19話 北風くんは小学生である真実に気付く
唐突だが、俺には三人の姉がいる。
四つ上の沙月姉さん、五つ上の涼香姉さん、七つ上の梢姉さん。
そして、俺はこの三人の姉が小さいころから苦手だった。
始まりは幼稚園の頃だろう。
俺は姉さんたちに毎日いじられていた。いや、この言い方には少し誤謬があるかもしれない。
姉さんたちからすれば、俺は姉弟の中で歳の離れた唯一の弟。そんな俺を姉さんたちは可愛がってくれていたのだ。しかし、その可愛がり方が少し乱暴だった。
俺が一人で遊んでいると、すかさず三人が俺のもとへ来て強引に手を引いて連れ去る。
そして、三人とも活発な性格をしているので俺は色々と無茶をさせられた。
一緒に森へ入ったり、山へ登ったり、川で泳いだり。
姉さんたちにとってはそれらは楽しいことだし、俺が怪我をしないように最低限の注意はしてくれていた。
でも、幼い俺にとってはそんなこと理解できるはずもなく、姉たちと過ごす日々は恐怖でしかなかった。
しかし、そんな俺にも心を癒せる場所があった。
それは幼稚園。
そこにいた同じく同年代の女の子たちは、姉たちとは全く違っていた。
姉たちのように自分を無理やり引きずったりしない。
姉たちのように自分を無理やり肩車して走り回ったりしない。
姉たちのように自分を無理やり三人でお風呂に入れたりしない。
当たり前のことなのだが、そんな彼女たちが俺にとっては癒しだった。
正直、当時俺はクラスの女の子全員に恋をしていたに等しいのかもしれない。我ながら単純な男の子だったと思う。
そして、運がいいのか悪いのか、俺は容姿が同学年の男の子に比べて恐ろしく整っており、幼稚園でモテモテだった。
当時、俺はそんなみんなが可愛くてしょうがなく、そして彼女たちも俺を好いてくれていたため結婚の約束をたくさんしていた。と言っても、ホントに小さな子供がするような口約束にすぎないが。
しかし、それを家に帰って父親にだけこっそり話すと「マセガキめ」と頭を小突かれた。
そして、六歳になり小学校に入学した。
俺の通っていた幼稚園は私立へ進学する子たち以外は大体同じ小学校に進学する。つまり、幼稚園で一緒だった女の子たちも同じ小学校だ。
そして、もちろん他の幼稚園の女の子たちも同級生となる。
俺が通っていた幼稚園にだけ可愛い女の子がそろっていただけだ。
小学校に入学する前、俺はそんなふうに思っていた。
しかし、それは間違いだった。
全員可愛かった!
そして、全員に恋をした!!
浮つきすぎだし、チャラ過ぎるだろと思われるだろう。
しかし、それは純然たる事実だったんだから仕方ないじゃないか!
そして、二度目になるが俺は容姿が整っていた。
その上、姉たちとの過激な交流によるところも多いだろうが俺は女子と話すのが上手かった。更に言うと、運動神経もよかった。
小学校時代は足の速い子がモテる、なんて言われることもあるが確かに運動神経も俺の幼きモテ要因の一つだったのだろう。
つまり、何が言いたいかというと――俺は小学校でもメチャクチャモテた。引くほどモテた。
例を挙げてみよう。
よく、漫画などで昔から好意を持ってくれている幼馴染の女の子が登場したりするだろう。
俺の場合、幼稚園からの同級生の九割、そして小学校の同級生の大半があの状態だった。
俺を中心とした可愛い女の子だけのハーレム。
幸せだった。
毎日が幸せだった。
家に帰れば姉からのスキンシップが待っていたが、それを差し引いても毎日毎日が天国のようだった。
――そして、そんな幸せの時間はずっとは続かなかった。
初めは小さな違和感だった。しかし、それが全てを壊す綻びの始まりだった。
今でもその瞬間は鮮明に憶えている。
小学四年生の夏休みが明けた頃。
違和感の始まり、それは山松真里ちゃんという一人の女の子からだった。
真里ちゃんとは幼稚園からの同級生。結婚の約束をした仲だ。
そんな真里ちゃんを夏休み明けの小学校で見て、なんだか胸がざわつくような感じがした。
なぜだろう?
