18話 傾城さんはその結末を見届ける
…は?
…え?
…ん?
頭の中に疑問符が浮かんでは消えていく。
いったい何を言ってるのだろうか、この人は?
しかし、お嬢は何故か自信げに「どうだ」と言わんばかりの顔でこちらを見ている。
いや、えーと。その…
「つまり…どういうことですか?」
何から何までわからずに漠然と質問を返す。
するとお嬢は待ってましたとばかりに口角を上げる。
「水花院は初等科からです。つまり付属の幼稚園などはありませんよね。そして、澄屋敷家は代々水花院初等科入学までの間、正確には4~5歳程度の一年程、外の世界を知るための教育をうけます。――つまりその一年間に私は幼少時の一途様に出会ったんです」
「えーっと、じゃあなんですか。西堀はその当時のお嬢を男と勘違いして、なおかつ5歳のお嬢に惚れて、今まで片思いしていたってことですか…?」
「まあ、かいつまんで言うとそうなりますわね。実は水花院入学前はお父様の方針で男の子の格好をしていたんです。水花院に入ると女子生徒は問答無用でお嬢様としての教育を受けますんで、今のうちにズボンを穿いてみたり、外で遊んでみたりをしておけと―まあそんな理由でしたわ」
「なっ……」
呆気にとられて、言葉が出ない。
しかし、つじつまが合うのも事実。
いきなり会って数週間で会話もしたこともない西堀に惚れたのは、実は十年前に会っていたため。
そして、告白後の何故か嬉しそうなお嬢も説明がつく。
振られたと思ったら、相手は十年前の自分にずっと片思いしており、それに気付かず目の前でその思いの全てをぶちまけられたのが。
まぁ、特殊な形の告白ととってもいいだろう。
恐ろしく奇妙な感覚なんだろうが、嬉しかったのだろう。
ん? でもまてよ。
「じゃあなんで、自分の正体を明かさなかったんですか?」
当然と思える疑問を口にする。
だってそうすれば――
「…はい、確かにそうすればきっと一途様は最初は驚くでしょう。でもきっと私を受け入れてくれると思いますわ。でもね、花凛。本当にそれでいいんでしょうか?」
「?」
「正直十年前、私が幼き日の一途様に抱いていた感情はきっと恋愛感情だったのだと思います。でも、それは私が自分が女、一途様が男だと知っていたからです」
「まあ、そうですね」
「でもですよ、一途様は私を男と勘違いしながらもその当時の私を想い、そして約束した通り勉学も運動も何もかも頑張って今の素晴らしい方に成長して、超難関と言われる水花院の学力試験を首席で突破し、何もかも私の望んだとおりになり、私の前に現れました」
その約束の内容は分からない。でもきっと、話から察するにきっと大切なものだったんだろうことは分かる。
「でも、そんな一途様にいきなり私が十年前のあなたの思い人だと打ち明けて、お付き合いするのはズルではありませんか。私は彼を一年間、いえ会わなかった期間を数えると十年以上騙していたんですから。そんな方法では彼の隣に立つ資格は私には得られません」
「――じゃあ、諦めるんですか?」
聞いておいてなんだが、この質問に対する返答はすでに分かっていた。
それにお嬢の考えも。
だってあたしはお嬢の側近ですから。
「いいえ、それは澄屋敷姫乃としてありえません」
「ですよね」
「ええ、ならば私がとるべき手段は一つ。十年前のことはこの思いが成就するまで一途様に明かすつもりはありません。彼は十年の歳月で約束通り成長して私の前に現れました。ならば私も今のまま。この十年間の全てを込めて、彼と会ったせいじろうではない、完全無敵のお嬢様――澄屋敷姫乃として彼を落としてみせますわ!」
誇らしげに屋上にお嬢の宣言が響く。
容姿はお会いした時とずいぶん成長して変化したが、こういう所は一つも変わらない。
ああ、やっぱりかっこいいな…
十年前の西堀もお嬢のこういうところに惹かれたのかもしれない。
ならきっとこの初恋を巡る戦争の結果は、見えている。
だって、お嬢はすがたかたちは変わっても、根っこの一番輝かしい部分は変わってないのだから。
「――花凛、あなたは一番近くで見ていなさい。私が彼と本当の意味で両思いになるまでを」
「全く大変な役割ですね。…はぁー、わかりましたよ。じゃあ、あたしがしっかり見届けさせていただきます」
「ええ、それでこそ私の相棒――傾城花凛ですわ」
お嬢がニヤッと笑いかけ、あたしも一つ息を吐くと同じく笑った。
まったく大変な役割を押し付けられたものだ。
これはとある初恋をめぐるとても奇妙な恋物語。
すでに両想いの男女が互いを落とすため、全力で頑張るそんなお話。
主役は西堀一途と澄屋敷姫乃。
この二人がどんな結末を迎えるのか、特等席で見させてもらいますよ。
――頑張ってくださいよ、お嬢。西堀一途をおとせるのは本当にお嬢だけなんですから。