4話 澄屋敷さんは落としたい
「よろしい。では、お迎え頼みましたわよ、花凛」
通話を切り、トランシーバーを学生鞄にしまう。
報告を聞いて安心感は生まれない。なぜなら、最初から危機感などないのだから。
ふーっと一息つき、目線を前方のパソコンに向ける。
見ていて恐ろしくなるレベルの美男子がこちらを向いて爽やかに微笑んでいた。
その笑顔を見ただけで体中の全ての疲れが蒸発していくのを感じる。
あ、ああ…、
「きゃ~~! 一途様、今日もかっこいいですわ~!!」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇーーーー!!!」
室内に絶叫が耳に届く。
チッ、と思わず舌打ちが漏れそうになるが何とかこらえる。
あぶない、あぶない。お嬢様として人前で舌打ちなどもってのほかですわ。
何とか自らを律し、そして目線を左斜め前の一際大きな椅子に座る男子生徒へと向ける。
「うっさいですわね、会長。紳士として赤点ですわ」
「なら、パソコンのトップ画面を盗撮写真にしてるお前は淑女として0点だろうが! つーか仕事中に電話使うなよ!」
「会長の眼は節穴でして? これのどこが盗撮ですか! きちんと許可を頂いて、撮った素晴らしい写真です! それにこれは電話ではなく澄屋敷の技術力を結晶して作った高性能トランシーバーですわ!」
カバンから再び取り出したトランシーバーを目の前の人物に見せつける。
というか、これ本当に重いですわね!
それを我が校の生徒会長であり、三年一組の未差神峰は 苛立たしげに睨み付ける。
しかし、彼は青筋を浮かべて、
「んなことは、どっちでもいい! そもそも、なんでそんな馬鹿でかいトランシーバー使ってんだ! せめて電話するならスマホでそれも生徒会室の外でしろ!」
否定しつつも、意外と寛容な会長。
しかし、今の言葉には聞き捨てならないことがありましてよ。
「あなたこそ、その程度の認識でこのトランシーバーを語るとは笑止千万。これはただ重いだけのガラクタではありませんのよ。――ときに会長、あなたはご自身のスマホでの盗聴の危険性を考慮したことは無くて?」
「いきなり決め顔になってなんか確信を付いたみたいな言い方だが、生憎と俺はそんな危険性を考慮したことはないな。それに俺はガラケーだ」
フッと笑い、胸ポケットから取り出した携帯を何故か勝ち誇ったかのようにパカパカさせる会長。
なんで世間から遅れてるのに偉そうなんですの、この男は?
しかし、そんな反論など想定の上である私は不敵に笑う。
「フフッ、盗聴を防ぐだけではございません。さらにこのトランシーバーはもし盗聴された場合に相手を逆探知して、その盗聴した機器内部にウイルスを感染。そして、そのウイルスが相手の機器の内部に小型爆弾を生成し遠隔爆破することも可能なんですのよ! もう一度言いますがただ無駄に重いだけではございません!」
「そんな百年後にも存在しなさそうなオーパーツを学校に持ち込むな! つーか、そんな重いなら使うの止めればいいだろうが!」
お互いに言い返し合い、ムーッと睨み合う。
あー、もう。ああ言えばこう言う男ですわね。そもそも話が平行線ですわ。
しかし、
「まあまあ、二人とも落ち着いてください」
そんなとき横合いから和やかな声がかかる。
生徒会会計、二年一組の花園アリスさん。
私の大切な友人で、小学生と間違えるほどの容姿で身長も小さいが、内面はしっかり者な方です。
「姫乃さんも会長も、今は生徒会活動中ですよ。口を動かすのは自由ですが、せめて手を動かしながらにしましょうね。あと新入生も困ってるのでボリュームはもう少し落としましょう」
シーッと口に人差し指を当てる花園さん。
その一言で先月から生徒会に新しく所属している新入生二人が困惑したようにこちらを見ていることに気付く。
私としたことがなんという注意不足!
会長も気づいた様で少し申し訳なさそうに頭をかく。
「あー、すまん。会長として配慮にかけた行動だった。…澄屋敷も悪かったな、大声出しすぎた」
「いえ、こちらこそ。澄屋敷家の娘として先程の行動は、はしたなかったですわ、申し訳ありませんでした」
お互いにペッコリと頭を下げる。
それを満足げな表情で花園さんが見ていた。
「うんうん、そうやってすぐ謝れる二人はとっても素敵です。ではお仕事に戻りましょうか」
ササッと席に着く花園さん。
私と会長も同様に自分の席に戻る。
「ところで姫乃さん、一途さんの件は大丈夫でした?」
向かいに座る花園さんが先程言っていたように手で予算案の作業をきっちり進めながら話しかけてくる。
私もそれを見習い、しっかり生徒会副会長の仕事をこなしながら、
「当然です。なにせ彼を落とせるのは、この澄屋敷姫乃だけなんですから」
そう、いつも言っている口上を小声で述べて、フフッと笑った。