17話 傾城さんとあの日の約束
もうあの日から一年が経つ。
誰にも知られてはいけない、でもいつかは知らせなければいけない秘密。
あたしとお嬢だけの間でその秘密にかかわるあの約束が生まれた日から――
***―――――
「私は、愛の告白しますわ!」
「……は?」
唐突にドヤ顔でそう宣言した主を前に、ついついそんな声が口から漏れる。
しかし、当の本人は何故かやけに上機嫌で胸を張っている。
しっかしまた胸でかくなったな、お嬢…。
「…えーと、はい、頑張ってください」
「頑張ってくださいじゃありませんわ! もちろん力をお借りしますわよ。いえ、花凜だけじゃありません此度は澄屋敷の使用人多数の力をお借りしますわよ」
「えー。絶対、あたしがじじいに小言言われますよ」
一応、定式的に愚痴っぽく言ってみる。
まあ、そう言いつつしっかり準備はしますけど――
「どうかお願いしますわ、花凛」
「ちょ、ちょっと!? お嬢!?」
「この通りですわ」
しかし、予想外のことにお嬢は真剣なまなざしをこちらに向け、洗礼された動作で頭を下げた。
思惑と異なる行動に焦る。
「や、やめてくださいよ! そもそもお嬢の命令とあらばあたしは何でも聞きますから!」
ついそんなことを言ってしまう。
だってこんな真剣なお嬢のお願いは初めてだったから…
私の了承の言葉を聞き届けてお嬢は顔を上げる。
今まで見た中で五本の指に入るくらいの笑顔だった。
「ありがとう。決行は三日後ですわ。では、頼みましたわよ。花凛」
そう言って踵を返し部屋に向かうお嬢。
後姿からも機嫌のよさが伝わってくる。というかスキップしている。
そんなお嬢を見送りながらやれやれと首を振り、頭を仕事モードに切り替える。
まったく、お嬢の思い付きにも困ったもんだ…
今回は愛の告白かー
ん?
愛の告白?
あいのこくはく?
アイノコクハク?
「………愛の告白!?!?!?!?」
澄屋敷家の廊下にあたしのの大声が反響した。
*****―――
お嬢は美人だ。
これは側近としての贔屓目を抜きにしてもそう思う。
おまけにスタイルもいいし、性格も……まあ、変わってはいるけど根っこのところは優しいし素直だ。
お嬢のお側に就いて、そろそろ十年が経つ。
この人のために生きよう、そんな決意は揺らぐことは一度もなかった。まあ、本人には絶対に言わないが。
長らく語ったが何が言いたいかというと、自慢の主だということだ。
そんなお嬢が惚れた相手。
きっちりこの三日間で調べあげた。
西堀一途、水花院学園一年。
高等部からの入学生で学力入学テストを首席合格の秀才。
家は一般的な中流家庭。父、母、弟一人、妹四人の大家族。ただし、両親ともに体が弱く現在は入院中。そのため、生活費は両親の貯金と西堀一途自身のアルバイト代で賄われているらしい。
住居は水花院近くの平屋の一軒家。登校手段は自転車。部活は未加入。
性格は比較的温和で大人びており、善人。
身長177センチの体重67キロ。
etc…。
数々の情報の中でも、特に目を引くのがその整った容姿だった。
中学時代は何度も告白を受けたらしい。しかし、異性との交際経験は無し。
盗撮した西堀の写真を眺めながら、眉間に皺が寄るのが自分でもわかる。
あたしはあまり見た目を気にするタイプじゃないんだが、お嬢もやっぱりこの爽やかイケメン顔にやられちゃったのだろうか?
何はともあれ、お嬢が惚れた相手。
ならば従者として、応援するだけの話だ。
そんなふうに思っていた。
「いやー、振られてしまいましたわ」
そんな言葉が放課後、校舎裏から帰ってきたお嬢から聞かされる。
「ふ、振られた? お嬢が?」
予想外の出来事に困惑し、口からそんな疑問だらけの声が漏れる。
お嬢を振れる男なんているの!?
