136 異世界へ食品輸出
異世界。
今まで異世界って言ってきたけど、あっちの世界って名前があるんだろうか?
レイナスに訊いてみた。
「無いわよ」
無いらしい。
他の皆も、世界に名前があるなんて聞いた事が無いとか。
「大陸の名前はついているけど、星って概念が浸透していないのよ。天界や魔界と区別して地界とは言うけど『地球』と対になる感じでは無いわ」
天界とか気になるけど、脱線するので置いておく。
「それじゃ、今までと同じで、異世界って言って良いか?」
「問題無いわね。下手に命名する方が騒動の元よ」
そういう訳で、あっちの世界はこれからも異世界って呼ぶ様にする。
異世界側の人達も、自身の世界を異世界と呼ぶ事になるようだ。
何故こんな事を気にするかと言うと、以前に作ったフリーズドライ食品を異世界へと本格的に輸出する事になったからだ。
魔人帝国トラキスが中心となって、隣の鬼人王国ベニアンや他の隣接国へと運ぶ算段がついたようなのだ。
それで、異世界の人と話す時に、どう言ったらいい物かと疑問に思ったのだ。
さて、そんな確認をした後、異世界のフリーズドライ食品担当者と顔合わせをする事になった。
場所は、水晶のダンジョンサイトの異世界側の出入り口。
そこに、物資の受け渡し場所を作った。
担当はダンディーな人で見た目は40代位に見える。
彼はアノマス子爵。
若い頃は家が没落寸前で、三男だった為に商家へ丁稚に出たが、成功して家督を継いだというやり手らしい。
「……そんなに緊張しなくて良いと思うんだが」
「滅相もございません!」
俺の両脇にレイナスとラキが居るからか、アノマス子爵は緊張で脇汗をたっぷりかいていた。
子爵の立場っていうのはピンと来ないけど、しいて言えば、大会社の課長とかだろうか。
それで、レイナスとラキは皇女と継承権を持つ王女なので、会長の娘とか同規模他社の取締役とかか。
……緊張しそうだ。
相手の緊張を解すのにはどうしたら良いのだろうか?
親近感とか、共通の話題とかあったら良いのかな。
まあ、軽く食べ物の話が無難かな。
「さて、アノマス子爵は、フリーズドライ食品の中だと何が気に入ったかな?」
「は、はい。どれも美味しゅうございました。その中でも『キノコづくし雑炊』が絶品でした」
アレかぁ。
松茸ができるんだし、他のキノコも栽培できるよねって勢いで作った結果、誕生した雑炊だ。
お湯を注いだ後に、沢山のキノコの風味が立ち上がって、シャバシャバっとかき込むようにして食べるのが美味しい自信作だ。
気に入ってもらえるのは嬉しい。
「松茸ご飯と松茸スープもあったと思うけれど、それはどうだったかな?」
「……好きな方には、たまらない味わいかと存じます」
ああ、アノマス子爵の眼が泳いでいる。
ほら、俺の眼を見て言ってごらん?
……ダメかぁ。
地球でも、松茸の香りがダメって人は居るからな。
ウチではレイナスもラキも双子も平気だけれど、異世界では苦手な人が多いみたいだ。
ここは、何とか嫌いじゃ無いレベルまでは底上げしたいなと思う。
今後、フリーズドライ食品の全てには粉末松茸を混ぜてみようかな。
これは長い闘いになりそうだ。
そんなこんなで、口にあった物、苦手に思った物などの話も展開する。
意外だったのは、うどんを食べずらいと思った事だ。
アミリアとマミリアの双子が好物なので、受けるかと思ったら、勿体ない気がしてしまうという。
何が勿体ないかと言うと、異世界では動物の腸が一番貴重な部位で、うどんがそれを連想させるのだそうだ。
千年にわたる野菜の不作で、ビタミンを取るのには狩猟した動物の腸から頼る事が多くなる。
大切に皆で分け合って食べる腸を、独り占めして食べる感じがして、勿体ないという。
これは、幼少期を貧しく過ごした事が影響していると語ってくれた。
今回のフリーズドライ食品の件は、ゆくゆくは貧しい人にまで行き渡ってもらいたいと願っている。
貴族ながらも貧しさを知るアノマス子爵が責任者なら、悪い様にはならないかなと感じた。
それと、カレーライスやカレースープは香りが良いし食べれば気に入るのは間違いないが、知らない人にとっては最初の1口のハードルが高いそうだ。
俺は生まれた頃から知っているから平気だけど、そうじゃないと無理もない。
カレーはルウだけでフリーズドライにして、削りながらお肉の味付けにしてもらうようにしよう。
そんな感じで、初めのうちは雑炊系とスープ系をメインにして、カレールウも取り入れる感じで進めようと話がまとまった。
あとは、どれだけの値段で売るかだが、安すぎれば転売が横行するだろうし、高いと庶民に届かない。
その辺のバランスを調整するのに、もう少し時間がかかるとの事で、次回以降の話となる。
バランス調整には、貴族間の調整も含まれているだろうから、様々な種類のフリーズドライをお土産に持って帰ってもらう事にした。
お裾分けとして有効に使って欲しい。
アノマス子爵は快く受け取ってくれて、帰り際には「これまでの作物やフリーズドライ食品の礼金が入っています」と魔法の鞄をいくつか置いていった。
後で中身を確認すると、大量の金貨だった。
それはもう、山の様な金貨である。
「レイナスさんや、異世界で金の価値は低いのかのう?」
「マスターさんや、地球程では無いですが、お金として価値は高いですよう」
つい思わず出た、昔話の老夫婦ごっこに付き合ってくれたレイナスによると、大量の魔石を消費すれば錬金術で金を生み出せるので、地球よりは金の価値は低い。
けれど、地球の銀よりは高く、錬金するにも時間がかかるから、一気に大量に流通が停滞すれば、市場が混乱しかねないと。
そして、この先それを予感させるだけの金貨を、アノマス子爵は置いていった。
また、これから食料の輸出が始まると、更に異世界の金貨が集まるのだろう。
これは思っていた以上に大事になりそうだ。




