15.概念スキルの片鱗
今回は少しグロテスクな描写があります。
出来る限りあっさり書いたので大丈夫だと思いますが、無理な方は前半を飛ばすか3秒くらいで読むといいと思います。
BUOOOOOOOOOOOOOOOOO!!
まるで伝染病が発症したかのような、筆にたっぷりと絵の具をつけてキャンバスに振り付けたような、薄気味の悪い白の斑点を、眼球にまで宿した怪物が俺の体を無骨――無遠慮に掴み上げる。
眼球に黒目は存在していないはずなのに、その目は俺を捉えていると、はっきり知覚できる。その瞳に宿るのは炎よりもおどろおどろしい憎悪ただ一つ。
荒々しい息遣いが俺の毛並みを侵す。異様な程の悪臭に思わず目を塞ぎたくなるが、亜種の口から溢れ出る涎と、三日月のような醜悪な笑みの前では、ひと時でも目を離す事など叶わなかった。一度目を離そうものならその間に食われる。そう確信出来るものが、そこにはあった。
亜種は両手で大事そうに―――だが決して大事にはせず、加減無く俺を握り締める。否、握り潰す。
その力は強く、まだ妖狐として幼い体には耐える間もなく。
――――ボキッ
余りにも簡単に、それこそ枯れて水分の飛んだカラッカラの木の枝を折るかのように
『あっがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ―――』
俺の脚は折れた。
音だけ聞けば小気味良く、テンポ良く鳴り響くそれは、間違いなく俺のどこかが折れ、潰れ、破裂する音だ。
亜種が力を加える度にどこかが折れる。
あまりの痛みに耐える事など到底出来ずに、悲鳴だけが口から脳から漏れる。
その声を聞いて亜種は獰猛な笑みを深め、更に力を入れる。
乱雑に摩耗される俺自身を止めようと、スキルを使おうとするが、どこかが壊れる度にスキルは呆気なく霧散する。
頭の隅で後輩の声がするが、体が曲がる痛みで何を言っているのか分からない。
いくつ折れたのか、そんな事も分からない。
ただ無造作に俺の命を毟るそいつは、間違いなく俺を殺すまで止まらない。
前回よりも更にリアルな死が、刻一刻と訪れている事を脳が理解していく。
『―――!』
その時、後輩が一際大きく何かを叫んだ。
そして、亜種が――――――弾けた。
あれだけ掴んでいた手は呆気なく放され、そのまま俺は受身を取れる手足なんて残っているはずも無く、胴から地面に落ちる。助かったと思ったのもつかの間、その衝撃で肺が潰れたようだ。辛うじて出来ていた呼吸も、逆流するように口に血を流すだけとなり、意識が徐々に消える。これが消えれば間違いなく俺は死ぬ、そう分かっていても消えゆく生命を止めれそうにもない。既に視力も消えている。
『"―想―"!』
自分に何が起きたのか分からなかった。
それはとても暖かい力の本流。消えていく命が息を吹き返すように戻ってくるのが鮮明にわかる。
折れた骨が肉が器官が、優しく包まれるかのように元に戻っていく。
暗闇しか写さなかった瞳にも視力が戻る。真っ先に目に入ったのは、溢れんばかりの眩しい光。
そういや後輩が"理想郷"を使ったとき凄い光ってたっけ。
って事はなんとか生き残れたのか。
そんな事を思っていると光も次第に弱くなり、草原の草が間近に見える。
『先輩! 生きてますか先輩!』
『間一髪ってところか』
『先輩ッ!!』
先ほどからずっと呼んでいたのは聞こえていたが、ようやく返事が出来た。それを聞いて後輩が飛び込んできた。
既に目には涙が溢れている。
『お前は怪我ないか』
『何言ってるんですか! 怪我してたのは先輩の方ですよ! 馬鹿なんですか!』
『いや、お前確か潜伏、っとそうだ。"空想郷"』
後輩は既に潜伏を解いているから掛け直す必要があった。
『まぁ無事ならよかった』
『こっちのセリフです。油断大敵です』
『それよりも……』
おかしい、先ほどまで俺を捕まえて殺そうとしたトロールが見当たらない。
『さっきのトロールはどこにいった』
『あれなら死にました。あそこのあれです』
後輩が鼻で示す方を見ると地面に白い灰が軽く積もっているのが分かる。
『多分わたしのスキルです。"理想郷"の火の部分を使ったんだと思います。燃やすイメージだったので』
改めてそれを見る。
原型どころか骨すら存在しない完全な灰、この短期間でそれを可能にする火だと言うなら一体どれだけの火力なのだろうか。
『……やっぱり、概念スキルってのは化け物だな。俺の体も傷一つない』
『ですね。すぐに"理想郷"を使って光りだしたので一瞬しか見えなかったですが、とてもじゃないですけど見るに耐えなかったです』
『とりあえず俺たちが見える二体は倒したけど、他は……まだのようだな』
橋の方を見ると四人が三体のトロールと戦闘を行っている。どうやら橋を突破されて三方から襲われているようだ。
