13.遭遇
ゆっくりと身を屈めて息を殺す。
いくら潜伏が効いているとは言え、やはり緊張する。
後輩も息を潜めている。遠くで隠れる選択もあったのだが、着いてくると言ったので横で様子を見ている。
既に視認して十分ほどは経っている。
隠れるものが少ない草原で数少ない岩の後ろで俺たちはあるものを見ている。
「くそっ! なんでこんな所にトロールがいんだよ!」
「減らず口叩くくらいなら腕を動かしなさい! でないとみんな死ぬわよ!」
「分かってるよ! でも斬っても斬っても数が減らないし、傷が浅いとすぐ回復するからどうすればいいんだよもうっ!」
「もうすぐ、応援までもうすぐのはずだから、持ちこたえて!」
「さっきもそれ言ってったじゃんか!」
「仕方ないでしょ! こうでも言っとかないと私だってもたないのよ!」
「アニも口より弦を引きなさい! ランドルもその啖呵を剣で示しなさい!」
「くっそなんだってんだよっ! マイアまだなのか!」
「もう少しで1回分の魔力は回復するわ!」
「分かった! それまで誰も死ぬなよ!」
俺たちが見つけた時には既に交戦している最中だった。
四人組の人間と推定五十は居るであろうトロールと呼ばれる二足歩行の生き物。
二人がロングソードを持ち、一人が弓、もう一人が杖と投石袋を使っている。
四対五十。
数でわかる通り圧倒的に人間が不利な状態だがこの十分間現状を維持している。
その最大の要因は橋にある。
橋と言っても、五メートル程の短い橋なのだが、崖が深く落ちると自力で這い上がるのはとてもじゃないが難しい。
トロールと呼ばれた生き物は図体が大きく、橋を渡るのに一人ずつしか渡れないようで、先頭の一体ずつを相手しているからまだ戦えている。
だが、それもそろそろ限界に見える。トロールが後ろから押しているようで、どんどんと後へと後退している。
一度橋を渡りきられたら四方に囲まれて袋だ抱きにされるのは目に見えている。
四人組もそれが分かっているのだろう。必死で押し返そうとしているが、そこはやはり多勢に無勢、一筋縄ではいかない。
それに。
ステータス
状態:飢餓
種族:トロール
能力:スキル"超回復"
スキル"怪力"
補足:巨大な体を持つ魔物。足が遅い。食べられる。
トロールを"鑑定"したところ、"超回復"と言う能力を持っているらしく、切った場所も少し時間を置けば完全にくっつくほどの威力のようで、それが劣性に拍車をかけている。
「いけるわ! 十秒!」
杖を持った女の人が叫ぶ。
そして、祈るように胸の前で手を組み膝を折る。
先程から"翻訳"で声を聞いているが、完全に翻訳されていて、違和感すら感じない。
「聞こえたなっ! 死ぬ気で守れ!」
それを合図に剣を持った二人が雄叫びを上げながら斬りかかる。
先までも気迫があったが、今はその比ではない。絶対に通さないと言う。いや、一歩も近付けないと言う強い意思を感じる。
弓を持った人間も腰に携えた残り少ない矢を射つ。
時に目を、時に足を狙い行動を阻害する。
トロールが倒れると後ろのトロールが邪魔だと言わんばかりに倒れたトロールを崖の底へ投げ飛ばす。
こいつらには仲間意識は無いようだ。
『どう思います?』
『どうと言われても、応援が間に合うかどうかって問題だろ。それ以外に助かる道なんてあるのか?』
『そうですね、私達も動けないですもんね』
『助ける事自体は賛成だが、今回はそうも言ってられないからな』
トロール群の後方を見る。
――――そこには白の斑が混ざった通常のトロールよりも二回り以上大きいトロールが居座っている。
このトロールには黒目が存在しない。
ここまで類似すると流石の俺の直感も告げている。
間違いなく、こいつも俺達を見付けれるタイプだ。
――それが二体。
そう、二体居るのだ。
一対一であれば、まだ何とかなるかと思ったが二対一となれば話は別だ。
俺もここ数日でなんとか狩りをする事に慣れたが、それは潜伏のアドバンテージを活かした状態での話であって、こんな前回の猪の何倍も大きい奴二体とはとてもじゃないが戦える気がしない。
今はまだ見つかって居ないが、いつ見つかるかも分からない現状で無策で飛び出すのは、リスクが高過ぎる。
『やっぱり、あの大きいのには私達見えますよねぇ』
『実際はどうかは分からないけど、十中八九そうだろうし、そう思って動いた方がいい』
