7.未知なる森の大移動
区切りの都合上、今度は長いです。
龍の襲撃から一日が経った。
俺と後輩は、だだっ広い森を静かに歩いている。
他の生物はどこへ行ったのか、あれ以降チラリとも見ていない。鳥すら空を飛んでいない。
それは俺達にとっても、深刻な問題だった。
スライムが居ないのだ。スライムを見つけられなかったと言う事は、当然食べる物が得体の知れないゲロまず木の実orきのこしかなく、昨日の夜は泣く泣くそれを食べて難を凌いだが、やはりきついものがあった。
日が変わっても、相変わらず周囲には鳥一匹も飛んでおらず、異様な静けさだけが森に蔓延っていた。
気分転換に水を浴びて、昼ごろになったが相も変わらず静かなままで、このままではじり貧になる恐れがあった為、無闇矢鱈に動くのは嫌だったが、龍から逃げる意味も込めて龍が飛んでいった反対側を進んでいる。
そもそも、あの龍はなんだったのか。
あれは俺達を追いかけていた。と考えると白い毛が何かを訴えるように粟立つ。
恐怖以外の言葉が思い付かない。まだこの星に来て3日しか経っていないのに、あんなのに追い回されてたら、剛毛な心臓が数十個あっても足りそうにない。
あの龍の目的が俺達では無いことを祈りながら、時々振り返り注意深く龍の輪郭が無いかをチェックする。
慎重に進む俺の後ろから、"念話"が飛んでくる。
『先輩つーかーれーまーしーたー! おーなーかーすーきーまーじーだぁぁぁ』
さっきからこれである。
『そう思って、ホラ、見つけてやったぞ』
そう言いながら、木の根元に生えているきのこを指す。色は紫だが、"鑑定"の結果では食べられる。実際に初日に一度口に入れているが、今のところ健康面では問題ない。
『先輩は鬼ですか、どう見たって食べていい色をしていません!』
『いやでも、前に俺が食べたやつだよなこれ?』
『あの時、先輩半分食べてギブアップしてたじゃないですか!』
『そりゃあ、噛む度に卵の腐った匂いが口いっぱいに広がって、ダメなタイプのすっぱい液体がきのこからも唾液からも溢れてくるんだぞ。無理に決まってるだろ』
『じゃあなんで勧めてくるんですか!』
『お腹空いたって言ったからだな』
もとい、あの苦痛を是非後輩にも味わって欲しいからだな。
邪な気持ちはない。ただ純粋に、あのやばさを口に入れた時のリアクションが見たい。後輩なら絶対良いリアクションをしてくれる。
『心の声聞こえてますよ! スライムでも良いから食べたいです』
『ばっきゃろう、今はスライムが既存する食べ物で最上級のご馳走だろ』
『おーなーかーすきましたぁぁぁぁ!』
俺以外に聞こえない事をいい事に、脳にめいっぱい声を響かせてきやがる。
俺だって空腹だが、周りに食べれるものが無い以上、無いものねだりをしても仕方が無い。
スキルの使用回数については、今のところは気にしてる状況ではない為、遠慮なく使っている。
それにしても、見える範囲には生き物が見えない。
どうにかして、スライムを探し出さないと……。
【個体名:ルディアージより"空想郷"を経由、擬似スキル申請を確認、"理想郷"……申請を許可、"黄昏の月"……承認、擬似スキル"望遠鏡"を構築……構築完了、適応……適応完了します。擬似スキル"望遠鏡"を取得】
……おうふ、マジか。
こんな感じでも願望として捉えられるのかよ。
ありがたいけど、複雑な気分。これは一度どこまでが願望として捉えられるのか調べといた方が良いだろう。
"望遠鏡"を使うと、一気に視界がクリアになった。遠くを覗くというよりは、視力が大幅に上がったと言った方が正確だろう。視界が拡大されている訳ではなく凄く遠くも鮮明に見える。
しかも、"索敵"も併合して使えるようで、遠くに赤い輪郭がはっきりと見える。
げっ、あんなに遠くにしか居ないのか……。
進路先数キロにもまん丸の輪郭を視認する事が出来た。これなら、走れば疲れる前に辿り着けそうだと、後輩にも伝える。
『走りたく……ありません……』
『まぁ、そう言うとは思ってた』
餓死しそうって訳でもないが、やはり空腹は堪える。
日は既に天辺を過ぎており、言うなれば、朝から何も食べてない。
少し歩けば生き物やら、なにかを発見できると踏んでいたのだが当てが外れた。
『せめて、先輩の水出す魔法でオレンジジュースが出たら走れるのに……』
『流石に無理だろ』
『はい、ダメでした……』
『そりゃそうだろ……ん?』
ダメ、でした?
