1.ゼリーと食事
半透明のゼリーはプルプルと振るえながら、ゆっくりとこちらに近づいて来ている。その動きは明らかに意志を持っている。
ゼリー体の中には、赤い石を中心に色んなものが浮いている。
雑草や木の枝、そして、何らかの生き物。
良く見るとそれに肌と思われる部分は無く、赤い肉が向き出ている。おそらく消化しているのであろう。
それだけでも情報はあった。
肉も食べる。この一つだけで十分に脅威と言える。
『取り付かれないように、あれは雑食だ。肉もいける口だ』
『はい』
ごくり、と生唾を飲む音が後ろから聞こえる。ちゃっかりと俺を盾にしてる。
少しずつ動いていたゼリーが動くのやめ、突如大きく震えだした。
今の所、ロクな対処方法が思いつかず、警戒だけで様子を伺う。
逃げた先に何があるか分からない以上、逃げると言う選択肢は無い。
すると、ゼリーの中の赤い石が薄く光り、他の浮遊していたものが全て蒸発した。
ゼリーの中身は赤い石だけになり、この現象を見なければ青く綺麗で可愛いとすら思えただろう。
多分だが、消化したのだ。そして、ゼリーはまた動き出した。今度は先ほどよりも幾分か早い。
確実にこちらを目標に動いている。
友好的ではないと仮定して動いた方がいいだろう。
どうしようか悩んでいる暇はないようだ。
『後輩は襲ってきたら逃げる! 以上!』
『はい!』
ただでさえ、先ほどグロテスクなものを見たんだ。これ以上女の子に負荷は掛けれない。
ここは俺がなんとかしないといけない。先ほどのを見るに赤い石はゼリーの体の一部と思われる。外皮を攻撃して意味が無いようなら、あれを攻撃するでいいだろう。爪で裂くか……?
さっきの肉で結構メンタルがやられたけど、背に腹は代えられない。飛び掛り爪でゼリーを切る。
ゼリーは何をするでもなく呆気なく切り裂かれ、余波で後方に吹き飛んだ。
『やりましたか!?』
『やめろ! それはフラグだ!』
後輩の呪詛の効果なのか、ゼリーは何事も無かったかのように茂みから飛んできた。
『うおっ!?』
後ろに飛ぼうとしたが、強襲に対応出来ずゼリーが右足に纏わり付く。
『――ガァッ!?』
ジュッと音が鳴る。それと同時に焼かれるような痛みが身を焦がした。
慌てて振り払い後方に飛ぶ。痛みで顔が歪むが、そんな事を気にしてる余裕なんて無い。
視界の端に映った右足は、毛が無く皮膚が焼け爛れていた。
ゼリーは着地すると、もう一度飛び込んできた。さっきの痛みが脳裏を過り、その場から大きくジャンプする。
幸か不幸か後輩は上手いこと鳥居の後ろに隠れたようで、ターゲットは俺に集中している。あまり時間を掛けて後輩を標的にされたら堪ったものじゃない。これ以上痛みはごめん蒙りたいが、そんな我が儘通用しそうにもない。
痛む足に鞭を打ちゼリーに向かって駆け出す。
狙うは真ん中の赤い石。これで駄目なら打つ手なしで逃げる。
ゼリーもこちらに向かって飛び出してきた。
タイミングを見計らって爪を振り下ろす。
"キィィン"と何かが砕ける音が森に響いた。見ると自分の爪がぽっきりと折れていた――――赤い石を道連れにして。
少し距離を置き、ゼリーの出方を伺う。特に動くや崩れるでもなく、その場で静止している。
『……やりましたか?』
鳥居の後ろから思考が飛んでくる。さきほどよりは幾分か遠くなっているのに鮮明に聞こえる。どれくらい遠くまで届くのだろうか、いや、今はそれどころではない。
『正直やったと思いたいけど、誰かが今フラグを立てたからまだ安心できない』
『……』
少しは気を紛らわせたつもりなんだが、その沈黙は理解しているのかしていないのはどっちなのだろうか。
油断はせずゆっくりとゼリーに近づく。それでも一向に動こうとはせず、震えてすらしていない。
遂にはゼリーの前まで来てしまった。恐る恐るゼリーを突くが反応は無い。
これ死んでるのか分かる機能とか――
【個体名:ルディアージより"空想郷"を経由、擬似スキル申請を確認、"理想郷"……申請を許可、"黄昏の月"……一部承認、全承認が得られないため制限を施行、限定的擬似スキル"鑑定"を構築……構築完了、適応……適応完了します。限定的擬似スキル"鑑定"を取得】