しかし、それ以上に分からないこともあった。
それはお嬢の様子だ。
この三日間だけだが、お嬢が本気で西堀を思っていたのはよく伝わってきていた。
そんな相手に振られたのならいくらお嬢でも落ち込むはず。たとえその気持ちを隠そうとしてもあたしならすぐにわかる。
しかし、今のお嬢は何故か笑顔だ。
いや~、まいったまいった、と言わんばかりの顔。
長い付き合いだ。目の前の笑顔が虚勢や我慢ではないことはわかる。
「どういうことですか?」
「どういうこととは?」
「わかるでしょ。何でそんな機嫌がよさそうなんですか?」
「フフッ、そうですね。あなたにだけは話しますわ、花凛。家に着いたら澄屋敷家の屋上にいらっしゃいな」
あたしが心から疑問に思っているのを感じ取ったかのように、お嬢はそう告げた。
あー、お嬢の気持ちが全然わからん! 何がどうなっているのよ!
*****―――
家に着き、制服のままお嬢に言われた通り屋上を目指す。
そこは澄屋敷家の現当主。つまり、お嬢のお爺さんの提案でつくられた屋上。
風が吹き抜け気持ち良く、街が一望できるとお嬢は昔から好きだった場所。
そのドアの前まで来て、勢いよく開ける。
すでに、そこにはお嬢の姿があった。
風がきれいな長髪を揺らす。
そしてあたしの姿を確認するとニッコリ笑って、手招きをした。
「いらっしゃい、花凛」
「で、話ってなんですか、お嬢?」
そう言いつつも今回の告白のことだということは分かっている。
冷静に考えてみれば今回の告白にはおかしな点がいくつもある。
今まで浮いた話など全くなかったお嬢が会って数日、会話もしたことのない西堀に惚れたこと。
その西堀がこんなに完璧なお嬢をキッパリ振ったということ。
そして、告白後の何故かあからさまに嬉しそうなお嬢のこの態度。
いくつか贔屓目は混じってる気がしないでもないがこれはこの際どうでもいい。
「まずはこれは今回の告白の全貌ですわ。他言無用ですわよ」
そう言うとお嬢はポケットから録音機のようなものを取り出した。
って、盗聴してたんかい!
――とツッコミたくもなるが、興味が勝った。
ジジッ、っとノイズのような音が初めに鳴り、そこからお嬢の声が聞こえ始める。
そして、録音機から流れる告白の一部始終にあたしは耳を澄ませた。
「変態野郎じゃないですか!?」
録音を聞き終え、思ったことを叫ぶ。
前半の態度から西堀が変わっているが悪いやつではないことは分かった。しかし、その印象も後半で覆された。
生き生きと十年近く会っていないの思い人(同性)について語る西堀。
人の性的思考にあれこれ文句を付けるつもりは無いし性的な差別意識があるわけでは無いが、これは相当だろう…
「失礼な、変態なんかじゃありませんわ!」
「えぇ!?」
そこ否定するんですか!?
思わぬお嬢の反論にたじろぐ。
てっきりとんでもないお断りの理由にショックを受けることが無かったのかと思ったが、そうでもないらしい。
「ねぇ、花凛。一途様の思い人、せいじろうと言ってますわよね」
「え、ええ。そうですね」
いきなり話題を変えるお嬢に相槌で返す。
というか、一途様って…
「まず始めに率直に言いますわ。実はそのせいじろうなんですけど――」
そのとき何か――とんでもないことを言われる気がした。
ざわっと肌が泡立つ。
あくまでそれは勘だ。でも十年来の勘だ。
まさか、亡き者にしろ、とか言いませんよね。ありえないとわかっていてもちょっと怖い。
しかし、お嬢の口から飛び出してきたのはそれよりはるかに予想外の言葉で、
「―――実は十年前の私ですの」
「…………………………………は?」
屋上の時間が止まった。
えーーっと……何を言ってるんだ、このお嬢様は?




