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2話 西堀くんは一途です

 

 一瞬にして、空気が静まり返る。

 先程まで熱の入った声で話していた川上さんもまるで時間が止まったかのようにピタッと硬直したまま動かない。

 『呆然』という言葉のお手本のような顔だ。

 

 中々動きが豊かで面白い子だな、この子。

 ふとそんな少し不謹慎な思いが浮かぶ。


「………えっと、つまり西堀先輩は、…男性の方をあの…恋愛対象にされる方だということですか?」


 喉から強引に絞り出したよな戸惑い満載の川上さんの声。

 言葉使いも少し変だ。

 しかし、この質問は意外と僕という人間の本質に鋭くメスを入れている。


「うーん、その質問はYESでもありNOでもあるんだよね」


 的を得ないような回答。当然、川上さんは顔をさらに疑問の色に染める。

 表情もコロコロと変化し豊かな子だ。


「あのね、僕は普段女性を見て普通に可愛いなとか綺麗だなって恋愛感情に繋がる思いを抱くんだ。――でもね、」


 そこで言葉を区切り、


「たまたま、これまで生きてきて一番好きになってしまった人は男性だったんだよ。うん、ただそれだけなんだ」


 川上さんが呆気にとられたような顔でこちらを見上げる。

 それはそうだろう。満を持して告白した相手から自分が好きな人はあなたとは違う性別ですと言われたのだ。

 そりゃ、そうなるよ。トラウマものだ。

 

 でも、この話を始めると止まらないのが僕の悪癖で、


「でね、その人はせいじろうくんっていうんだけど言うんだけど。あー、ちなみに漢字でどう書くかは僕も知らないんだ。昔、僕がいじめられているときに颯爽と手を差し伸べてくれてね、いやーホントにかっこいい人なんだ! そのおかげで今の僕があると言っても過言じゃない。いや、もし彼に会わなかったら今の僕は絶対に存在しない。それくらいの運命を変える出会いだった。あの人に見合うために、あの人との約束を果たすために運動も勉強もその他のこともしっかり取り組んできたわけだからね。といっても、実は最後に会ったのは11年と203日前なんだ。でも、いつかいきなり再開することもあるとそう僕は信じてるんだ。彼ともあの日約束したしね。だから日々精進! あっ、そうだ川上さん、よかったらせいじろうくんの写真見るかい? 五歳のころだから横にいる僕もあんまり面影はないと思うんだけど、はいこれ。―――ってあれ?」


 口から蛇口の壊れた水道の様に言葉が溢れ出す。昔からこれだけは治そうと思っても治らないんだよね…。

 そしてそこまで話して前を向くと、目の前にいたはずの川上さんの姿が消えていた。

 よく見ると校舎の影へ走って消えていくスカートが微かに見えたところだった。


「ちょっと、川上さん。そんなに走ったら危ないよ! というか写真見なくていいの!? すっごい可愛いよ!」


「もうこの学校やだ―――!!!」


 僕の言葉は届かず、そんな絶叫だけが僕の耳に届いた。

 そして、そのまま川上さんは消えてしまった。まぁ、ショックだったのだろう。川上さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 それにしても本当に大丈夫かな。転んだりしなければいいけど…


「…だいじょうぶ、川上さんならすぐに僕なんかよりずっと素敵な彼氏ができるよ」


 一人ポツンと取り残された僕はポツリと最後に彼女に伝えようと思っていた言葉を誰もいない校舎裏で呟く。

 

 グーッと背伸びをしながら、踵を返して、頭を切り替える。

 さて、今日も頑張らねばならないことがいっぱいだ。アルバイトは休みだから、今日は帰ったらランニングの後に勉強だ。

 

 見上げた空は夕日で染まりつつあり、ひとつの恋が終わりを告げたことを表している様だ。


「せいじろうくん、キミも今この空を見ているのかい?」


 我ながら気持ち悪いのは承知の上だが、夕焼けを眺めながらポツリとそう漏らす。


 正直、自分でもこの感情はおかしいとう自覚はあるのだ。

 彼と最後に会った11年と203日前。その時まで、僕は彼に抱いていた友情だと思っていた。

 でも、目の前から彼が消えて、自分のこの思いがそれとは別の意味を持つことに気付いた。


 正直、これから彼と運命の再会を果たそうともこの思いが成就することは無いだろう。

 なぜなら、彼は男で僕も男なのだから。いや、それ以前に僕のことなど忘れている可能性だってもちろんあるのだ。

 ネガティブに考えればいくらでも自分のやってることの意味を否定することもできる。


 でも、それは意味は否定できても思いは否定できない。

 彼への思いが無ければ、今の僕は存在しないのだから。


 だからさ、せめて何らかの形で決着をつけるまでは僕はキミを一途に思い続けるよ。


「まったく、それにしてもそろそろ手がかりの一つでもくれてもいいんじゃないかい?」


 だって、僕はキミに会うためにこの学園に入学したんだからさ。

 あの日のキミの言葉通りに――。

 

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