143 国籍とか戸籍とか
ワインの卸し販売が始まり、滑り出しは順調な様だ。
年末年始に需要が上がるから、これからが本番だと、メーカーの人が言っていた。
土地の買収は、ゆっくりと進んでいる。
予算はまだ半分も使っていない感じだ。
権利者が多すぎて手続きが複雑になる土地がほとんどなので、俺ものんびりと構えている。
「マスター、お金が必要なのだけれど、良いかしら?」
夕食の後に、レイナスが突然切り出してきた。
「ああ、良いぞ。どれくらい必要なんだ?」
「そうね、5億円ほどあれば大丈夫だと思うわね」
それは、出せない事は無いが、豪勢な金額だな。
「何に使うんだ?」
「ええ、皆の国籍を買おうと思って」
はい、レイナス、それ、ストップ!
俺も皆の戸籍問題は、どうにかしたいと思っているけど、犯罪になりそうな事はダメだ。
「知らないでしちゃうことは仕方ないけど、犯罪になる事はしないで欲しいな」
「そうなのね。ネットで具体的な方法が出ていたから、一般的だと思ったわ」
「……出ているのか?」
「ええ、ここに」
レイナスはタブレットを操作し、その情報を見せてくれた。
ふむふむ、レイナスの言う通りに、1人辺り1千万円程度でパスポートを発行してくれる国がある。
そして、その情報は英語で書かれているのだけれど、俺はいつから読める様になったのだろうか?
異世界人と問題なく話せるし、ダンジョンマスターの力なのかもしれない。
話を戻すと、国籍を買えるにしても、まず1つ目の戸籍が必要な気がするんだが、どうなのだろうか?
この情報は富裕層向けで、前提がちょっと違う気がするんだが……。
「そもそも、どうして皆の国籍を取得しようと思ったんだ?」
「やっぱり地球で暮らしてゆくなら、その証があった方が良いと思ったのよ。エルフ達だって、自動車の運転が好きみたいだけれど、今のままだと外でしてはダメなのでしょう?」
レイナスは、家族全体の事を考えてくれていた。
そうなったら、俺もそれを全力で応えたい。
「2人で難しい顔をして、どうしたのじゃ?」
「ああ天狐。実はな――」
事の経緯を天狐に話す。
「ふむ、できん事は無いのじゃ。更に言えば、経費は半分ですむやもしれん」
「いや、犯罪はダメだぞ」
「じゃから、妾達の一族は無茶はせんと言っておろうに。合法的にする伝手があるのじゃ」
「あら、じゃあ、それをお願いできるかしら?」
「かまわんが、伝手を使うには、貸しを使わねばならなくなる」
「あれ? 借りを作るんじゃなくて、使うのか?」
「そうじゃ。長い事土地に君臨すれば、貸し借りなぞ山の様にできる。それで互いに牽制し合うのじゃが、それを1つ減らす事になるのじゃ」
「そういう事なら、ウチが天狐の一族に借りを作るってわけだな。かまわないぞ」
「まあまあ、そう結論を急かすでない。主殿なら、その必要もなくなる。むしろ、一族がまた主殿に借りを作る事になるのじゃ」
天狐が言うには、俺は他では絶対に手に入らない物を用意できるので、それを有効活用すれば良いらしい。
例えば、特大松茸の様な物だ。
あれは、金があったからって気軽に買える物では無い。
そして、権力者はそういう物が大好きだと。
天狐は『すまほ』で両親と連絡をとる。
「――あい、分かったのじゃ。主殿、用意する物が決まったぞえ」
「うん、それは?」
「沈香じゃ」
沈香は、ざっくりと言うと良い匂いの元を内包する木だ。
樹脂が木の中に沈着して、それを熱すると香りを放つ。
『香道』で使うもので、格調高い人達に好まれる物だ。
ただ、天然の物は輸出入が大変で、人工加工された物も多いらしい。
なので、良い沈香を作れば、とても物を言う武器になるのだとか。
早速イメージを膨らませて、種を召喚する。
香りの深い樹脂をたっぷり分泌して、自然には香りは飛ばないで、熱を加えた時だけ芳香が広がって……。
手元には、サクラの種っぽい物が召喚された。
早速植える。
調べた所によると、沈香は虫に食われたり風雨や病気で受けたダメージの部分を樹脂で補っているそうだ。
そうなると、より良い沈香にする為には、適度なダメージが必要になる。
そのダメージは何が良いだろうか。
ウチの作物の売りの1つは、魔力値が高い事にあると思う。
だったら、魔力をぶつけてみよう。
コア達のサポートの甲斐があって、最近では魔力の放出に指向性を持たせる事ができるようになった。
これで、ピンポイントに俺の魔力を放出できる。
それから6日間、目的の沈香へと小まめに魔力を放出した。
そして、枝を1つ折ってみる。
樹脂の柔軟性と硬さを持った、丈夫な枝になっていた。
なので斬撃で切り落とす。
地面に落ちると、ゴトリと鈍い音がした。
水に入れると、すぐ沈む。
どうやら、鉄に近い比重の様だ。
削って香りを確かめてみる。
そのままでは香りはしないが、天狐にたいてもらった。
「不思議な香りだわ。どう表現したら良いのかしら」
「まあ、嗅ぐのではなく聞くと表現するからの。感じたままでもよいのじゃ」
「聞くっていうのは不思議な感覚だな。確かに香りに集中したくなる」
「そうじゃの、これは非常に質が高い。炭も天樹で取れた物で作った方がより良くなるじゃろう」
「そうなると、この沈香は合格か?」
「うむ、文句無しじゃ。この質に難癖をつけるやからがおれば、『もぐり』じゃの」
そうして、天狐の一族へと沈香を納めた。
後日、ウチの皆がつつがなく日本国籍となったと連絡を受けた。
かかった費用も、事務手数料的な程度で、当初の予定よりも大幅に少なかった。
「レイナス、今回はありがとう」
「あら、結局私は何もしていないわ」
「いや、レイナスが行動しようって思わ無かったら、絶対に後回しになってた。だから、今のタイミングで動けて良かったと思うから」
「そう? マスターの助けになって良かったわ」
「それと、皆の事を考えてくれていて、嬉しかった」
「家族だもの当然ね」
「ああ、当然だな」
その日の晩の宴会は、いつもよりも盛大になった。




