12.森の先
風邪よ早く治れ。
森を抜け、隠れることの無い太陽を浴びながら辺りを見渡す。
ようやく森を抜けれたのがそんなに嬉しいのか、後輩がパァァっと明るい笑顔を作りこちらに振り返る。いつも思うが絵になる。
『先輩! 海です!』
『いや待て、その眩しい程の笑顔で何故平然と嘘をつく。見渡す限り陸地だろ。どこに海なんてあるんだよ』
『言ってみただけです! あいたっ!』
『紛らわしいわ』
お手のようにしか見えないが、きっちりと後輩の頭を小突いておく。
『先輩がぶったー!』
『はいはい、それにしても草原だな』
『草原ですね。海なんてないじゃないですか! 先輩の嘘つき!』
『それはこっちのセリフだ!』
『あいたっ! 二度もぶちました!』
隣で鳴く狐を無視して、改めて草原を見る。
少し右の方に道のようなものがあるから、人の出入りはあるようだし、道があるという事は文明が存在している証拠である。
これは嬉しい。
人間に会ってはいるが、こうやって文明の利器を見ると嬉しくもなる。流石に人類が まだ原始人しか居なかったら、希望も何もなかったからな。
問題は人と会う事が出来ない。いや、会ってはいけない点だ。
ここはどうにかして解消したい。人の生活に紛れる事が出来れば安全面が大幅に増すし、美味しいものも食べられる。
『美味しいもの!』
何か後輩の所から流れてきたが無視だ。
人に姿を変えるスキルは存在するが、覚える事が出来なかった。
これは俺たちには覚えられないと言う事なのだろうか。それとも、条件があるのだろうか。
俺も後輩も種族は妖狐なので、先入観からだが人に化けれる気がするんだよな。
妖狐ってあれだろ、人に化けて人を惑わせるタイプの妖怪だろ?
この世界では違うかも知れないが、それは今のところ確認しようがないから保留として、そんな種族が人に化けれないなんて考えにくい。そもそも"黄昏の月"とやらが申請を拒否したのはこれが初めてだ。どのような基準で通らないのかも知っておきたい。それが分かれば今度の為にもなる。
なぁ後輩もそう思うだろ?
『そうですね、確かにそう言われるとそんな気もしますね』
『まぁそうだろうなって思ってたけど、やっぱり聞こえてたな』
『駄々漏れ。でしたね』
『まぁ、お前が美味しいもので反応した時からそんな気はしていたけど』
『えっ⁉︎ 聞こえてたんですか⁉︎』
『ばっちり』
『おうふ……』
『これ本当にどうにかしないといけないよな。色々漏れて助かる事はあるけど、平常時は要らないなぁ。どうせなら人間の時にこれ覚えたかったよ』
『え……、それって女の子の思考を読んであんな事やこんな事を考えるって事ですか……気持ち悪いです』
『うん、後輩ならそう言うかなって思ってたけど、心の底から気持ち悪そうに言うな』
『だって、流石に私でも引きますよ』
若干だが後輩との距離が、物理的にも精神的にも開いた気がする。
『まずそうじゃないから、仕事の引き継ぎとかで便利そうだなってだけだ。それに"念話"は双方の同意でしか発動しないし、片方が切れば両方切れる事は確認済みだろ。今回みたいな状況でも無い限り繋ぎっぱなしなんて無いだろ』
『それもそうでしたね。なーんだ、少し距離を置こうかと思いましたよ。危ない所でしたね先輩!』
『既に置かれてた気もするが、距離を置かれなくてなによりだ』
一先ず、様子を伺いながら東へと向かう。
目標は今のところ町や村があるかの確認、次に接触方法くらいか。
色々やってみるつもりだが、もし無理そうなら、仕方ないが森に帰る事になる。後輩もそれで納得してくれるだろう。
『私もそれで良いと思います。強いて言うなら、どうにかして村やら町に入って美味しいものを食べたいですぅ』
『それはまぁ、追い追いだな。今のところ潜伏は人間に気付かれてないとは言え、全員がそうとは限らないからな、スキルなんて不透明な要素があるんだから、過信は禁物で状況判断だな』
『はい!』
『それにしても、こうも何も無いと落ち着かないな』
『さっきまで茂みとか絶対何かありましたもんね』
見渡す限りの草原で、所々に木が立っているがそれ以外に何も見えない。
