5話 花園さんは純粋です
「あっ、そういえば先日おばあ様から美味しい紅茶をいただいたんですけど、みなさんいかがですか?」
先程の姫乃さんと会長の言い争い(日常茶飯事)から少し。
空が完全に夕焼け色に染まったころ、ふとそんなことを思い出した。時間帯的にも皆さんお疲れの頃合いだと思う。我ながらいいタイミングです。
「それはとてもいい案ですわ。ねぇ、会長」
真っ先に食い付いてきたのは姫乃さん。
とても嬉しそうな顔、姫乃さんは紅茶大好きですもんね。
それに、一年生の女の子二人も興味深そうに見てくれている。
残るは会長だけですが――、
「そうだな。ちょっと休憩にするか」
「では、少し待っていてくださいね」
サラッとOKの許可をしてくれる。会長は一見生真面目で堅物な方と思われがちですが意外とこういうところは寛容です。
さて、私は会長の許可も取れたことで常設してあるポットまで移動し、お湯の準備。
カップは姫乃さんが副会長に就任した際に寄贈したものを使わせてもらいましょう。
ささっとおばあ様から教えていただいた淹れ方で紅茶を入れる。
すぐさまフワッと優雅な香りが鼻孔をくすぐる。うん、いい香りです。
「おまたせしました~」
皆さんの前にカップを置いていき、自分の席に戻る。
「うーん、とてもいい香りですわ~。花園さんのおばあ様の趣味の素晴らしさが窺えますわ」
カップに上品に顔を近づけて、そう漏らす姫乃さん。
さすが、お目が高い!
実は凄く有名な銘柄なんです。
「わっ、凄くおいしい!」
隣に座る一年生、岸波芽衣さんが声を上げ、自分でもつい出てしまった声なのか恥ずかしそうに顔を赤くする。
同じく一年生で姫乃さんの隣に座る、月竹彩月さんも無言ではあるが美味しそうに飲んでくれている。
「皆さんに喜んでいただいてうれしいです~。会長はいかがですか?」
「おう、美味しかったぞ」
カップを掲げる会長。
さすが、殿方。飲むのも早いですね。
「そういえば、あの…澄屋敷先輩は西堀先輩のことをお慕いしてらっしゃるんですか?」
そんな時、同じく紅茶を飲み終えた岸波さんがふと世間話をするように姫乃さんに尋ねる。
あっ、その話題は――!
「ええ、心からお慕い申し上げてておりますし、私たちは俗にいう運命の赤い糸で結ばれているのです」
何のためらいも恥じらいもなく堂々と言い切る姫乃さん。
大きな胸を惜しげもなく張って誇らしげだ。
ちょっとかっこいい。
「なるほど、大人です! 澄屋敷先輩みたいな素敵な方がいるんじゃ川上さんじゃ少し荷が重いですよね」
その威風堂々とした態度に岸波さんが姫乃さんにキラキラした瞳を向けている。
しかし、最後に付け加えた言葉に姫乃さんが一瞬、眼をギロリとさせる。
怖いですよ、姫乃さん…
「えっと、岸波さんはその雌イ…川上さんとお知り合いなんですか?」
「? いや特に仲がいいというわけではないんですけど、同じクラスでちょっとした目立つ女の子といった感じです」
岸波さんが説明を付け加える。
それより、雌イ…って言いましたね、姫乃さん…。
まさか、雌犬って言おうとしました?
いや…さすがにそんなことは無いと私は信じますよ!
「なにか凄いことでもあるやつなのか?」
そこで横から会長もその話に入っていく。
会長も会長で能力のある人は好きですもんね。
「いえ、そう言う訳じゃないんですけど。この学園じゃ珍しい凄い…なんというか今時の女の子というかそんな子で、その上入学から数日経った日に、みんなの前でその…四天王全員とお付き合いしてみせるって宣言されてたんですよ」
顔を紅潮させながら言う岸波さん。
確かにこの水花院学園は、昔から由緒正しい学園で最近はそういった一般家庭出身の入学も増えてきましたが、それでも現状いわゆる名家出身の人たちが多いですもんね。
この生徒会も会長以外そうですし。
四天王とはこの学園の中でとくに有名な二年生の美男子四人を呼ぶ時の通称とお聞きしたことがあります。
その四人とお付き合い…、お付き合い? って――!?
「って、ええええ!? 全員とお付き合いするってそれは、浮気じゃないですか!? 不純すぎます!」
「え、ええ。その突然の大胆な宣言で注目を集めたといいますか…」
岸波さんにビクッとされる。
しかも、つい立ち上がってしまった私とは裏腹に会長も姫乃さんも涼しい顔をしている。
え? 私がおかしいのですか? 会長も姫乃さんもそんな乱れたことを受け入れると…!?
「なんだ、ただの自意識過剰なだけの女か。興味が失せた」
「なんだ、ただの盛りのついた雌犬ですわね。しょーもないですわ」
そう言って会長は一足早く仕事に戻り、姫乃さんは再び紅茶を味わう。
よかった、いつも通りの二人です。
でも、姫乃さん完全に雌犬と言ってしまいましたね…。
「ふう、声を荒げてすみません」
私も落ち着きを取り戻し、席に着く。
そしてその瞬間、私は油断していました。
――この話題がここで終わりになったと。
「でも結局失敗に終わりそうですけどね。今日の西堀先輩で三人目の失敗みたいですし」
不意に軽い気持ちで発したであろう岸波さんの言葉。
しかし、それはある人物の、もっと正確に言うと私の左隣に座っている方の逆鱗に触れたようで、
「…三人目? ……それはつまり、その雌犬は四人を順位付けて一途様を三番目にしたと?」
怖いですよ、姫乃さん…
それに、雌犬はやめましょうって…