16話 西堀くんは誓いを貫き続ける
今から十年以上前。
それはまだ彼に出会う前。
僕はいつも気弱でうじうじしており、人と話すのが大の苦手だった。
その上、運動も勉強も何にもできなかったため、通っていた幼稚園では友達なんか一人もいないかった。
そして、そんな僕はいつもいじめっ子たちの格好の標的だった。でも僕はダメダメだから反撃も反論もできないかったのだ。
そんなある日のこと。
幼稚園年長に上がって少し経った日だ。
いつも通り幼稚園から家の間にある公園でブランコに乗って遊んでいた。
僕の家は幼稚園のすぐ側にあったため帰りは歩いて帰っていた。そして、一人でこの公園で遊ぶのが微かな楽しみだった。
「ねぇ、君…一人なのか?」
「え?」
そんな僕の後ろからいきなり声がかかった。
驚き、振り返る。そこには僕と同じくらいの歳で髪が少し長めの整った容姿をした子どもが立っていた。
服装は少しだけ高そうなしっかりした生地のズボンにシャツ姿。
「え、えっと…、ひ、一人…」
「そうか、一人なんだ! 名前はなんていうの?」
僕の声は消え入りそうな声だったが、その子は生き生きとした様子で矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。
その様子に圧倒されるが再び、
「い、いちと…」
と蚊の鳴くような声で名乗る。
「へぇー、いちとっていうんだ。変わってるけどいい名前だね。ねぇ、いちと。もしよかったらさ、…えーっと、俺と友達にならない?」
しかし目の前の少年は、僕のうじうじした言葉に機嫌を悪くするわけでもなくニッコリ笑って手を差し出してきた。
いきなりの事態に考えが追い付かない。
でもこの手を取らないと激しく後悔する、そんな漠然とした予感があった。
だから、
「う、うん! 友達になりたい!」
なけなしの勇気を振り絞って、僕はその手を取った。
*****―――
それから僕の日常は大きく変わった。
もちろん幼稚園での生活は今までのまま、変化があったのはその後だ。
幼稚園が終わった後にあの公園で初めての友達と二人で遊ぶ。それが僕の日課であり、毎日の楽しみになっていた。
一緒に遊ぶ中でいろんなことを知った。
どうやら彼は家の事情で幼稚園や保育園に行っていないらしい。だから僕みたいな友達と遊ぶのも初めてだったらしい。
まあ、僕も初めてなんだけど…
どうやら彼は僕とは違い色んな事が出来るらしい。一緒にボールで遊んだり、縄跳びをしても僕よりずっと上手い。
まあ、僕が下手過ぎてというのもあるけど…
それに僕の知らない色んなことを知っていて、それを僕に教えてくれた。
まあ、僕が知らなすぎたというのもあるけれど…
そんな中で何故だか彼のの名前だけはいつまでたっても教えてはもらえなかった。彼も意図的に避けている様だった。
でも、正直そんなことはどうでもよかった。
楽しく一緒に遊べればそれでよかった。
しかし、楽しい時間はすぐに過ぎ去るものでいつの間にか一年近くが経とうとしていた。
来年からは小学生。
もしかしたら一緒の学校なんじゃないかと期待していたんだ。
そして、幼稚園の卒園式を終えた次の日。
休日のにも関わらず遊ぶ約束をしていた僕たちはいつもの公園にいた。
しかし、公園で待っていた彼の表情はいつもより何となく暗い。そんな気がした。
何故か胸の奥がざわつく。
「今日は何して遊ぼうか?」
そんな不安を払拭するように、いつもより大きな声を出して問いかけた。
しかし、彼は悲しそうな顔で首を横に振った。
「ううん、いちと。今日は遊べないの。お別れを…言いに来たんだ」
「え?」
突然のそんな言葉に空虚な声が口から洩れる。
お、お別れ…、え?
