2.現状把握
『……先輩どうですか? なんか顔がもの凄い度し難い顔で判別つかないんですけど』
『スライムに対する質問を二つ受け入れよう』
『えっと、先輩?』
『ただし、オープンクエスチョンじゃあ面白くない。クローズドクエスチョン、「はい」か「いいえ」でのみ答えられるものしか答えない。それで頑張って』
『先輩すごく良い顔してますね絶対、じゃあ、私でもソレは食べれそうですか?』
『はい』
『……あと一つ、どうしよう。無難においしいですか? とかで――』
『いいえ』
『あ、先輩タンマです! 今のは質問ではないです!』
『さぁ実食あれ!』
『うぅ……、絶対今のワザとやりました。先輩のバカ野郎です……』
毒見をお願いした時点で、俺が素直に答えるはずがない。
ちゃんとスライムを半分残してある。驚いた事に齧り付いても形状は崩れず保ったままであった。
真っ二つになっている赤い石は、食べれるか分からないからそのまま放置だ。
遅延性の毒があるかは分からないが、即効性の毒は無いと思われる。これで遅延性の毒だった場合は、さっきの光を試みる。駄目だったら駄目だったでその時考えよう。
何かを訴えるような目を涼しげに返し、スライムをぐいっと後輩の前に差し出す。
ちょっと目に涙が浮かんでいるが、知った事ではない。早く食べないとまた乱入者が出てくる可能性だってある。ほれ、さぁ、はよ。
『そんな急かさないでくださいよぅ。分かりましたよ食べますよ! い、いただきます』
ごくりと喉を鳴らしながら戦々恐々とスライムを齧る。
そのまま、吟味するように口を動かしゴクンと飲み込んだ。
『……これなんの味でしょうか? すっぱいけどなんか知ってるような知らないような?』
『俺が思ったのは、すっぱいマンゴーかな。しかも生暖かいからゼリーとしてコレジャナイ感があるんだよな』
すっぱいのが好きで、さらにマンゴーが好きな人にはコレはオススメ出来るだろうが、俺や後輩の食指には触れなかった。食べれるから食べる、その程度だ。幸い薄いとかは無く、味があるから栄養価も期待出来そうで安心している。
『あー言われてみれば、確かに食べれない事は無いですね。全部食べますね』
スライムの大きさはサッカーボールほどで、その殆どがゼリーなため、半分ほどでも比較的満腹にはなった。
神妙な顔をして食べる後輩を見つめながら今後のことを考える。
まず一番最初に決めないといけないのは、移動するかどうかだ。地図はもちろんの事、現在地を把握する術が存在しない。それに、敵対生物がスライムだけとは考えにくい。動いて余計に事態を悪化させる可能性は極めて高い。
かと言って、動かないと何も進まないのも事実。
いや、一個ずつ解決するのが今はセオリーか……
『先輩色々考えてるところあれなんですけど、少し気になった事言ってもいいですか?』
『ん?』
『なんか、空、割れてません?』
後輩の視線を追うように、空を見上げる。
木々の隙間から覗かせる大空は雲ひとつなく、照らし出す太陽――太陽なのかは別問題として――が煌々と輝いている。
そのはずなのに、青空に幾重にも罅が入っていた。先入観か、それを見ていると不安が襲ってくる。あり得ない。空が割れるなどどう考えても科学的ではない。サイエンスの範疇に収まらない。オカルトの分野、もはやホラーの一種だ。
『……後輩はどう思う?』
『そうですね。あり得ないの一言かと』
『だよなぁ……』
『先輩は?』
『後輩に同調』
『ですよねぇ……』
あまり見つめ続けると悪寒が酷くなってきそうで、視線を下げた。どうやら後輩も同じようで、ばっちりと目が合い乾いた笑いをこぼした。
『よし、空は忘れよう。それよりまず現状把握だ』
『って言っても狐になったくらいしか分かりませんよ?』
『さっきまではそうだったが、今は違うだろう?』
『……あっ! 鑑定!』
『よし、お互いがお互いを見よう。自分は見れない可能性がある』
『先輩!』
『どうした?』
『私女性なんですけど!』
『知ってるが?』
『女性の内情を見るのはどうかと思います! 私は二人で先輩を見るに1票入れたいと思います!』
『却下で』
『えー、先輩に見られるの恥ずかしいです!』
『じゃあ、まずお互いが自分を鑑定にするか』
『私は先輩のが見たいです!』
なんだろう。後輩から邪な思考がびんびん届いてくるんだが。
『変なことは考えてません! ただちょっと先輩の弱みとか握りたいだけです!』
『よし、置いて――』
『すみませんでしたぁ!』
『はい、自分のを見るでいいな?』
『……はい』
とりあえず、自分の体を見ながら鑑定と唱える。
ステータス
名称:ルディアージ・ノア
状態:正常+α
種族:妖狐
能力:概念スキル"空想郷"
擬似スキル"念話"
限定的擬似"鑑定"