……"鑑定"
ステータス
種族:スライム
能力:"酸化"
補足:酸性の液体を纏った魔物、死ぬと酸性が抜け食べられる。
薄々はそうだと思っていたが、どうやらこれはスライムらしい。
嬉しい。こうやって情報が手に入るのは嬉しい。うん。ただ、そうではなくて、生きてるか死んでるかを知りたかった。
【個体名:ルディアージより"空想郷"を経由、概念修正の申請を確認、"黄昏の月"……承認】
ステータス
状態:死亡
種族:スライム
能力:スキル"酸化"
補足:酸性の液体を纏った魔物、死ぬと酸性が抜け食べられる。
――ん? んん?? んんんん????
ステータスに状態が追加されている。これってさっきの概念修正とかが通ったおかげなのだろうか。
と言うか、すんなり受け入れているけど、"鑑定"ってなんだよ。とっても便利だよありがとうございます。これって願えばなんでも実現出来るんじゃないだろうか……。
『もう大丈夫みたいだ』
『良かったです。……って先輩腕っ!?』
『あっ……』
人は興奮していると痛みを忘れるが、実際に痛みが無くなった訳ではなく、こうして冷静になると痛みもまた――
『――痛ってぇぇぇぇええっ!』
『ああ! 先輩雑菌沸きます消毒しないと! あと絆創膏!』
『そんなものな痛ってぇぇぇええ』
元々怪我の耐性がある訳でもなく、焼けた部分がズキズキと心と体を蝕む。
『あわわわわ、とりあえず治療しないと! ええと、ええ……と……』
ふと、後輩の声がフェードアウトした。
痛いと叫ぶ右足を我慢して様子を見ると、どこか朧気にこちらを見ていた。
『"理想郷"?』
後輩がそう呟くと、突如、体が輝きだした。
後輩がではなく、俺が。
『うおっ!? なんだこれ!? 後輩なにやってるの!?』
『わ、わかりません! なんだか再生スキルがどうとかって響いてきて、気づいたら今です! 先輩眩しいです!』
つまりは後輩がなにやらまた擬似スキルを得たようで、それを使った。と言う事だろうか。にしても尋常じゃないくらい俺の全身が光っている。ある種の爆発にしか思えない。って爆発しそうで気が気でない。
『これ大丈夫なのか!? 爆発とかしないのか!?』
『分かりません! でも分かる事が一つあります!』
『なんだっ!?』
『先輩まだふさふさなのに眩しいです!』
『お前結構余裕あるなっ!? 自分の身だから俺全然余裕ないんだけどっ!?』
『正直すごく面白いです! 先輩バカみたいに光ってるんですもん! バカみたいに!』
『お前の中でバカは光ってるのはわかったから、本当にこれどうなんのっ!?』
『なるように!』
『なります! じゃねぇよ! 何言わせてんだよ!』
『ノリつっこみしてくれる先輩流石です! 生きて帰ってきてください!』
自分でも直視できない程の光が当り一面を包み込み、そして、ゆっくりとその輝きを失っていく。
俺と後輩は瞼越しに光が消えたのを感じ取り、目を開けた。
『……おかえりなさい。無事に生きて帰れましたね!』
『……』
『あのぅ、先輩もしかして……』
『何か弁明はありますか?』
『あ、これ本当に怒ってるやつだ……』
あれで怒らない人間などいません。今は狐だけど。
『分かってるなら言わなくて結構です』
『あ、今の心の声です……』
『して、弁明は?』
『すみませんでしたぁ! て言うか私悪くないですぅ!』
『うん、そうだな』
『じゃあなんで私謝ったんですかっ!?』
『俺が心底苦労してる中、笑ってるからだろ。さっきの光は一体なんだったんだ』
『うぅ……横暴だ……、あれ、先輩怪我治ってませんか?』
そう言われ、右足を見ると焼け爛れたはずの部分が綺麗に治っている。毛も生えていて、とても怪我していたとは思えない。
軽く動かしてみるが痛みも特にない。
『痛みも引いている。さっきの光のおかげか?』
確証が取れない以上、光が原因とは限らない。これは出来る限り最優先で知っておかないといけない。敵対する生物が存在する星で治療の術があるのと無いのとでは、生存確率に大きな差がでてしまう。出来ればもう一度使って欲しいが――――俺の爪まで綺麗に治っている。後輩も怪我と言う怪我はないし、わざと怪我でも負うか?
