7話 西堀くんと彼女の邂逅
―――あの日のことは今でもよく憶えている。
一年と少し前、晴れて高校一年生になった四月の半ば。
僕の下駄箱の中に凄く高級そうな紙に包まれた手紙がそっと置いてあった。
それが高校に入って初めてもらったラブレター。
『伝えたいことがあります』という簡潔な旨がとても美しい字で書かれた内容。
そして、その手紙の最後に澄屋敷姫乃という差出人の名前が添えてあった。
この時点では澄屋敷さんとはクラスも異なっていたし、入学してまだ一週間程度だったこともあり、僕は彼女のことは知らなかった。
しかし、この学校の大半は名家の御曹司や令嬢。
澄屋敷という凄く仰々しい苗字もあってなんとなくお嬢様なのではないかと予想をしていた。
正直に言うと、僕は中学校までは普通の公立の学校に通っていたため、そういった高貴な方と話すのは慣れていなかった。だから緊張はあった。でも、それを表に出さないように顔を引き締める。
指定してあった時間の前までにトイレの鏡と睨めっこし、「よし」と気合を入れて待ち合わせ場所に向かう。
しかし、その引き締めた表情はすぐに崩れ去ることになった。
待ち合わせの時間より十分早く着いた校舎裏にはすでに人影があった。
そこにいたのは儚げに、咲き誇った桜を眺めるお嬢様……などではなく、白い髪をオールバックにした顔に傷のあるムキムキのそして何故か燕尾服姿の初老の男性だった。
………いや、誰だ!?
呆然とする。しかし、老人はこちらのそんな様子を見ると何故かニヤリと笑った。
その笑みから一つの可能性に辿り着く。
まさか…、いやこの世に百パーセントはない、いやでも…、しかし、…ありえるのか。
頭の中で思考がとてつもないスピードで加速する。
そして、
「…もしかして、澄屋敷姫乃さんですか?」
自分でも何故そんなイカれた問いをしたのかわからない。
そして、流石にその問いには男性も驚いた様で一瞬ポカンとすると、手袋をはめた右手を口に持っていき、フッと小さく笑う。
「――開口一番がそれとはな。一応ユーモアセンスは○としておいてやろう。ほら、受け取れ」
そういうと男性はポケットから小さな紙片を取り出し、渡してくる。
異様な男性の圧力に断れずにその紙片を受け取る。
手に取ってよく見るとそれは中々の紙質の和紙。そしてその和紙の中央にはやけに達筆で「GP」と書かれていた。
なんだ、これは?
「…なんですかこれ?」
思っていた言葉がそのまま口から出る。
すると老人は得意げな笑みを浮かべ、
「Gポイントだ。もし5ポイント貯められたら、俺に依頼しに来るといい。子守りから要人暗殺まで何でも引き受けてやる」
そう言うと踵を返し、ササッと素早く歩いて校舎裏から姿を消した。
なるほど、Gポイントか~
…………というか、
「誰だ、あの人!!!!????」
だれもいない校舎裏に響く声。
そう見ても学生ではないし、失礼だが普通の人には見えない。
明らかに不審だし、怪しい。そもそもGポイントってなんだ!?
素早く携帯を取り出して、学校へ不審者発見の連絡を入れようする。
しかし、事態はそれを上回る速さで進行した。
――バッという音が一斉に響く。
校舎裏に隣接する校舎の窓が開いた音だった。そして、その窓から楽器を持った燕尾姿及びメイド服姿の男女が顔を出す。
そして、次の瞬間その人々の手によって音楽が奏でられる。
まるでオーケストラの様な力強い音の放流。よく見ると三階の窓も空いており、実際にオーケストラと差支えない人数だ。
…あー、なるほど。これは夢かな?
あまりの事態に脳が追い付かない。
そんな演奏の中、視線の先に一人の男が姿を現す。
その男の手には何かを丸めたようなもの。
そして男がそれをこちらに向かって転がすと、目の前にレッドカーペットが出現した。
レッドカーペット、つまりその上を歩く人がいる。
再び目の前に人影が現れる。今度は三人。
一人を先頭に二人がその一歩後ろを歩いている。
あれ、さっきの人がいる!?
その一人は先程の謎のGポイント老人。
もう一人が制服を着た女子生徒、女性にしては背が高めで釣り眼が特徴的だ。
そんな二人を引き連れて桜の木と大演奏の中を悠々と歩く女性がいた。
制服姿で背は女性の標準より少し高い程度、パッチリとした眼に流れるような艶のある長い黒髪。
顔立ちは全てのパーツが絵画の様に整っており、体つきも女性らしい起伏に富んでいる。
歩き方には気品が漂い、なんというかとてもお嬢様然としていた。
凄い美人だな、この人。
一瞬この異様な状況が頭から抜け落ちて、純粋な感想が浮かぶ。
そんなことをよそに、そのままこちらへ歩みを進める三人。
そして、少しして後ろの二人が立ち止まるとその女性だけが僕の目の前まで来て、洗礼された動作でお辞儀すると、
「こんにちは、西堀一途さん。澄屋敷姫乃です」
そう言って、微笑んだ。
これが僕、西堀一途と澄屋敷姫乃さんの出会いだった。