『後輩君もしかして、願った……?』
『願ったと言うか、今さっき、概念修正がどうとかってなって"黄昏の月"が"水"にオレンジジュースは許可出来ませんってなりました』
『お、おう……そうか』
なんと言う無茶振りだろうか。"黄昏の月"が何を現しているのか知らないが、もし人間ならきっと苦笑いしただろうな。
『私の意思じゃないですよ! 勝手に願望が汲み取られただけなんです!』
『分かった。分かったから、もう少しだけ頑張ろう。今日一日スライムにありつけないと、流石に冗談で済まされなくなるから』
『うぅ……走りたくないです……』
『ほら、次のスライムはイチゴ味かも知れないだろ?』
『そんな事言って、また微妙なスイーツ味に決まってます……』
しょぼくれるように弱々しく届く"念話"。
あー、これは結構メンタルやられてる感じだな。
まぁ、昨日の龍で既に大部分がやられたから、仕方ないと言えば仕方ないか。
『でもまぁ、これよりは絶対おいしいからな……』
改めて目の前のきのこを見つめる。
うん。無理だ。こんなの食えるか死ぬわ。いや、死んでねぇけど。
『ですよねぇ……』
『諦めて走る。頑張ったら明日も水浴び奮発してやるからさ。な?』
『……うぅ、分かりました』
後輩も頭ではちゃんと分かっている。だから、少し飴をやれば理性が勝ってくれるとても扱いやすい子である。
『先輩、女の子に扱いやすいとか言っちゃ駄目なんですよ。そんな事言う人が居るから、女の子はより複雑になろうとするんですよ』
『さいですか、以後気をつけます』
後輩のありがたいお言葉を右耳から左耳へ受け流し、軽めに走り始める。最初は四足歩行が出来るか不安な部分があったが、そう言った狐の部分は本能と言うのだろうか、すんなりと覚えれたし受け入れる事が出来た。感覚は狐に近いのだろう。
さて、後輩もやる気になってくれたようで少し安心した。
幸いにも天候は晴天で、頬を撫でる風はとても気持ちがよく走りやすい。
それと、新しく使えるようになった"望遠鏡"だが、長時間使うと酔う事が分かった。
通常との視力の差が大き過ぎるようだ。度数の良い眼鏡と同じだろう。少し気持ち悪くなったので、"望遠鏡"を切った。
自力で切る事は結構簡単で、眼鏡を外すような感覚に似ている。
ただ、一度酔うと"索敵"も結構きつくてこちらも切った。
既に、スライムとの距離や場所は把握しているし、周囲には直線状のスライム以外見えない。
ただ、このスライム少し大きい。
湖級とは言わないが直径1mはありそうだ。
今までサッカボール級だったのに比べると、とても大きい。
かと言って、これを逃すと次のスライムまで、また結構走らなければならない。故に選択肢はひとつしかない。
『もうすぐスライムが居た場所だから、後輩は隠れる事優先で!』
『はい! 先輩の勇姿を見てます!』
速度を落とさず、そのまま走る。次の木を超えた辺りに居たはずだが――居た。
木々を縫うように走ると、赤い球体がぽよぽよと震えているのが目に入る。
『"水"!』
俺はスピードを緩める事無く、スキルを使う。狙いは勿論核を打ち抜く事だ。
相手が大きく、牙や爪では核に到達するか不安があった為、ぶっつけ本番だがスキル使用に挑む。
想像するのは高水圧のレーザー、波○カッターのようなものはどう想像すればいいのか分からない為、浪漫があるが今回は止めた。ただ、高水圧と言ってもベクトル方向も圧縮しないといけない分、結構な集中力が要される。だが、こちらの準備が整った状態での襲撃なので集中自体は思っていたよりも精度が高いと思う。
もしこれが乱戦のように自分のペースに持っていけない状態では、ここまで集中する事はおろか、使う事自体が難しいだろう。
レーザーを放てそうな事に安堵しながら、急いで核となる部分を探し、違和感を感じた。
今まで見てきたスライムは、核が一つだった。それは湖級のスライムも例外ではなかった。
なのに、このスライムは核が三つ存在する。
大慌てで形成されたスキルを霧散させ速度を緩める。
スライムはこちらには気付いていないようで、その場でプルプルと震えてい――――違う。
核が三つなのではない。
核が三つに砕かれている。
俺は慌てて後方に飛んだ。
今まで倒したスライムは、核を砕くと震えるどころか微動だにしなかった。
死んでいるはずのスライムが揺れ続けている。その現象は未知で、何か得たいの知れない不気味さがあったからだ。
そして、その行動は正しかった。
パン、と破裂音がなったと思うと、スライムのからだ半分が弾け飛んだ。
『先輩、スライムの向こう側に何か居ます!』
少し逸れて隠れている後輩には、それが見えたらしい。
どうやら、スライムの輪郭が奥に居る何かを覆いかぶさるように隠していたようだ。
――――Boooooooooooooooo!