そのときは理由は分からなかった。しかし、何故か夏休み明けの真里ちゃんを見た瞬間から、今まであんなに可愛かった真里ちゃんが全く魅力的に見えなくなってしまった。
しかし、それは真里ちゃんだけじゃなかった。
二学期の中盤に小学校から一緒の鈴ちゃん。冬休み中に街で見かけた幼稚園から一緒の紗理奈ちゃん。
段々と仲の良かった女の子たちが魅力的じゃなくなっていく。
そして、それは加速度的に増え続けていった。
何故?
だれにも、もちろん彼女たちにも言えない悩みが頭の中で膨らんでいった。
小学校六年生になる頃には、姉たちに似た苦手意識のようなものさえ感じる子が出てきた。
そして、小学六年生の7月。夏休みが始まる直前の学校で俺はその理由をついに知ることになる。
その日の帰り、いつも通り下駄箱から靴を取り出すとヒラリと一通の手紙が地面に落ちてきた。
あらかじめ下駄箱の中にあったのだろうその手紙には「大切なお話があるの、三階の空き教室に来て」とだけ書かれた本文と山松真理という差出人の名前が添えられていた。
小学六年生の頃には真里ちゃんはオシャレ小学生と化していた。
聞いたところによると小学生向けの雑誌でモデル業にも勤しんでおり、真里ちゃんは身長も高く、カッコ可愛いかったため、同年代の女の子たちから人気もかなりあるらしい。素直に凄いと思う。
髪の毛もカラーリングしており、爪にはマニキュア、腕にはシュシュ、その他もろもろのオシャレアイテム。小学生にしてこのオシャレ力はやはり目を引いた。
そんな真里ちゃんは同学年の男子からモテモテだった。でも、そんな彼女に彼氏はいない。
それは俺の目の前で顔を少し朱に染めて、モジモジしている彼女自身が証明している。
「ご、ごめんね、良若くん。いきなり呼び出したりして…」
「ん、別に大丈夫だよ」
いつもとは違う声音。
一応俺も十二歳の小学六年生。これから何を言われるかは見当がついていた。
「あ、あのね…あの、私、良若君が好きです! ずっと幼稚園の頃から好きでした! あの、だから…私と付き合って下さい!!」
ストレートな、そして思いのたけを心からぶつけたような告白だった。
真里ちゃんの顔はすでに赤を通り越して紅蓮になっている。
うん、と頷けばいい。
そうすれば、真里ちゃんと恋人だ。
真里ちゃんの彼氏になったらみんなから羨ましがられるぞ。みんなに自慢できるぞ。
こんな素敵な子が彼女ならさぞかし楽しいだろう。来年から入学する中学校でも日々も彼女がいれば一段と華やかになる。
小学生からお付き合いというのは早い気もするが、今の子たちにとってはそんなこと普通だ。
そうさ、幼稚園から一緒なんだ。気心も知れている。
またあの頃みたいにずっと一緒にいれば大好きになれるさ。
心の中で声がする。
そして、それに従うと決めた。
「う…」
「う?」
しかし、それは途中で止まる。動悸がする。心臓の音が大きい、でもこれは純粋なドキドキとは違う。まるで病気の様にドックン、ドックン言っている。
そんな俺の様子に気づかずに真里ちゃんが不思議そうな期待の入り交じった顔でこちらを見ている。
早く答えてあげなければ。
そう思えば思うほど動悸は加速していき、
「ごめん!」
そう言って、俺は真里ちゃんを残して空き教室を飛び出した。
向かう場所まで全力で走る。
そして、
「う、げぇっ! おえええええええっ!!」
辿り着いたトイレで思いっきり吐いた。メチャクチャ吐いた。
凄く苦しいがそんな中、何故か脳だけは凄まじい早さで回転していた。
苦しいのに頭だけがクリアだ。
そして、
「……ああ、そっか」
全ての真相を得た俺は両手で便器に寄りかかり、空虚な声で呟いた。
簡単だったのだ、誰でもわかるくらい。
俺が初めて真里ちゃんの違和感に襲われた時、それは俺が幼稚園の時の涼香姉さんの年齢と同じ小学四年生の頃。