「で、でも小学校は一緒じゃないの? 僕の幼稚園の子は大体おんなじ学校だよ」
「ごめん、俺は家の事情で入る学校は決まってるんだ。いちとと同じ学校には行けない」
「そ、そんな…」
この一年間の幸せな感情が一気に崩れ去るような気がした。
でも、やはりそんな僕を彼は支えてくれた。
「あのさ、いちと。これから辛いかもしれないけど勉強の運動も真剣に頑張ってみなよ。今のままじゃきっと俺たちはこれからずっと会うことはないと思う」
「が、頑張ったらまた会えるの…?」
ほとんどベソをかいているような声の僕に彼は頷く。
「うん。六年後かもしれないし、九年後かもしれない。でも、いちとがかっこよく強くなったらいつか必ずまた会える! いちと、すいかいんって知ってるかい?」
「すいかいん?」
突然、彼はそう言った。
もちろん、僕にとってそれは聞き慣れない単語だ。
「そう、すいかいん。もしいちとが本当にさっき俺が言ったように頑張れたなら、きっとそこが俺たちの再開の場所だ」
「そ、そこに行けば本当に会えるの?」
「うん、また会えるよ」
「で、でも僕に出来るか――」
「出来る! だって、いちとは俺の初めての友達なんだから!」
それの何が根拠になるかは分からない。
でも自信満々のその様子に何だか力が湧いてきた気がした。
「そうだこれ。家の者に急いで印刷してもらったんだ」
彼はポケットから何かを取り出す。
見てみるとそれは数日前に、彼の知り合いと紹介された大人の女の人にとってもらった写真だと気づく。
「ふふ、おそろい! だから、お互いに友達の証として持っていよ」
そこで気が付いた。
彼の瞳が濡れている。
そうか、悲しいのは僕だけじゃなかったんだ…
「僕、頑張るよ!」
「うん、その意気だよ! だから、いちと。いつかきっと……いや、必ずまた会おうね」
誓いを立てる。
これが僕のこれからの人生の柱となった。
そして、そんな僕の様子を見届けた様に彼はフッと笑い、踵を返そうとする。
「あ、あの。君の名前はなんて言うの?」
その背中に問いかける。
きっと長いこと彼とは会えない。そんな確信があった。
だからせめて、それだけでも聞きたかった。
僕の問いに彼は少し困った顔をする。そして、
「えっとね……うん、せいじろうって言うんだ」
一年遊んで初めて、僕は彼の名前を知ったのだった。
*****―――
「あー、朝だ」
けたたましい目覚ましの音で目覚め、一回で意識を覚醒させる
あれから11年。正確には11年と205日。
あの別れ際の言葉を頼りに水花院に入学はしたが、未だに彼との再会は叶っていない。
やはり、人生とはそう上手くいかないものらしい。
僕はあれから、誓いを実現させるため。
勉強にも運動にも、その他もろもろにも全力で打ち込んだ
そんなことをしているうちにいつの間にか堂々とした態度をとれるようになり、自然と友人も出来ていった。
おかげで今では、あの頃よりかはそこそこマシになっているとは思う。
これも全部彼のおかげだ。
今の僕を見たら彼はなんと言うのだろうか。
正直彼はあの時、僕に最大限の友情を抱いてくれていたのだろう。
僕ももちろんそのつもりだ。
いや、だったというべきなのか。
彼と別れてから数日、悲しさは勿論あった。
でもそれとは別に湧き上がってくるものもあった。
それは本来、異性に抱く感情。
しかし、我ながら呆れたことに何故か彼にもそれに似た思いを抱くようになっていた。
そしてその思いは日を重ねるごとに増加していった。
何故だろうか?
考えても答えは出ない。なら仕方ないと受け入れることにした。
ただひたすらに自分を磨く。
この思いについては、再開が叶ったときにでもまた考えよう。
そんなこんなで高校二年生になってしまった。
いやー、月日が経つのは早いね。
ホントにあっという間だ。
「じゃあ、今日も頑張っていきますか!」
そして、今日も僕はひたすらにあの誓いに恥じない男を目指す。
さて、何はともあれ、まずは家族の朝食を作らねば!