それは猪だった。
スライムからズレるように、ゆっくりと出てきた姿に思わず息を飲んだ。
全身が黒いが所々白が混ざっているその猪の瞳には、瞳孔や角膜といった部分は無く全てが白く一般的に考えてありえない目の構造をしていた。
そして、まだ迷彩が解けていない俺をはっきりと見つめていた。
瞳孔などの視線の基準になるものは無いが、顔の向きや仕草がこちらを警戒しているように動いている。
もう一度、自分の"迷彩"が解けていないか確認するが、状態は潜伏のままだ。つまりは、こいつは龍からも隠し通せたスキルを見破る事が出来る生き物だ。
――Booooooooooooooooo!!
猪は一つ咆哮を上げると、両端に禍々しく掲げている角をこちらに向けて走ってきた。
慌てて横に飛ぶ。結構大きく飛んだのが功を奏したのか角に掠りもしなかった。
猪は追従する事無く真っ直ぐ進み、そのまま木に突撃すると勢いを無くした。
突撃された木は、大きく凹んでおり、あと数度同じように突っ込めば折れてしまいそうだ。
運よく猪の攻撃を避けれたものの、当たっていたらと思うと背筋が粟立つ。
猪はこちらに振り向き、俺の立っている場所を見つめる。
先ほどよりも横に移動している俺の場所を見つめているのだから、漠然と俺を見つけている訳ではなさそうだ。
――――Booooooooooooooooooooooo!
再度、猪が俺に向かってくる。確実にこちらを殺しに来ている。
その殺意に悪寒を感じながらも、懸命に避けた。
受け止めるなんて素人目に見ても無理だ。それよりも、問題なのが――俺にはまだ生命を殺す度胸が無いって事だ。
蚊とかなら罪悪感も何も無く叩けるのだが、大きさが違う。スライムは正直なところ生物に見えなかった。なので、あまり実感無く倒す事は出来た。それに、猪の形相と言えば良いのか気迫のようなものに完全に呑まれている。
有体に言えば心が怖気づいてしまったのだ。
後ろの岩陰から後輩が見ている。ここは先輩としては果敢に挑まなければならないのだが、どうしても竦んでしまう。
猪の猛攻を懸命に避ける。五度、猪が向かってきた時。
余裕は無いながらも多少の感覚を掴み始め、少しの間隔を空けて横へと避けたとき、猪は俺の方へと曲がった。
突然の事で判断が遅れた。
『――グァ!?』
俺の脇に禍々しい角が、無慈悲に突き刺さる。
狐と言っても幼体の俺は軽々と持ち上げられ、刺さった角を無理やり引き抜くように振り払われる。
後ろから悲痛な声が脳に響くが、多分後輩の脳にはそれ以上の叫びが聞こえている。
振り払われた体は何の抵抗も見せずに岩へと激突し、動きを止める。
息はある。意識もある。だが、少しでも動くと痛みが体中を蠢いて、自由に手足を動かせない。
――Booooooooooooooooo!
