8話 西堀くんと彼女の告白
とてつもない早さで事態が進行し、まだ脳の理解が追いついていない。
しかし、何よりもまずは丁寧なあいさつの返事はしなければいけないだろう。
「えーっと、初めまして、澄屋敷姫乃さん。西堀一途です」
ぺこりと頭を下げる。
顔を上げると、澄屋敷さんは少し意外そうな、でもちょっぴり嬉しそうなそんな顔をしていた。
そのままの表情で、澄屋敷さんはスッと右手を上げると親指と中指を擦り合わせて弾く。
――スッという音が鳴った。
校舎裏に静寂が訪れる。
…あれ? いま指を鳴らそうとして失敗したのかな?
前を見ると、澄屋敷さん本人も失敗した自覚があったようで耳から順に赤くなり、顔を桜色に染める。
後ろに控えている二人は心なしか笑いを堪えている風だ。
いや、関係性は分からないけどあなた達が笑っちゃまずくないですか。
しかし、澄屋敷さん自身はブンブンと顔を振り何事もなかったような表情に戻すと、今度は両手を少し上へと上げ、手を叩き合わせた。
――パチンと音が鳴った。
おお、意外と諦めが早い。確かにそっちの方が指パチより確実ですもんね。
そして、今度は得意げな表情をして、
「皆の者、ご苦労ですわ。下がってよろしくてよ」
この学園に入ってから、現実で初めて聞いた本物のお嬢様口調。
まあ、目の前で起こっている光景を眼にした時点で澄屋敷さんがお嬢様であることは疑うまでもないのだが。
澄屋敷さんの合図と同時に窓から顔を出していた音楽隊?の方々は素早く楽器を片付けると姿を消した。
…もしかして、あの人たちさっきのためだけに来たのかな。
そして澄屋敷さんの後ろに控えていた二人も「では、校門でお待ちしています」と澄屋敷さんに頭を下げてその場を後にした。
去り際、件のGポイント男性が僕の方を見て、鼻でフッと笑った。
え? なんですかその笑いは!? 会ってからまだ意味深な笑いしかされてないんですけど!
そして、自然と校舎裏には僕と澄屋敷さんの二人だけが残る。
数分前が嘘のような静けさの校舎裏。
…何話せばいいんだろうか。でもこういう場合は男の僕が何か話し出さなければ――
「え、えっと、あの…、さ、さ、桜がきれいですわね!」
「えっ!? あ、そうですね、満開に咲いてますよね」
「ですわよね~」
「ですね~」
「「…………」」
え? なんだろうこの感じは…
先程まで堂々としていた澄屋敷さんの様子がおかしい。
よく見れば先程の指を鳴らすのを失敗した時の様に顔が赤く染まって、態度もおろおろしている。
…かわいい。
っと、いかんいかん! 自分を律しろ、西堀一途! おまえの心の中にはもうすでに想い人がいるはずだ!
そのことを考えると顔に集まっていた熱が引いていく。
そして、クリアになった頭で再び今の状況を分析する。
しかし、なぜ急に澄屋敷さんの様子が―――はっ!!
そこで僕は気づく。
先程の衝撃的な出来事で頭から抜けてしまっていたが、今の僕は澄屋敷さんから放課後校舎裏に呼び出されたというシチュエーション。
高校生が放課後に異性を呼び出す――それはつまり大部分が告白を意味するではないだろうか。
中学生の頃の経験則から言えば、その可能性は100パーセントだ。
それなら澄屋敷さんの状態も頷ける。というか、当然だ。
お嬢様と思しき澄屋敷さんが勇気を出して手紙を書いてくれた。それに加えおそらく自分の家の従者の方々を使って先程の演出を行い、告白の舞台に姿を現したのだ。
そして告白する時は、一対一で正々堂々と正面から思いを伝えるため、従者の方を撤退させたのだろう。
澄屋敷さんの本気度がわかる。
それに比べて僕はなんだ!!
少し想定外な展開になっただけでオロオロして、告白しようとした相手がそんなふうでは澄屋敷さんは不安になってしまうじゃないか!
何故そんなことに気付かなかったのか! 僕はカスか!? ゴミか!?
全くもって情けない…、そんな情けない男になるために僕は十年以上も、男を磨いてきたのか! いや違うだろ!!
フーッと一つ息を息を吐き、決意を固めると右手を顔の近くまで上げる。
澄屋敷さんが怪訝な瞳でこちらを見てくるが、お構いなしに握った拳で自分の顔を思いっきり殴りつける。
「…え? ええええええええええぇぇっ!? な、何しておりますの、一途さん!?」
澄屋敷さんの焦った声が耳に届く。
そりゃそうだ。突然、目の前の男が自分で自分を殴ったのだから。
ううっ、我ながら中々の威力の拳だ。しかし、澄屋敷さんに心配されないようによろけそうになる体を気力で抑えつけて、できる限り爽やかに笑ってみせる。
「ごめんね、澄屋敷さん。男の俺がどっしりと構えてないと不安になるよね。今ので気合い入れ直したから、もう大丈夫。だから、タイミングは自分のペースでいいから、手紙に書いてあった伝えたいことについて話してくれないかな」
「……か、かっこいい」
そんな僕の様子を見て始めは呆気にとられていた澄屋敷さんだったが、ポワッとした顔をしたと思うと、ボソッとそんな声を漏らす。
あ、やばい。今の一言、ぐらっときてしまった。
でも、今のかっこよかったかな? 自分でやっておいてなんだけど普通の女性ならドン引きされてもおかしくないと思うんだけど。それとも僕が知らないだけで世の女性は顔を殴って気合いを入れる男性の仕草にクラッとくるのだろうか?
澄屋敷さんにとっても思わず漏れた言葉なのか、再び顔を赤くする。
しかしそこで、先程の僕と同じように自身の中の何かを整えるようにフーッと息を吐く。
「い、一分だけ。お待ちいただいてもよろしいですか?」
「うん、全然大丈夫だよ」
「ありがとうございます。では、少し失礼しますね」
そう言うと僕から少し離れ、澄屋敷さんはテクテクと歩き、校舎の壁にほとんどゼロ距離で向き合った。
「大丈夫、大丈夫ですわ。昨日も何回も花梨相手に練習しましたし、その通りやれば大丈夫、大丈夫ですわ。――でも、緊張して変な顔になったりしてませんよね、顔が赤くなってたりとか、あとは…」
ここからでは聞こえない小さな声で澄屋敷さんが壁に向かってぼそぼそと、まるで自己暗示のように言葉を投げかけている。
しかし、今度は全く動じない。
どっしりと立ち、澄屋敷さんの準備の終わりを待つ。
そして、ちょうど一分後。
澄屋敷さんは最後に「よし」と呟き頷くと、僕の前に立つ。
先程までとは違い、瞳には強い光が宿っている。
「お待たせしてすみません」
「全然気にしないでいいよ」
そんな前準備のやりとり。
そして、澄屋敷さんは再びフーッと息を大きく吐くと、
「西堀一途さん。突然お呼び立てしてしまって申し訳ありません。でも私にはどうしてもあなたと二人きりで伝えたいことがあります」
「うん」
そう前置きし、
「私は、澄屋敷姫乃は一途さんを心からお慕い申し上げております」
桜の花びらが舞う校舎裏で、顔を桜色に染めて、綺麗な瞳で想いを告げてくれた。




