂の男はこやつかの」
なるほど、大きいのは可愛く無いと言われたら、天狐としても気分は良く無いよな。
しかも、恒常SRみたいだし、そこもプライドを刺激される点だろうか。
後で、慰めておこう。
そして、俺と天狐の関係か。
「俺と天狐は家族だけど、噂って?」
悪い噂を流されているなら、場合によっては訂正しないとな。
「ほほう、家族か。いやな、ずぼらな引き籠りで有名な天狐が外に出たとなってな。その原因が男ができたからだと、噂が飛び交っておる」
「おいおい、昔は知らないけど、そんな不名誉な事は言わないでくれるか? 今の天狐は家族の一員として真面目に働いてくれているんだ。それに男がどうこうじゃなく、皆で助け合うのは当然だろう?」
キムンカムイの言いように、俺がそう釘をさすと、彼はニヤニヤと目を細めてイヤらしい目つきをする。
「なるほどなるほど、その魔力の高さもあってか、天狐を動かす甘い飴を持っているのじゃな」
「なんか、言い方が酔っぱらいのおっさん臭いけど、普通に皆で仲良く働いているだけだぞ」
「じゃが、色である事は否定せんのじゃな」
「うん、そこは否定しない」
「はは、堂々と言い切るのう。昨今の男としては好ましいかぎりじゃのう」
キムンカムイは、からからと笑い声を轟かせている。
見た目はでんでん太鼓なのに、その声は大太鼓だ。
「それで、確認がとれたら、もう良いか?」
「ああ、いや、待つのじゃ。天狐を受け入れる度量を見込んで、1つ頼まれてくれんか?」
何だかとてもイヤな予感がする。
そもそも、俺がキムンカムイの頼みを聞く義理は無い。
だから、断っても良いと思う。
けれど相手は神様なので、天狐の方の付き合いもあるだろう。
それを無下に断っても良いものか?
「天狐、どうなんだ?」
「う~む、内容と条件次第じゃの。キムンカムイの一族とは昔から付き合いがあるのじゃ」
そういう事なので、とりあえす話だけでも聞いてみる事にした。
キムンカムイが語るには、どうやら仲間の神々で近年魔力を落としている者が多いという。
因みにだが、神にとって魔力も神気も同じ様な物らしいので、ここでは俺に合わせて、魔力で統一して話してくれるそうだ。
魔力が減ると、神通力が使えなくなり、信仰が集めにくくなり、より魔力を落とす悪循環になってしまう。
信仰が減ってしまうのも、それも自然の流れだけれど、だからと言って何もしないのも受け入れがたい。
現に、キムンカムイ自体が、棚からぼた餅的に、キャラクター人気で信仰が高まった。
だから、他の神にも何か手は無い物かと悩んでいるみたいだ。
「そうは言っても、神社の経営とか専門外だぞ」
「そこまでは望んでおらん。聞けば、天狐がいる地は魔力漲る作物が実るとか。その恩恵を少し分けてはもらえんか?」
「作物の優先販売をして欲しいって事か?」
「そうでは無くてのう、土地や植物を司る者を1柱か2柱か、住まわせてやってはくれぬか?」
「住まわせるだけで良いのか? それならできない事も無いけどな」
「様子をみながら模索するしか無いからのう。まずは置いてやって欲しいと思う」
植物の神なら、ウチの土地で溢れまくる魔力を吸収するかもしれない。
何か特別な事を期待しているわけでも無いようなので、とりあえずは候補の神と面会する事となった。
キムンカムイは、林の方を向いて両手を大きく振りながら声を上げた。
「おーい! シリコロカムイ! 出てきておくれ!」
すると、林の方から、存在感の薄い女性の様なシルエットが、ぬー……っと現れた。
真冬なのに民族衣装の様な薄着で、後ろが透けて見えるほどに、朧気だ。
え? 幽霊か?