いつの間にか閉じていた瞳を明けると、片角を赤く染め上げたそれが、鼻息を荒くし威嚇でもするかのように片足を蹴り上げている。
そこに衰えなど片鱗すらない。あるとすれば、俺への殺意だけだろう。
これが自然の摂理なのは頭では分かっていたが、ようやく実感した。
だけど、まだ死んではいけない。俺だけなら諦めているが、後ろには守らなければならない奴がいる。
その思いが通じたのだろうか、不意に痛みが無くなった。多分だが、痛覚が麻痺したようだ。
十全に体を動かせるかと言われれば、右脇を中心に力が入りにくいが立てる事には立てる。
『アアアアアアアアァアアァアアァアァアアァァアアア―――!!!』
「クオォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!」
気付けば叫んでいた。
纏わりつく殺意に惑わされないため、命が消えてない事を知らしめるため。そんな後付けじみた理由かは分からないが、叫ばなければ心が負けそうだったから。それだけは分かった。
このまま心が負ければ――死ぬ。
それに対する精一杯の猛論。
――Booooooooooooooooooooooooo!
対抗するかのように猪も啼く。それは勝利を確信したかのような自信に満ちた声、だが、そこに油断は無い。渇望するかの様に獰猛に命を欲している。
大きく土を蹴り上げ、赤く染まった角を更に染めるべくこちらに走る。
その角がこちらに近付く度に、一際大きく鼓動が嘆く。
避けようと思ったが、思考が至ってしまった。
――後ろの岩に後輩が隠れている事に。
もし俺が突進を避けて、万が一後輩が見付かったら、戦況は一気に不利になる。
かと言って受け止める事は、正直なところ困難だ。どうすればいい。
猪が一歩進むたびに、選択肢がいくつも減っていく。
(くそったれッ!)
どれが正解かもわからぬままタイムリミットは目減りに減っていく。
『"水"ッ!』
やけくそ気味に声を荒げる。
今の状況で高圧縮レーザーなんて打てるはずも無い。
だから、出来る限り広範囲から一転集中で大量に水を放つ。狙いは足。
まるで、川の流れのように襲った大量の水は、猪の足を見事に掬った。
動いている以上、水の負荷は必ずかかる。激流とまではいかないが、流れている水の中を走るのは、想像以上につらい。
――Booooooooooooo!?
最高速で走っていた猪には、これは効いたようだ。先ほどとは違う気迫余る叫び声ではなかった。
持て余した速度を転がるように消費した猪は、慌てるように立ち上がるが、足のうち一本が見事に折れ曲がっていた。
どうやら、良い方向に事態は進んでくれたようだ。
猪はそれでも逃げずに、足を引きずるように迫ってくる。そこに逃げる選択肢など最初から無いと謂わんばかりの殺意が確かにあった。
出来ればこれで逃げて欲しかった。
恐る恐る自分が立っている場所を見ると、そこは赤い池のように土草を染めている。
これが自分の血だと流れ出る場所が伝えてくれる。医療には詳しくないが、それでもこの量はダメだとわかる。
時間を掛けれる場面ではない――。
【個体名:ルディアージより"空想郷"を経由、擬似スキル申請を確認、"理想郷"……申請を許可、"黄昏の月"……承認、擬似スキル"炎"を構築……構築完了、適応……適応完了します。擬似スキル"炎"を取得】
心の中で、天の声に賞賛を送りながら、覚えたてのスキルを唱える。
『"炎"ッ!!』
すると、目の前が真っ赤に染まった。
"水"と同じように出現場所をある程度決めれるようなのだが、意識が朦朧としていて、炎の出現場所が思ったより近かった。
少し驚いたが、そんなに時間が無い事を思い出し、炎を放射する。
――Booooooooooooooooooooooッ!
炎は勢いよく猪とぶつかり、その身を焦がす。
猪から悲痛な叫び声が響いた。体中が焼け爛れており、尚燃えている。
炎は消える事無く、猪を燃やし続ける。叫び声と共に独特の匂いが届く、あまり好きにはなれそうにない匂いだが、顔を顰める余裕もない。
それでも――――猪は向かってきた。
目には憎悪さえ滲ませて、明確な殺意を持って相対している。
これは死ぬまで止まらない。そう俺の中の本能が告げている。
もう殺す事に恐怖は無かった。それ以上に生きたいと願ったから、なら俺は確実にこいつを殺さなければならない。そうしないと、生き残れない。
俺はまだ生き残りたい。そう心が叫んでいる。
『ファイ――』
もう一度スキルを使おうとした時、俺の意識は――――ゆっくりと消えた。