今まであんなに可愛く見えていた同級生の女の子たちが急にその魅力を失ったかのように色あせていったとき、それは俺が幼稚園の時の彩月姉さんの年齢と同じ小学五年生の頃。
そして、同級生のそれもとびきり可愛い幼馴染に告白されて何故か便器と向き合っている今、それは俺が幼稚園の時の梢姉さんの年齢と同じ小学六年生の頃。
ああ、そっか。なるほどね。
幼稚園の頃、同級生の女の子がみんな可愛く見えた。きっと、この幼稚園にはすごく可愛い子が集まってるんだと思った。けど、それは間違いだった。
小学校低学年の頃、同級生の女の子がみんな可愛く見えた。きっと、この小学校にはすごく可愛い子が集まってるんだと思った。けど、それは間違いだった。
そう、とても単純な話だったんだ。
俺が彼女たち全員を可愛いと思えていたのは、彼女たちがまだ俺が恐れた姉さんたちの年齢まで達していなかったから。
いや、ちょっと待て…。
その考えだと、俺はつまり、その、なんというか――
「ロリが好きなだけだったんだーーーーーーーーー!!!!」
絶叫が木霊する。
ふーっ、ふーっと息を吐き呼吸を整える。
場所は近所のファミレス。時刻は午後四時半。
時間帯が時間帯だけにファミレスには学生が多く、喧騒に満ちている。
そのせいか俺の声はあまり響かなかった。しかし、結構な大声であったため周りの席の学生たちはギョッとした顔でこちらを見ていた。
ゴホンと咳払いを一つ。
そして、俺は目の前に座る話し相手の二人へと再び目を向ける。
そこには二人のイケメン。
向かって左側に座るのは短めな黒い髪をしているキリっとした顔の爽やかなイケメン。身長も高めで体も鍛えられており、おまけに頭もよく、性格もいい。
今も、うんうんと頷きながら真面目な顔で俺の話を聞いてくれていた。
向かって右側に座るのは茶色の髪にパーマをかけた柔和そうなイケメン。変態であり、ボンボンだ。
終始イライラした様子でポテトを口に放り込んでいる。そして、その男はそのままコーラをグイッと飲み干すと、
「つーか、何!? 大事な話があるって言うから来てみたら、おまえがロリコンに覚醒した話なんて毛ほども興味ねーよ! おまえ、俺は今日けっこう大事なイベントがあったんだぞ! シリアスな感じで話し始めやがってどんなオチだ! ふざけんな、変質者が!!」
「まあまあ、遊くん。落ち着いて」
いきなり堰が切れたかのようにブチギレる。それを左側のイケメンが抑えにかかる。
まったく、これだからこのアホは…
「一途の言うとおりだ。落ち着け、遊」
「おまえがいなかったら終始落ち着いてるっての! つーか、まじで俺、帰っていい? 今から行けば、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの椎橋すみれさんのサイン会にギリギリ間に合いそうなんだけど」
「友人の頼みよりサイン会を選ぶつもりか!?」
「うん、即決。そもそも世話んなってる一途の頼みならともかくお前の頼みとか聞く義理は無いし。じゃあ、チャオ」
そう言って颯爽と走り去ろうとする男の腕をガッチリ掴む。
こいつは一途とは違い体型は普通のためこれくらい大差ない。
「そうはいかないぞ、遊。まだ本で言えばプロローグを話しただけだ。そして、これを聞いたからには最後まで付き合ってもらうぞ」
「なおさら、帰るっつーの! つーか、さっきのでプロローグってどんだけ長く話すつもりだ! おまえのことに、俺も一途もおまえが思っている以上に興味ないから! さっきも言ったけど毛ほどもねーから!」
腕を離そうともがく遊をがっつりホールドして、席へ戻す。
「うーん、青春だね」
そんな俺たちの様子を見て、コーヒーを飲んでいた一途がにこやかに呟いた。




