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ふたきつねは異世界で何を想ふ  作者: 茜村人
1章.謎の惑星
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6.逃げるのは悪い事ではありません。

区切りの都合上、少し短いです。

 耳を(つんざ)く咆哮が、森を揺らした。

 それが声だと一瞬分からなかった。何かの、例えば花火の爆発音のようなものが、断続的に続いているのかと思ったが違う。

 これは生き物の声だ。それが、無差別に、無慈悲に、そして、分け隔てなく森を侵している。

 木々が揺れ、地面が震える。

 これは例えではない。音だけで、実際に地面が揺れているのだ。


 あまりの音声に耳が悲鳴を上げ、スライムを食べていた口は、苦痛を耐えるようにがっちりと閉じている。

 もぞもぞと腹部に何かを感じると、隠れるように後輩が潜り込んでいた。


 一分ほど続いたそれは、十分に侵したと言わんばかりに、ゆっくりと止み、再び静寂が森を包み込んだ。

 余りに暴力的に侵されていた耳も少しずつだが、確実に元に戻って行く。

 そろそろ、起き上がって様子を見ようとした時――今度は一層激しい地響きが、爆音と共に俺達の五感を襲った。

 先ほどのとは、まるで違う。何かが地面に衝突した音。

 距離的にはまだ開いているだろうが、そんな事は気にもならないと言わんばかりの轟音が鳴り響く。


 慌てて木の中から"索敵(サーチ)"を使い周りを見渡す。目に入ってきたものは、一定の方角から逃げるように移動する生命体の群れであった。

 それは同じ輪郭はしていなく、様々な種類の生命体が一同に走っていた。

 あの、湖級のスライムでさえ逃げるように遠ざかっている。


 慌しい喧騒の最中、頭の中で逃げる算段をしながら、逃れようとしている方角を注視する。

 木越しなのではっきりとした姿は捉えられないが、輪郭だけでも捕捉した。注意深く見渡すと、遥かに遠くの上空にそれは居た。

 まだ距離があるにも関わらず、その輪郭ははっきりと分かる程の大きさをした生物。

 多分だが、あれが原因と見て間違いないだろう。

 その飛行生物は一箇所に留まらず、あちこちをずっと飛び回っている。


『あっちの方向から、得体の知れないものが飛んでる。多分だけどそれが揺れの原因だと思う。まだ距離があるうちに離れよう』


 後輩とアイコンタクトで意思の疎通を行う。こういう時、"念話(テレパシー)"は便利で、話す前に考えや感じたものが後輩に漏れているから行動の理解が早い。

 木から出ると、既に周囲に生物は逃げ去った後で、小動物一匹すら見れない。まだ距離にして数キロは離れている。この距離でも本能的に逃げる生き物とか想像すら付かない。

 実際に俺達の本能も逃げろと叫んでいるから、素直にそれに従う。


 もう一度、飛んでいる方向を見る。


(……さっきより、大きくなってないか?)


