24話 川上さんは面倒事を引き寄せる
「聞こえねぇのか? なにやってんだよ」
ヤンキー少年のドスの聞いた声が路地に響く。
その声に美月たち六人は明らかに動揺した様子だ。
「なにって…昔の友達と話してただけだけど」
「六人で取り囲んでか?」
「あなたにはそう見えただけでしょ。あなたこそいきなりなんなの? この子の知り合い?」
「知らねーよ、ただあんまり穏やかな風には見えなかったからな。昔のダチと話してたやつが涙目になるのか?」
ヤンキー少年がこちら向いて苛立たしげに言う。
そのとき不意に目があった。最初はよくわからなかったが、よく見るとかなり整った顔立ちをしている。
それに、どっかで会ったことがある気が…
「まぁまぁ、落ち着けって二葉。何か喧嘩になりそうな雰囲気になってんじゃん」
そんなヤンキー少年に後ろから静止の声がかかった。
見ればヤンキー少年の後ろにさらに三人の同じく学ラン姿の少年が控えている。全員何かしらのスーパーの袋をその手に持った状態だ。
そして、何故かヤンキー少年に話しかけた少年の頭には毛が無い。
まさかのスキンヘッドである!
「うっせーよ、黙ってろ、ハゲ。そして、この袋持ってろ」
「ひどいっ!?」
口悪いなぁ…。
でも、スキンヘッド少年は言われるがままリンゴの入った袋を持って一歩下がる。意外と素直だ。
「あのさぁ、さっきから勝手に何言ってんの? 格好つけるのはいいけど、キミには関係ないでしょ。キミがどう感じたかなんて知らないよ」
そんな中、さっきまで私の手を掴んでいたチャラ男が軽薄そうに口を開く。
どうやらチャラ男はヤンキー少年に対して一番早く冷静さを取り戻したらしい。
「キミの制服、黒曜寺高校でしょ。ここらじゃ最底辺の公立高校。まぁ、君達みたいなのがいるのも納得だ」
「ああ?」
そのチャラ男の煽るような言葉に、ヤンキー少年の後ろの三人の眉がピクンと動く。しかし、チャラ男は馬鹿にしたように続ける。
「でもさー、流石に暴力事件はまずいでしょ? 僕たちはキミたちとは違ってちゃんとした学校にいるわけだし、彼女に至っては水花院だ。大事になる前に回れ右した方がいいんじゃない?」
ニヤリと口元に嫌な笑みが浮かんでいる。絶対にヤンキー少年たちが手を出せないと確信しているようだ。そしてどうやら私と友達という立場を無理やりに通すつもりらしい。
否定したい。でも、情けないことに声が出ない。
「ハァー―――――――――」
しかし、そんな余裕を呆れたようなヤンキー少年の溜め息が打ち破る。
「なぁ、ハゲ。これって、まだ兄ちゃんと姉さんとの約束を満たしてねぇかな?」
そして、チャラ男を無視するかのように背後のスキンヘッド少年へとそう問いかける。
兄ちゃんと姉さんとの約束?
「確かにムカつくけどそれは俺らの主観だしな~、まだ確実とは言えんだろ。つーか、その子に聞けばいいじゃん」
「それもそだな。いいこと言ったな、ハゲ」
「ああ。そして、次ハゲって言ったら昼寝中のお前を俺と同じ髪型にしてやるかんな」
「アホ、だれがそんな髪型になるか。――おいあんた!」
ええっ、私!?
いきなりヤンキー少年がこちらを睨み付けてながらそう叫ぶ。
「わ、わたひ…!?」
「いや…あんたしかいねぇーだろ」
ですよね!?
そして思いっきり噛んだ…。
しかし、少年は私のそんな様子を気にせずにこちらをまっすぐに見つめている。
それが何故か少しだけ私を冷静にさせた。
「単純に聞く。そいつらホントにあんたの友達か?」
「え、えっと…、その…、わっ、わたし…」
「長い! ”はい”か”いいえ”!!」
「!? いっ、いいえ!! 女の方にカツアゲ、男の方に痴漢されかけてましたっ!!」
ヤンキー少年の怒号に反射的に口が動いてしまった。
そして、一瞬後にまた完全に余計なことを口走ったと認識した。美月以下五名から不快そうな舌打ちが響く。
…ああ、これは終わった。何なんだろう、今週の私の口は…
これから先に自分の身に振りかかることを想像し、よくしゃべる口に恨み言をぶつける。
しかし、
「うむ、単純でわかりやすい説明だ」
私の答えにニヤリと笑う、そして目の前には拳を握るヤンキー少年。
その視線はチャラ男へと向いている。
……え?