補足:妖狐の幼生体、食べられる。双子。
これはどう処理すればいいんだ……。
一個ずつ潰していこう。名称はどうやらルディアージで合っていたようだ。次に状態だが、正常+αってどういう状態だよ。このαを見たいと念じても何にも起きないあたり怖い。次に種族は狐ではなく妖狐だそうだ。名称の次に納得出来る。そして、能力、"空想郷"とかなんだ。名前からして分からん。件の申請の時に出てきていたのは分かるが、それ以外はさっぱりだ。補足はまぁいいや。多分双子は後輩とだろう。
『どうだった……?』
『なんか私の名前はリル・ノアって言うみたいです』
『俺もルディアージ・ノアって名前らしい。それに種族も妖狐だった。あと能力が"空想郷"ってやつらしい』
『"空想郷"? 私のは"理想郷"って出ました。同じく妖狐でした』
多分俺とそこまで違いはないのだろう。
『はい先輩!』
勢い良く右手が上がる。
『どうした?』
『るでぃあーじって言いにくいんで先輩のままでいいですか!』
『……今それよりも考える事あるくないか?』
『だって先輩が考えてくれてるんですもん。私は細かなところを決めようかなって』
こいつ完全に丸投げしてやがる。ここまで素直だと逆に清々しいとすら思えてくる。
『そ、そうか、まぁ今まで通り先輩後輩でいいんじゃないか? もし、他人と話せる機会があれば名前を使う程度か』
『そうですね! まず先に話せる種族が居るかどうかですが!』
『それは完全に今必要ない話だな。まずは、状態が正常な事からこのスライムには毒性が無いと過程するが、+αが気になる。お前はどう思う?』
『+α? なんですかそれ?』
『状態が正常+αじゃ無かったのか?』
『私のところは正常だけですよ?』
スライムは無関係と言うことだろうか? だとすると思い当たる部分が無い。俺の元々の体質と考えるのが妥当だろうか。
『ならスライムには毒性は無い線が濃厚とプラスに考えよう。次に名前だな、名前からして俺たちが他人って事はないだろう』
『ですね。双子って出てましたし、兄妹ってやつですか?』
『なんでそこで俺が兄になるんだ、弟の可能性だってあるだろう』
『え、先輩みたいな弟はちょっと……』
地味にショックだからやめろ!
『まぁ冗談なんですけど、先輩だからお兄ちゃんでいいかなと、実際年齢も先輩の方が上でしたし』
『まぁいいか、次に、ここで選択肢が二つある。一つは二人で行動する。もう一つは別々に行動する。さぁ――』
『二人で行動ですね。それしかないです。それ以外無理です私は兎です寂しさで死んでしまいます』
いや、どう考えても兎ではなく狐だが。
『まぁ、こっち以外あり得ないよな。さて、これからどうするかを決めよう――――』
それから俺達は手当たり次第"鑑定"を行い情報を手に入れようとしたが……
ステータス
種類:石
補足:食べられない。
ステータス
名称:オオクモ草
種類:植物
補足:毒性が強くどう処理しても食べられない。
ステータス
名称:イシテン草
種類:植物
補足:花の部分が食べられる。
ステータス
名称:神代之老樹
種類:不明
補足:食べるな。
ステータス
名称:鳥居
種類:不明
補足:食べられない。
ステータス
名称:アオガク苔
種類:苔
補足:毒性は無いが食べられない。
ステータス
名称:リル・ノア
状態:正常
種族:妖狐
能力:概念スキル"理想郷"
擬似スキル"念話"
限定的擬似"鑑定"
補足:妖狐の幼生体、食べられる。双子。
ステータス
名称:イラチグの実
種類:実
補足:食べられる。
ステータス
名称:ムキノコ
種類:菌類
補足:種族によっては摂取可能、即効性の毒を多く含み大体の種族は食べられない。
と、あまり成果は得られなかった。
後ろに生えてるでっかい大樹は"神代之老樹"と言うらしく、補足で食べるなと、食べてもいないのに怒られた。もう少し補足が詳しかったら良かったのだが、今のところ本当に簡単な説明と食べられるかの判断しか説明されない。
ついでに後輩も"鑑定"しました。多分気付かれてないはず。
こうなると次の目的が分からなくなるな。
『先輩、これからどうしますか?』
『正直なんにも思い浮かばない』
日の傾き具合から見て16時前後だろう。既に起きてから6時間以上が経過している。ずっと気を張っていた分精神的疲労が結構溜まっていた。
『ですよね、私も疲れてきました』
『なんかこう敵対生物を寄せ付けないように出来れば――』
【個体名:ルディアージより"空想郷"を経由、擬似スキル申請を確認、潜伏スキルは概念スキル"空想郷"に統合されている為、取得することが出来ません。擬似スキル"迷彩"の取得を断念致しました】
あれ? 今までと違うパターンだ。
どうやら何でも取得出来る訳ではないよう……ん? 統合?
