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27話 二葉くんは兄であり弟である


「私、何かしてしまったんですかね…」


 隣で青白い顔をしながら先程偶然に会ったばかりの女学生がうわ言のように呟いている。

 名前は確か川上瑞樹。

 よくわからん連中に絡まれていたよくわからん女子だ。


 最初に見たときはただの弱い世間知らずのお嬢様かとも思ったが、存外ハッキリものを言えたり、と思ったら一人で勝手に慌てたり、なんというかやはりよくわからん女子。

 そんな川上は姉さんとの電話以来どこか不安げだ。


「なんか言われたのか?」


 問いかけると肩をビクッと跳ねさせ、恐る恐るといった様子でこちらへと顔を向けてくる。


「えーっと…」


「二葉だ」


「はい、二葉くん。あっ、名前で呼んじゃった…」


 最後は何か小声でボソボソ言っていて聞き取れなかった。

 というかこの距離で聞き取れないとか相当だぞ。


「で、姉さんに何か言われたのか?」


「あー、いやそれが自分でもよくわからなくてですね…。お会いしたことないのに、その…首を洗って待っていなさいとだけ」


「なんだ、そりゃ…」


 思わずそんな呆れ声が出る。『首を洗って待っていろ』、完全に何らかの恨みを買っていなければでない言葉である。

 しかし妙だ。あの姉さんの怒りを買うとなると――、


「あっ!」


「なっ、なにかお姉さんの怒ることに心当たりがあるんですか!?」


 自然と口から出た声に川上が予想以上に食い付く。

 まあ、この反応も致し方ないのかもしれない。聞くところによると水花院に置いて姉さんは相当の権力を有しているらしい。そんな相手の怒りなど買いたいはずもない。川上の様な一年生なら尚更だろう。


「まあ、あくまで俺の予想だけど」


「ぜひぜひ!」


「えーっと、まずだな! そのその姉さんと言ってもあの人は――」


「二兄ーーーー!!!!」


 とそこでアホみたいに大きな声が響く。

 不意に大声で呼ばれビクッとなる。

 その声に川上と後ろのハゲ達が振り返り、そして一拍遅れて俺も振り返ろうとするが、


 キィー――、という甲高いブレーキ音と共にチャリンコが俺の横に止まる方が早かった。


「どした、三織」

 

 はぁー、はぁーと荒い息を吐きながら、自転車にまたがる妹に声をかける。

 何故かいつもはかけていないメガネ姿だった。


「なんで、メガネなんかかけてんだ?」


「ん、そういやかけっぱだった。ちょっと学校でね」


 それだけ言って三織は視線を俺の後ろに向ける。


すずさん、明良あきらさん。ご無沙汰です」


「おいっす、三織」

「久しぶり~」


 と顔馴染みでもある二人とまず挨拶を交わすと、視線をハゲへと向ける三織。

 

「……えーっと、高校で知り合った友達ですかね? 初めまして、兄がお世話になってます」


「いや、違うから! 俺だよ俺!!」


「? その声、めぐみさんでしたか…。なんでスキンヘッド? 高校デビューってやつですか?」


「こんな攻撃的な高校デビューがあるか! 諸事情でお前んとこのねぇちゃんの家の人に刈られたんだ――」


「私に姉などいませんがなにか?」


 ハゲの見苦しい言い訳を途中で打ち切って三織がキッと睨み付けながら言い放つ。

 冷たさに満ち溢れた声音にハゲは「…こっわいよー」とヒョイっと明良と鈴の後ろに隠れてしまった。情けない。

 そのハゲを見て「ハァ――」と馬鹿でかいため息をつきながら、三織の視線が俺へと戻る。


「高校入っても結局いつものメンバーなんだね。まぁ、それはそうと買い出しはちゃんとできた?」


「馬鹿にすんな、俺らは小学生か」


「なら、普段からもうちょっとちゃんとしてっての。まぁ、できたならいいわ。じゃあ、私は先に家に行ってるか…ら?」


 と、再び漕ぎ出そうとペダルに足を置いたところで俺の右にいた川上の存在に気付いた様で三織の言葉が止まる。

 まあ確かにあまり背の大きいほうではないし、さっきまで俺が障害物になって見えなかったのだろう。


「誰?」


 純粋な疑問だろう。

 めんどくさいが確かに説明しておく必要はあるだろう。


「さっきそこで色々あって知り合った水花院の一年らしい川上って女子だ。こっちは俺の妹で中三の三織」


 手っ取り早く、お互いのことを本当に簡単にだけ紹介する。


「…えーっと、先程お兄さんたちに危ないところを助けて頂きました。川上瑞樹と言います、よろしくね」


「はぁ…、どうも」


 若干不安そうにしながら名乗る川上に対し、不審そうに簡単な挨拶だけする三織。

 あんまり相性はよろしくなさそうだ。

 まあ、三織の人見知りのせいもあるだろうが。


「まあ、よくわかんないけどとりあえずさっきも言ったけど私先に帰ってるから、愛する妹たちもきっと寂しそうに待ってるはずだわ」


「ああ、その件だけどよ……」


「なに?」


 言うべきか、一瞬迷うがまあ言っておいた方がいいだろう。


「何故か、姉さんがもう家にいるらしいぞ。今、BBQの準備しながら、普通にあいつらと遊んでくれてるって」


「…は?」


 と、言った結果三織の顔色が一気に変わる。

 簡潔に言うと憤怒の顔だ。それもむーっという可愛い感じではなく、眉に皺を寄せて本気で怒っている。


「あっっっっの女! 私の聖域をまたしても侵略にかかるなんて絶対に許せない!! 四音しおん五紀いつき六実むつみ、待ってなさい、今お姉ちゃんが行くからね!!」


 そう叫ぶと、バチコンとペダルを普通に漕いだだけじゃ絶対に出ない音と共に再び三織のちゃりんこが急発進する。見る見るうちにその背中が小さくなっていった。

 あんな状態でもキッチリ周囲の安全を一瞬確認してから出発したのはさすが三織である。

 何はともあれ忙しい妹だ。


「なんというか凄い妹さんですね」


「まぁ、あれでもうちの家事を自ら進んでほぼ一人でやってるからな。今のうちはほぼ兄貴と三織で成り立ってるんだ。良くできた妹だよ」


「お姉さんとはあまり仲良くないんですか?」


「ん? ああ、別に本物の姉ってわけじゃないしな」


「ええっ!?」


 川上が驚愕に顔を染める。

 どうやら俺が姉さん――澄屋敷姫乃の本当の弟だと思っていたらしい。

 

 確かに良く考えてみたら俺は姉さんとしか言っていないため確かに勘違いも仕方ないかもしれない。だが、俺らの風貌や自転車通学の三織、家事とかのくだりで気づいてもよさそうな気がするが…。

 そうやら思った以上に川上はぬけているというか天然な様だ。


「え? じゃあ、あなた――二葉くんって?」


 その問いに応えるように、俺はポケットから財布を取出しその中からさらに学生証を取り出した。

 それを改めて自己紹介も兼ねて川上へと手渡す。


「……………へ? 西堀二葉?」 


 その学生証を食い入るように見つめながら川上は俺のフルネームを呟いた。


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