いざと言うときに身を隠せそうなものが無いのは少し不安になる。
これは寝る前には必ず"空想郷"を掛けなおさないといけないな。
ここに来るまでに結構歩いた。日も大分傾いているし、ここいらで小休止といきたい。
ただ……。
――グルルルルル
『後輩君、今の音はやはりですか?』
『はい。どうやら私のお腹がなったみたいです』
『つまるところ、空腹と言うことだね?』
『はい。お腹すきました』
『ここで良いお知らせと悪いお知らせがあるけど、どっちが聞きたい?』
『えっと、なんか既に頭に流れてきてますけど、じゃあ、良い知らせを』
『やったな後輩、お肉が食えるぞ』
『わぁい。では悪い知らせは?』
『どうやらここからはスライムが居ないようだ。スライムとはここでお別れだ』
どれだけ"索敵"と"望遠鏡"を併用しても、見えてくるのは動物でスライムのようにまん丸の形はない。
言い換えるとだな。
これからは動物を殺さなくてはならない。
スライムも動物だと言われれば間違いなく動物の分類になるんだろうが、前回説明したとおりあれは別カテゴリーだ。
いつかはやらなければいけないと分かっていたが、いざその時を間近に感じると億劫になってしまう。
自分の口からため息が漏れるのが分かる。
『……てい!』
暗少しい顔をしていると、後輩が器用に前足で俺の顔を挟んで来た。
『おふ、どうしたよ後輩君』
『先輩が落ち込んでいる時に元気付けるのは、私の役目です!』
『そんな役目初めて聞いたけど』
『この前決めましたので! ていてい!』
おぉ? なんかこれまでに無いほど、後輩らしくないけど後輩らしいセリフだぞ? てか顔を肉球でふにふにしてるだけなんだが、大丈夫かこいつ。
『失礼です。私だってちゃんと色々考えてるんですからね』
『そ、そうか』
『あ、疑ってますね!』
『いや、いつも"次のスライムの味は果物かな~"とかしか聞こえないからって疑ってないぞ』
『うぐっ! でも前に約束しました。私たちは一心同体です。もし、先輩が無理って言うなら私は森に戻る事を提案します』
『それだと龍が来たら危なくないか、それに人にも会えるかわからんし』
『人に会うのは後でも出来ますし、龍は……確かに危ないですけど、それは先輩が考える事です!』
ん? おい。今完全に考える事を諦めただろ。
『私は先輩の事を考えます』
その時の顔はとても真剣で、とても真っ直ぐだった。
『先輩はなんでも背負っているので、私は無駄なものまで背負わないように先輩を見ます。それが、私のやる事です。だからもし、先輩が無理だと言うなら一緒に森に帰りましょう』
相変わらずふにふにされているが、心のこもった響きだった。
なんだか、少しだけ後輩の目に涙が溜まっているように見えた。
何度も後輩の顔を見ているけど、改めて見るとやっぱり綺麗だ。
本当に絵を切り取ったような美しさがある。
『流石にこの場面で、そのセリフは卑怯です』
『いや、すまん。心の声だ』
『更に卑怯です。先輩分かっててやってるでしょ』
『全くの無意識なんだがなぁ……、ありがとうな、じゃあ俺の分は任せるよ』
『はい! 大船に乗ったつもりでいてください!』
俺の顔から手を離し、自分の胸を叩こうとしたのだろうが、間接の都合上、全然違う場所を叩いている。と言うか叩けてすらいない。この大船不安だ。
『まぁ、一回やってみるか、それで駄目なら二人で戻ろう』
『分かりました!』
☆ ☆ ☆
―――――――その日の晩、俺はジャイアントラビットと呼ばれる生き物を殺した。
見た目は少し大きな兎だろうか。"鑑定"でジャイアントと書いてあるが、そこまでジャイアントとは思えない。地球産の兎に比べて2倍ほどの大きさだろうか。
潜伏で気付いていない事を確認して、今まで通り水圧レーザーで胸の部分を貫いた。
やはりと言うか、当たり前だがスライムと違って血が流れていく。それが否応無く震えを誘発する。
『先輩が落ち着くまで話し相手になりますよ』
『……すまん』
『何言ってるんですか、私たちは二人で一つです。二人で一緒に帰るまで絶対に一緒です』
その言葉は、心を救ってくれた気がした。