 先ほど見た輪郭よりも少しだけ大きく感じる。何か膨らむ生物なのだろうか。

 そんな事よりも、安全の確保が先決だ。この本能が大丈夫と言う距離までは離れよう。

 焦らないように後輩の様子を見ながら、確実に離れていく。

 周囲に生き物が居ない分、飛行生物だけを警戒して森を駆ける。

 どうやら、この体は前世の俺と違って結構体力があるようで、それなりの速度で走っているのに、軽い息切れ程度で走り続ける事が出来た――。


 ――走り続けること数十分が経過した。

 どれくらいの距離を走ったかは分からないが、それなりの距離は稼げた。流石に野生の体でもここまで走ると辛い。

 後ろから後輩の疲れたとの心の声も聞こえてくる。

 一息つこうと速度を緩め、後ろを振り向く。

 飛行生物は()()()()()なっていた。


 ――違う。


 こちらに近づいている。

 それが分かったとき、全身の毛が逆立った。

 それを見たのか、心の声が漏れたのか、後輩にも伝達したらしい。


 ふらふらと飛んでいた時とは違い、迷わずこちらに向かってきている。

 思い当たる部分がある事が、余計に(たち)が悪い。

 もし、これが俺達を追いかけているのならば、耳飾りが目的なのだろう。

 これを求めてなのかは定かでないとして、もし求めている場合は非常にまずい。

 耳飾りを失うと、天の声も聞こえなくなる可能性が高いからだ。そうすると、スキル関係に霧がかかる。それだけは絶対に避けなければいけない。


 疲れた体に鞭を打つように走る。それなのに、輪郭はどんどん大きくなっていく。

 焦る気持ちを抑えられず、ただ我武者羅に走る。後輩も何とか付いて来てはいるが、俺同様に気息奄々(きそくえんえん)の吐息をあげている。


 突如、後方から爆音と共に地面が揺れた。二度目の音と全く同じものだ。

 慌てて振り向くと、木々が吹き飛び砂煙が立ち昇っていくのが視界に飛び込んだ。

 恐ろしいのはその範囲だ。砂煙がまるで壁のように立ち上がっている。場所的にあの飛行生物が何かしたのだろう。


 このままでは、いずれ追い付かれるのは目に見えている。

 ならば――


『――見つけた! こっちだ!』


 視界に目的地を捉え、進路を左に切り替える。

 そこには、例の神代之老樹が(そび)え立っている。

 駆け込むと小さな窪みがあり、そこへ急いで入る。


『"空想郷(ディストピア)"!』


 後輩を放さないようにしながら、潜伏を発動する。

 もし、近くまで来た時に潜伏が解除されたら堪ったものじゃない。それにもしかしたら、潜伏状態が解除されていたかも知れない。

 これで、何事も無く通り過ぎて行ってくれれば御の字なのだが。

 やはりと言うか、無常にも、それは俺達の前の上空で急停止した。


 それは余りにも大きな――――龍であった。


 全身が黒く、金色の瞳は獰猛で、見つめられでもしたら、心臓が止まるのではないかと錯覚してしまうだろう。口から見える赤い牙もとても鋭く、その凶暴性を物語っているようだ。

 龍はゆっくりと辺りを見渡している。

 後輩が腹に潜ってくる事にも反応出来ずに、ただ龍の様子を伺った。


 不意に、龍の目がこちらを捕らえた。

 心臓が跳ね上がるのを感じながら、見えていない事をただ天に祈る。

 狼の時も危ないと思ったが、今回はその比ではない。

 生物としての次元そのものが隔絶している。そんな感覚にすら陥ってしまう。


 吐き気や寒気が体の奥から込み上げるが、動くことすら出来ない。出来たのは、ただ震える事だけで目を離す事すら叶わなかった。

 時間的にはほんの数秒だったのだろうが、永遠にも近い一瞬のうち、龍は視線を外した。

 そして、龍は何事も無かったように、来た方角へと帰っていった。


 輪郭が見えなくなるまで、龍を追いかけ続け、視界から完全に消えると同時に、俺は意識を手放した――。


 ☆  ☆  ☆


「はい、じゃあ次は―――先輩の番!」


 無邪気な笑顔が俺を捕らえる。その手にはトランプが見えないように背を向け、五枚のカードが並べられていた。


「もう、俺は後輩ですって何回言えば分かってくれるんですか!」

「そんな事よりカードを取った取った。ほぉら、こっちのカードがジョーカーですよ~」


 にょきにょきっと一枚のカードが、背伸びをするように押し上げられる。


「そんな見え透いた罠引っかかるはずが……と見せかけてこの罠は実は安全なパターン!」


 俺は勢い良く背伸びしていたカードを取り表を返す。

 中に描かれていたのは道化師。見事なジョーカーだった。


「Nooooooooooooo!!」

「ほんと、―――先輩ってババ抜き弱いよね」

「いやいや、――君、―――君はババ抜きに弱いのではない。トランプ全てに弱いのだよ」

「あ、所長も休憩ですか?」

「あぁ、丁度データのまとめも終わったので、珈琲でも飲もうと思ってね」

「お疲れ様です。所長も―――先輩で遊びますか?」

「俺を勝手におもちゃにしないでくれません? それと何度も言いますけど、俺は確実で確定的な後輩ですって何度言えばいいんですか。――みたいに2ヶ月遅れとかではなく――先輩は二年も先からここに居ますよね?」

「えー、だって―――先輩はお兄ちゃんと同い年だし、雰囲気も先輩っぽいじゃん?」

「そう言う割には口調とか一切後輩感だしてませんよ?」

「いやー、それはちょっと先輩としてだね」

「やっぱり先輩なんじゃないですか!」

「そんな事よりも、その微妙に後輩の――ちゃんが呼んでるよ?」

「微妙に後輩って、もう同期でいいのでは……」


 ここのスタッフは同期が存在しないようで、一日でも早く入社すれば先輩、後輩と別けられるので、内心は同期と思っていても、それを公然と言えない。実際、みんなそれで納得しているから文句も何もないのだが……。

 後ろを振り向くと、微妙後輩こと――が立っていた。


「先輩! 早く起きてください!」

「ど、どうした。そんな切羽詰まった顔をして」

「兎を一人にすると死んじゃうんですよ!」

「いやいや、兎はこの建物には居ないし、兎は寂しさでは死なないし、そもそも、――さんは兎って柄でもないし」

「早く起きてください。でないと私泣きますよ! 本当ですよ!」

「いやいやいや、まずは状況を説明してくれ、ほらここには―――先輩に所長も居るんだし……あれ?」


 所長らの方へ向くと、さっきまで居たはずの二人が見当たらなくなっている。それに風景も変わっている。

 先ほどまで研究所に居たはずなのに、今はどこかの森の中だ。


『先輩……起きてください……起きて……く゛た゛さ゛い゛』


 瞳を開けると、泣き崩れた狐が、俺を見下げていた。


『……夢か』

『先輩!』

『……すまん』


 噛み締めるように状況を読み込んでいく、謝罪を口にする。

 その言葉を聞いて、後輩が首元に顔を埋めて来た。


『良かった……よ゛か゛った゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛―――――』


 俺は妙に落ち着いた心で、泣き止むまで静かに待った。

後輩の深刻な藤○竜也化

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