『いっそ私の"理想郷"で水を生み出して全員崖に流すのもアリなんじゃ?』
『それだとあの四人も流されそうだし、もしかしたら俺達も流される可能性がないか』
『それもそうですよねぇ……』
概念スキルについてはまだ不明瞭な点が多く存在する為、俺の潜伏と後輩の回復以外まだ使っていない。
この二つの効力を見る限り、ぶっ飛んでいるのは確実だろう。
『かと言って見捨てるのは、なんか人間としての大切な部分を失いそうで嫌なんだよなぁ』
戦線を見る。
どうやら、杖を持った女が結界を張ったようで、丁度橋の真ん中からトロールが入ってこれないようだ。
ただ後ろからどんどん押しているようで、一番前にいるトロールは結界と挟まれるように潰れていっている。
女はゆっくりとだが一歩、また一歩と足を進める。
その度に結界も前に前にと移動しているようで、トロールが少し後退している。
どうやら、こうやって前線を押し上げているようだ。
他のメンバーはと言うと、回復に専念している。
矢の補充は勿論の事、急ぎ水を飲んでる者もいる。
多分だが、何度もこうして、この場所でトロールを食い止めているのだろう。
ただ、どうやら杖の女はそうはいかないようだ。
この人だけはずっと戦っている。
魔力が回復したらこうやって前線を押し上げて、結界が切れれば投石袋で応戦していている。きっといつもは気力回復に努めている時間があるのだろうが、今回に限ってはそんな余裕すら存在しない。
遠目から見ても息が上がっているのが分かる。
『やばいかもな』
『次までに応援が来るかどうかくらいでしょうか』
『この結界がどれくらい続くのか分からないが、多分無理だろうな』
『どう言う事ですか?』
『今、"望遠鏡"で見ているんだが、応援とおぼしき影は見えるには見えるが、まだまだ距離がある。俺達が走っても一時間以上はかかる距離だと思う』
『うわぁ、流石にあの結界も一時間は保ってくれないと思います』
『後輩に同意見』
となると、やはり助けに行かなければならない。
『せめてトロール亜種が並んでたら策も立てやすかったのに』
二体の亜種はそれぞれ後方の別の場所に陣取っている為、まだ見つかっていない今のうちに奇襲で一網打尽と言うことが出来ない。
片方を倒せたとしても、もう片方には見つかってしまう。そこが動けない最大のポイントなのだ。
『どうにかして、見付からないように個別に倒す術がないでしょうか』
考えが纏まらないうちに、状況が動いた。
トロール亜種のうち一体が動き出したのだ。
慌てて身を隠すが、どうやら狙いは此方ではないようだ。
亜種はそのまま橋の方へと向かう。
トロールは道を開けるように避けていくが、橋にいる数体はそうも出来ない。
亜種が手に持っている棍棒でトロールを殴る。
ぐちゃっと潰れる音と共に、橋から崩れるように落ちていく。
何度がそれをして、亜種が結界もまで辿り着くと、雄叫びを上げながら棍棒を力一杯に降り下ろした。
「きゃっ!」
「マイア大丈夫か!」
見ると結界には幾つかの亀裂が走っている。
「ええ、なんとか、でもこのままだと結界がっ!」
「くそっ! なんだってんだよ!」
「落ち着け、マイア、結界はあとどれくらいもつ?」
「分からないけど、そこまで長くは持ちこたえられないわ」
「聞いたか! 見た感じこいつがトロールの司令塔だ! こいつを潰せばまだなんとかなる! ここが正念場だ! 誰も死ぬなよ!」
「分かってるわよ!」
何度目かの降り下ろしの後、結界は粉々に割れた。
『ここしかない』
存在感を消すように息を殺す。
俺たちのいる場所は崖沿いの岩な為、ここから体を出すと見つかる可能性がある。
『はい』
『後輩はここで待機、何かあったら遠慮なくスキルを貰って支援する事、いいな』
『分かりました』
『じゃあ行ってくる』
『必ず帰ってきてくださいね』
『勿論』
『帰ってこなかったら、迎えに行きますからね』
『それは頼もしいな。"火"!』
まずは奇襲だ。
本来であれば水圧レーザーの方が弾丸のように、素早い攻撃の方が奇襲に向いているのだが、距離が距離の為正確な射撃が難しく、当てられる自信がない。
その点、炎は当てるだけで良い。いっそ周りを巻き込んでくれれば尚良しと、極力大きな火の玉を作り――――間髪入れずに発射し、駆け出した。
書いたものを保存せずに消したときの悲しみ。
同じのを書こうとすると、何を書いてたか全く思い出せないですよね。




