3話 傾城さんは従者である
ここは理科実験棟、三階の廊下。
夕焼けに染まるこの時間帯は学生はおろか教師陣ですらほとんどこの場所に来ることは無い。そして、ここはちょうど校舎裏が見える場所でもある。
そこに何故かあたしはいた。
いや、何故かと言いつつもここにいる理由は自分でも理解しているが…。
改めて自身の状況を見つめ直し、ハァーっとため息を吐く。
「終わった~」
そして、もう何度見たかわからないとある男が告白してきた女子を粉砕するシーンを確認したあたしはカバンからアホみたいにでかいトランシーバーを取り出す。
あー、邪魔くさい。なんでこんなでかいの常備しなきゃならんのだ。
しかし愚痴を言っても仕方ない。
トランシーバーの電源を入れて、耳へと近づけ連絡を行う準備を整える。
「あーもしもし、お嬢ですか。告白終わりましたよ。相手は一年生の川上瑞樹、付け入る隙もなく秒殺されて、涙目で走っていきました」
『――まあ、当然ですわね。ご苦労様、花凛。それと少々口が悪くってよ』
通話状態にしたトランシーバーからは、もう人生の中でダントツで聞いたであろう仕える主の凛とした声が聞こえてきた。
「それはお嬢の側近ですから。つーか、この新学期始まりの間は何も知らない一年からの告白はこれからもあると思いますよ。そのたびあたしが盗み見するんですか? 正直、西堀に告白して落とせる女子なんていないじゃないですか。完全に無駄な時間だと思うんスけど」
これは本音半分、建前半分。
西堀が女子生徒の告白を受け入れることがあり得ないと考えているのは事実だ。
それとは別に、『この仕事ホントにめんどくせぇ…』と思っているのも事実。
『フフッ、たとえ可能性が朝起きたとき何故か私の豊かなおっぱいがAカップになっている可能性より低くても取り組むべきですわ。澄屋敷家の令嬢である身として、一ミリも手を抜くつもりはございません』
とても令嬢がすべき例え話とは思えないが、もう慣れているためスルー。
つーか報告終わったから、もう切っていいかな。このでかいトランシーバー持ってるだけでも疲れるんですけど…
しかし、ここでその怠い感情を表に出すようではプロ失格である。
「じゃあ、お嬢、連絡終わったんでもう切りますね。それと迎えはいつもの時間でいいですか?」
『ええ構わなくてよ。――でも、そう言えば花梨。あなたさっき一途様をおとせる女性はいないと言いませんでした?」
トランシーバーから響く声にハァーっとため息を吐く。
何を言ってほしいのかは分かりきっている。
そして、
「はいはい、訂正しますよ。――西堀一途をおとせるのは、お嬢だけです」
『よろしい。それでこそ私の相棒、傾城花凛ですわ。では、いつも通りお迎え頼みましたわよ』
愉快さを隠そうともしない自信にあふれたその言葉を最後に通話が切れる。
相変わらず自信満々のポジティブさの塊のような様子だ。まぁ、それでこそお嬢ですが。
廊下に他に人影はなかったため、グーッと背筋を伸ばし「うーん」と声を出す。
一仕事終えた後のこれは気持ちいい。
左手の時計を確認すると、まだお嬢の所属する生徒会の活動が終わるまで一時間以上あった。
「さてと、図書館でも行きますかね~」
時間を潰すため足は、図書館のある棟へ向く。
そして、ふと先程告白の現場となった校舎裏とそこで何やら一人物思いにふける西堀を一瞥し、
「――頑張ってさっさと落としちゃってくださいよ、お嬢。来年の春もここで結果の見えた告白を見届けるのは勘弁ですからね」
そう呟き視線を逸らすと、迷わず足は図書館へ向かい歩き出した。
だってさ、西堀をおとせるのは本当にお嬢だけなんですから――