14.トロール
戦闘シーンってどうしてこんなに執筆に時間が掛かるのでしょう。
不思議です。
距離にして300Mほど。
出来るだけ高速をイメージして打ち出した炎は、ものの数秒でトロールたちに辿り着いた。
燃え上がる火柱が、まるで嵐のようにうねりを上げる。
いくつかのトロールが身を焦がし苦しむが、肝心の亜種は、ギリギリの所で接近に気付き、身を翻す事で被害を背中だけに留めたようだ。
俺もあまりちんたらと向かえない。
岩に近ければ近いほど後輩に危険が及ぶ。もし見つかりでもしてターゲットを変えられたら二人無事で居られる保障がない。
脚に力を入れ更に駆ける。
『"火"!』
もう一度火の玉を作る。
スキルに対しての潜伏の効果範囲だが、スキルが俺の手元から離れると可視化可能になる。
今はまだ火の玉は手元を離れていない。つまりはまだ見えない筈なのだ。
なのに、トロール亜種は正確にこちらを睨んでいる。
他のトロールは突如放たれた火に翻弄されていて、こちらの事など気付いた素振りすら見せない。
間違いなく亜種は俺が見えている。
もう一度火の玉放つ。
避けられる事を考え、出来るだけ大きくする。
火が接近するのを感知したのか、亜種はすぐに横に走る。
トロール達も火に気付き、蜘蛛の子を散らすように走るが、既にだいぶ肉薄した所だ、もう遅い。
いくつもの豚のような悲鳴が上がる。
亜種はすぐ近くにあった木で盾にすることで身を守る、そして、鎮火すると同時にこちらに向かってくる。
その顔は先程よりも、鬼のような形相とでも例えようか、酷く醜い。
と、そこで亜種が近くの石を拾い上げ、こちらに投げてきた。
足が遅いと言ってもやはりトロール、腕力はかなりあるようで、結構なスピードで飛んでる。
だが、見えない範囲ではないし、ましてや避けれない速度でもない。
そのまま横にスライドするように移動しようと――――ッ!
『"水"!』
慌てて亜種との間に、投石の速度を殺せるように分厚く水壁を打ち上げる。
石はそのまま水壁に衝突し上へと軌道を変える。
距離を詰める事に視点が行き過ぎて、後ろに後輩がいる事を忘れていた。
このまま石を投げられたら、流れ弾が後輩に当たる可能性がある。
急いで弧を描くように進路を変える。
その間も亜種は投石を止めない。
水壁には驚いたようだが、それはほんの一瞬だった。
直線状に後輩が居ないなら、石を避けるのは容易だ。猪の突進の方が数倍圧があった。ただの石にそれはない。怖くないと言えば嘘だが、妄執にも似た殺意に比べると動けないほどじゃない。
残り100Mほどだろうか、速度を殺して距離を保つ。あまり近すぎると今度はこちらが不利になる。
猪には無かったがトロールには手がある。捕まれたらそれだけで状況は一気に悪化する。
「――BUOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
橋から咆哮が上がる。
目で確認しなくても分かる。その声は間違いなくこちらに向けてのものだ。つまりはもう一匹の亜種もこちらに気付いたのだ。
ここからは時間との勝負にもなる。せっかく一対一に持ち込めるまで待ったのだ、このチャンスを逃がしはしない。
「デカブツが逃げるぞ! アニ逃がすな!」
「分かってるっての!」
いくつもの弓が引かれる音がする。
どうやら、まだ橋の亜種が来るまでには時間があるようだ。
今のうちにこいつだけでも倒さないと……ッ!
『"火"!』
この距離なら避けられる前に当てられる!
「BUOOOOOOOOOOOOOO!!」
火を練り上げ、形を作る。スキルを放つ前に亜種が叫ぶ。
その声を聞いてかトロールたちが、亜種の周りに集まりはじめる。
マジかよ。仲間意識が無いからって盾にする気か。
だが四の五の言ってる時間も無い。
渾身の力を込めて火を打ち出す。豪速で打ち出した火の玉は、案の定トロールに遮られ亜種には掠りもしなかった。
数体のトロールが燃え上がり身を黒く染め上げる。
亜種はそのまま悶え苦しむトロールを持ち上げ――投げた。
正確に俺に放たれた黒いそれは、山形に落ちてくる。
トロールは亜種に比べると幾分も小さいが、それでも成人の男よりも大きい。
(……マジかよ)
それがいくつも――――まるで雨のように降ってきた。
考える事も満足に出来ぬまま、必死に足を動かす。
あんな巨体の下地になったら、ひとたまりもない。
もしかしたら透けるかもしれないが、猪の攻撃は俺に当てる事が出来た。これも当たると考えた方がいい。
日を遮る巨体を懸命にかわし、火を放つ。
トロールは使い捨てにされているにも関わらず、亜種から離れようともしない、必然的に攻撃はトロールに阻まれる。
橋の亜種は四人組が足止めしているようだから、まだ時間はある。
亜種を中心に円を描くように四方から火を放つが、そのどれもが遮られ当たらない。
盾になったトロールは投げられ地面に衝突し、見るも堪えない姿に成り果てている。流石の超回復も破裂したトマトになれば機能しないようだ。
いくつかのトロールは息があるようだが、超回復が間に合わないのか痙攣するようにその場にとどまっている。
このままやっていけばいつかはトロールを全て失うとは言え、時間がかかりすぎる。
要はこちらを見失えば……
【個体名:ルディアージより"空想郷"を経由、擬似スキル申請を確認、"理想郷"……申請を許可、"黄昏の月"……承認、擬似スキル"霧"を構築……構築完了、適応……適応完了します。擬似スキル"霧"を取得】
流石です、天の声先輩!