つまりどう言う事だってばよ。
『……先輩どうしたんですか、そんな顔して』
『後輩って狐の表情分かるの?』
『なんとなくですが、今先輩が微妙に悩んでる顔してました』
すげぇな、俺は後輩がどんな顔しても全然わかんねぇぞ。そりゃあ笑ったりしたら分かるけど、微妙な変化とか一切わからん。
『なんかまたスキル申請あったんだけど"空想郷"が統合してるとかなったんだよな』
『あ、それ分かります。私再生スキルの申請で"理想郷"と統合してますってなりましたよ!』
『んー? つまり"空想郷"の中に既にスキルが存在するって事か?』
『多分そうじゃないですか? 私のスキルも使えてますし』
『物は試しだな、"空想郷"!』
潜伏スキルとあったから、出来る限り透明になるようイメージをする。出来なかったら出来なかったで次を考えるさ。
すると、今まで目が合っていたはずの後輩が視線を外した。いや、まるで俺の後ろを見ているような焦点になっている。
『……あれ? 私今まで誰かと話していたような……、そんなわけないよね……一人でこの場所に居たんだから……、でもどうして私一人だけでこんなところに来ちゃったんだろう』
後輩は先ほどと打って変わり小さく蹲り、声に涙を乗せ始めた。
『うぅ、誰かに会いたいよ、お母さん、所長……先輩……誰でもいいから、怖いのやだよ……』
遂には大粒の涙をぼろぼろとこぼし始めた。最初は演技かと思っていたが、どう見ても演技には見えなかった。その涙にはそれだけ真が溢れていた。
『ちょっと待て、おい! 俺が居るだろ!』
慌てて後輩に触れる。すると、大粒の涙を零していた瞳が俺を捉えた。
『……あれ、私なんで先輩を忘れてたんだろう。なんで、どうして』
『すまなかった。潜伏スキルってのを使ってみたんだが――』
『――怖かった』
それは決して言葉ではなかった。溢れ出た心の声だった。少しは落ち着いたはずの後輩の瞳から、再度涙が零れる。
『怖かった。こんなところで一人で凄く、凄く、怖かったです』
『す、すまんかった。容易に使って悪かった』
『許しません。罰として先輩のお腹に顔突っ込みます』
『突っ込んでから言うな――』
後輩は小さく震えていた。
どうやら、この潜伏スキルは存在そのものどころか、俺の証明すら消せるようだ。効果が高すぎて笑えない。
とりあえず、後輩の背中を撫でる。と言っても手では撫でれないので顔で擦る。
どうしようか、潜伏スキルが凄すぎて死にスキルになるのは現状大打撃だ。流石に使うたびに後輩のあんな顔を見るのは俺の精神にも悪い。かと言って、潜伏スキルがあると分かった以上無防備なのはあり得ない。どうにかして威力を弱めるかしないとまずい。
もしくは後輩に覚えてもらうのも手だが……、今は言えないよなぁ……。
リルはお腹の下でピクリとも動かない。じわじわと腹が濡れているのが分かる。
落ち着いたら詳しい話とさっきのスキル申請をお願いするとして、今は何も来ないように神に祈るしかない。
と、バキッと何かが折れる音が森から木霊した。