ちょ、まさか…
だが、肝心のチャラ男は気付いていない。
「クソが! ふざけん―――、グハァ!!??」
私へと苛立った声で何かを言おうとした瞬間に、チャラ男の顔面へとヤンキー少年の拳が突き刺さった。
――えっ、えええええええええええええ!?
綺麗な右ストレートだ。
ヤンキー少年の拳は綺麗に振りぬかれ、チャラ男は反応さえできず吹っ飛び地面に倒れ込む。
そして、ピクピクと痙攣するとやがて動かなくなった。
――えっ、えええええええええええええ!!!???
「K・O。ユー・ルーズ」
いきなりの出来事に衝撃を受ける私とは裏腹に、ヒューっと小気味のいい口笛と共にスキンヘッド少年が目の前の結果を端的に告げる。
…って、いやそれどころじゃないでしょ!!
「ちょ!? なにやってんですか!! これ、死んじゃったんじゃないんですか!?」
「アホ言うな。プロの格闘家でもない学生のパンチ一発で死ぬほど人間は脆くできてねぇよ」
手慣れたふうに拳を握ったり開いたりしながらの呆れた様なヤンキー少年の声。
たしかによく見るとチャラ男からは呼吸の音が聞こえる。どうやら本当に気を失っているだけのようだ。しかし、だとしても問題はそれだけではない。
「そっ、そうだとしてもあの人たちの言った通り暴力はまずいんじゃ…!?」
そうだ、確実にこのことが彼の学校に伝われば問題になってしまう。
状況が状況とはいえ先に手を出したのはヤンキー少年。
彼らには何の罪もない。それどころか完全に無関係な私のための一撃だ。しかし、私にはどうすることも……
「わ、私のせい…で…」
「――ああ、それは心配いらねぇよ」
「?」
私の心の内を見透かしたように、ヤンキー少年は仏頂面でそう告げる。
「て、てめぇ…! やりやがったな!!」
「ふざけやがって!」
しかし、その言葉の意味を私が訪ねる前に残りのチャラ男二人が激高した。
バッと手を制服の胸の内へと入れて、何かを取り出そうとしている。
が、
「はい、どーん」
「よっと」
そう軽い掛け声と共にヤンキー少年とスキンヘッド少年の仲間と思われる二人の少年の拳と蹴りがチャラ男二人の腹にめり込む。
その一撃でチャラ男二人は地面に膝をつき、蹲ってしまった。
ヤンキー、つよっ!!
一瞬でチャラ男軍団を制圧してしまった。
初めて見たどう見ても喧嘩慣れしている動きにそんな単純な感想しか出てこない。
「おーい、キミ~。大丈夫か?」
そして呆気にとられる私に、まさかのスキンヘッド少年から声がかけられる。
うわっ、本当に髪ないよ!? なんで!?
「えーと…もしもーし、聞こえてないのかな?」
「突然、若ハゲに話しかけられたら誰だってビビるだろうが。一人だけ何もしなかったのに勝手にでしゃばるな、ハゲ」
「――前言撤回だ。二葉、今からてめぇをオシャレ坊主にしてやるよおおおぉ!!」
「おーし、上等だ。ただ後ろに突っ立てただけのハゲごとき一発でのしてやる!」
そのスキンヘッド少年の問いに私が答える前になぜか身内で新たな火種が勃発し、殴り合いが始まった。
いや、何でだよ!?
正直、もう私の精神が付いていける領域はすでに超えてしまっている。
というかこのカオス極まりない状況に対応できる人間など存在するのだろうか?
というか私、この一週間で変な人に会いすぎじゃない?
現実逃避に近いそんな感想を漏らしながら、
「ハハッ…」
と渇いた笑いを漏らすしか、私にできることは無かった。