『助けるか』
『少し待ってください。助けるって先輩がですか?』
『おう、他に誰がいるんだよ』
『えっと、その』
『なんだ、らしくない』
『怖くはないんですか? さっきあんな痛い思いをしたのに』
そう言えばそうだ。
あれだけの事があったばかりなのに、何故かそんなに恐怖心を感じていない。
『そうだったな、何故だか全く恐怖心がない。もしかしたら、後輩の回復スキルには精神的な作用も含まれるのかもしれない』
『無理してないならいいんですが、無理してたら言ってください。今すぐ引き返します』
とてもまっすぐに言ってくれる。
『ありがとうな。大丈夫だ、それにそろそろ助けてやらないと、助けれるものも助けれなくなる。俺も今お前に助けられたし、次は俺が助けてくるか』
『またピンチになったら助けますから、遠慮なく火の海にしますから』
『それはやめろ』
軽く冗談を飛ばしながら二人で駆け寄る。
周囲に亜種はもう居ないし、後輩から絶対着いてくると言う強い意思を感じる。
☆ ☆ ☆
「くそっ! 何がどうなってやがる!」
慌しい喧騒が空間を支配する。
司令塔と思われるおぞましい体をしたトロールが橋を突破し、俺たちは窮地に陥ったはずなのに、急に踵を返して戻っていきやがった。
いや、原因は分かっている。多分だが、後ろでも何者かがトロール達に襲撃したのだ。
上がる絶叫と火煙がそこら中で聞こえる。司令塔は俺たちよりそっちを脅威に捉えたのだろう。
俺たちを助けたのかは分からないが、確実に分かるのは、これが街からの応援では無いと言う事だ。
街からこの崖の向こう側に行くにはここを渡るしかない。
他の場所もあるにはあるが、とてもじゃないが近いとは言えない距離だ。現にここから見渡しても他の橋は見えない。
それにここより先に村なんて無い。更に言えば、先ほどウルフのような遠吠えが聞こえた。トロールを捕食する魔物だとしたら今のうちに逃げるのが正解なのだろうが――
「もう逃げて! 私はもういいから!」
「うるせぇ、ごたごた言ってる暇があんなら矢を打て! それが全員生き残る道だ!」
「そうよ、絶対誰も欠けさせないから、だからアニも諦めないで」
仲間の一人が吹き飛ばされた際に足をやられた。
幸いまだ弓は引けるが、逃亡はこれで当分は不可能になった。
アニを見捨てれば三人は生き残れる。
アニをおぶって行った所でトロールに捕まるのが関の山だ。
なら――
「マイア! あとどれくらいだ!」
「あと少し! もう少しで魔法が使えるわ!」
「よし、テットもアニもひと踏ん張りだ! 気ぃ引き締めろ!」
「言われなくても!」
「……馬鹿野郎だよ」
確かに馬鹿野郎だ。
今こうしてトロールを三体相手取っているが、それが出来ているのはこの固体たちが比較的小さいと言うのと無手だからだろう。
棍棒の一つでも持っていればそれだけで均衡は一気に崩れている。
と、まるで互角のように言っているが、本当は違う。
徐々にだが押されている。既に均衡は崩れているのだ。
「馬鹿野郎で結構だ。なぁテット」
「あぁ、お前は泣き虫で寂しがりだからな、死ぬときは俺らが一緒だし、生きるときも俺らが一緒だ」
「ええ、そうね。そう言う約束でしょ」
「……なにそれ、ほんと馬鹿で…………みんな大好き!」
矢が飛ぶ。
足の痛みを必死に殺し、弓を引く少女が居るんだ。
左腕が動かないくらいなんだ。
多少の痛みで引くわけにはいかないな!
既に気力のみで動いている。
頭から血が流れ右の視界が赤く染まる。
一体はテットが請け負い、残り二体は俺が請け負う。
マイアは何度も魔力の枯渇を味わった事で既に限界が近い。これ以上は寿命を削りかねない。いや、もしかしたら既に削っているのかもしれない。
テットは剣が折れ、予備の短剣で戦っている。
「BUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおッ!!」
トロールの咆哮に負けないように雄叫びを上げる。
もう勝つ事が目的ではない。
マイアの魔力が回復すれば、いの一でアニの足を治療する。
それが出来次第全員で戦線離脱を計る。
既に橋から距離があるのに、他のトロールは来ないところを見ると、余程向こう側が不利な状況なのか、それとも既に全滅したのか。
そんな事いまは考える必要はないな。
まずは時間稼ぎだ!!
襲ってくるトロールを迎え撃つように走る。
そこに恐怖は一欠けらもなく、邪念すら存在しない。
――――――クォォォォォォォォォォォォォォォン
その遠吠えは、丁度橋の真ん中で聞こえた。
思わず視界をずらして見えたのは、真っ白い狼の子供が二匹。
こんな場所に似つかわしくないほど綺麗なそれは、まっすぐにこちらを見ていた。