心の中で"霧"を唱える。
すると俺を中心に密度の濃い霧が広がる。
それは1M先すらも見えないような濃霧。とてもじゃないが亜種を見つける事も出来ない。
辺りを霧で包みながら亜種の周りを走る。ぐるっと一周したら頃にはトロールたちの視界を白く染め上げた。
こちらは"索敵"で場所を常に把握している。
一際大きな輪郭に火を放つが、やはりトロール達に当たり本命には当たりもしない。
だが動揺は与えられたようだ。
亜種は火が来た方向にトロールを投げ込むが、その頃には走り去っている後なので、俺の安全面が大幅に上がった。
それだけでも十分だ。
「BUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
亜種は咆哮を打ち鳴らしながら、火の方へずっとトロールを投げ込んでいる。
その中には火傷を免れたトロールもいる。こいつらも地面と激突して血しぶきを撒き散らしている。
こいつはそこまで賢くないようだ。亜種は荒れ狂ったようにトロールを投げ込んでいる。
霧を濃くしながら背中へと回り込む。
確実に先ほどよりも、トロールを投げ込む速度が上がっている。
今のうちにスキルを練る。
選ぶのは勿論"水"。
使うのはやはり水圧レーザー、火だと光でこちらに気付かれる可能性がある。それに少しだけだがこちらの方が使い慣れている。
こいつは心臓を穿っても生きていそうだよな……、狙うは頭だが、先ほどから投石ならぬ投トロールを行っているから中々に頭がブレる。
どうするか。
既に水圧レーザーはいつでも撃てる状態だが、肝心の獲物があれでは当てたくても当たらない。かと言って何か行動を起こせばこちらが気付かれて折角のチャンスが無駄になってしまう。
『任せてください、潜伏解除!』
思いもよらない声が返ってきた。
って待て待て待て!
あいつ潜伏解除しやがった!
後輩がいきなり潜伏を解除したのだ。
それもまだトロールが複数居るこの状況下で。もっと言うなら俺しか潜伏は使えない現状で、あいつは自分で"空想郷"を発動することは出来ない。俺が"理想郷"を使えないのと一緒だ。
なのに後輩は潜伏を解除した。
――クォォォォォォォォォォォォン
離れた所から聞き慣れた鳴き声が響いた。それは間違いなく後輩の声。
その瞬間、亜種は投げの体勢でぴたりと動きを止め遠吠えの方へ首を傾けた。
その他のトロールもそちらに向き直る。
多分だが橋の方にいるのもそちらを向いただろう。
『先輩今です!』
なんにせよ、亜種の動きは確かに止まった。
相談なしのいきなり潜伏解除は絶対後で説教だが、ナイスだ後輩!
遠くから"どうしてですかっ!?"とか聞こえるが努めて無視。
止まっている獲物に当てる練習ならたらふくしたさ、絶対外さない。
――俺の放ったレーザーは、寸分の狂いなく亜種の脳天の貫いた。
亜種はしばらくじっとした後、崩れるように地響きを引き連れて倒れた。
だが油断はまだ出来ない。
何故なら――
『先輩! なんかトロールがこっちに来たんですけど! 助けてください迎えに来てください!』
亜種を失ってもトロールの士気は下がらなかった。むしろ、鳴き声のした方へこぞって駆け出した。どうやら司令塔ではあったがそれだけだったようだ。
やつらは足が遅いが体格が大きいため人間の大人よりは早い。既に霧を抜け始めている。
俺も霧を止め後輩の方へと向かう。
霧を抜けると岩の後ろでこちらの様子を伺う後輩の輪郭が見える。良かった、馬鹿やって岩の上で構えたりしてなくて……、なんだ。後輩から"ヴッ"と声が漏れてきたぞ。
おい、まさかそんな馬鹿やったとか言わないよな。
『すみません鳴く時は、こっちの方がかっこいい方がいいかなって思って岩の上で鳴きました』
……マジで生き延びたら説教だからな。
『……はい』
俺はトロールの後ろから火の玉を打ち込む。トロールの数は八体。
さっきと同じように大きく広範囲にした火の玉は三体のトロールを巻き込み、巻き込んだトロールの全てを燃やし尽くした。
他のトロールはそれを見て、一瞬だけ慌てたがそれでも後輩へと咆哮を上げながら走る。
だが、まだ距離はある。
やはりこいつらは頭はそこまで良くないようだ。本来ならば散り散りになって走らなければいけないのに、固まって走っている。
この範囲なら一網打尽に出来る。
先よりも、限界いっぱいまで大きく作った火の玉を練り上げる。
出来上がったそれをミスらないように狙う。
場所は勿論ド真ん中。
少し近くて熱さを感じるそれを打ち出す。
トロールは気付いてるのか、もしくは気付いて無視しているのか、そのまま火の海へと飲み込まれていった。燃える匂いが嫌に鼻に残り、鼓膜にはトロールの絶叫が響き渡る。
目の前のトロールが、全て動かなくなったのを確認して息を吐く。
『ふぅ、これで――』
『先輩! 後ろです!』
『――えっ』
それは手だった。
大きな白の斑を含んだ大きな手。
それが俺を正確に掴んだ。