『もう一度怪我をしてみてはどうでしょう?』
『やっぱお前もそうなるよなぁ、てか俺が怪我する前提かよ』
『だってもし私が怪我をして、他者限定とかで私だけ治らなかったらいやですし……』
俺もいやなんですけど?
『え、先輩ってドエ』
『それ以上適当なことを言ったら、ここに置いてい――』
『すみませんでしたぁ!』
とても綺麗な土下座を見た。遠くない内に擦り傷でも作って実験しよう。それより、流石に俺も腹が減ってきた。
『あのスライムってどんな味すると思う?』
『やっぱりあれってスライムなんですか? え? 味? どうしてですか?』
『俺も腹が減ったから食べようかと』
幸い、物音はなく食事出来るチャンスだろう。
後輩がドン引きしてる目を向ける。いや、俺もドン引きしたいけど、鑑定を信じるなら食べられると書いてあるし、人間に戻れる方法が見つからない以上、どうせいつかは生肉とかも食べないといけないんだ。それならまだ見た目がグロくないスライムの方が何倍も食べやすいに決まっている。
『……はぁ』
『その溜め息には断固異議申し立てをしたい』
『……あれって食べれるんですかね?』
ばっちりスルーされた。
『鑑定には食べられるって書いてるぞ?』
『鑑定? 何ですかそれ?』
『あー、鑑定が欲しいって願ったら貰えるんじゃないか?』
『あ、なるほど』
それから小さくぼそぼそと『先輩だけずるいです神様、私にも鑑定する力をください』と唱えている。
本当に心の声が聞こえるな。しかも音量まで存在してリアリティが出ている。
『……鑑定、あ、出ました!』
『ほんと謎だよな』
今のところ後輩の存在以外すべてが謎に包まれているから、むしろ比率的に言えば謎が溢れてる今、この謎が正常で正常の方が謎なのかも知れない。哲学的な話はやめよう。
『今回限定的とか言ってませんでした?』
『後輩もそうなったか、俺も限定的ってなった』
『なんでしょうね、それと、食べられるんですね……』
スライムを凝視しながら後輩がぼやく。
『よし、二人で食べるか』
『先輩! 毒見役は任せましたァ!』
おい。
『先輩の表情を見て決めます! さぁ先輩! 一思いにずずっと!』
改めてスライムを見る。死んでいるのに形を崩さず綺麗な球体を描いている青い半透明な物体。
さっきの爪の感覚から水よりもゼリーの感触に近い。
『……はぁ』
後ろでは何やら称しがたい目で熱いエールを送っている。たぶん期待半分不安半分と言ったところか、出来れば毒性が無く面白い展開を期待しているのだろう。目が物語っている。
鑑定を信じるとしようか、と言うか、あまり疑っていない。何故だか自分でも分からないが感覚的にこれは正しいと思い込んでしまっている。
あまり、長引かせて何かが来ても困る。覚悟を決めよう。
『……いただきます』
俺はゆっくりとスライムを口に入れた。




