15話 岸波さんは平凡でネガティブで、そして誰よりも努力家です
おやおや、と斜め前の澄屋敷先輩がこちらに視線を向ける。
それにより一瞬緩んだ緊張感がぶり返す。
そもそも、なんで会長も言っちゃうんですか!?
「…それはそれはまたどうして?」
心底不可解そうに首を傾げる澄屋敷先輩。
会長も同様に質問の意図を不思議に思っているような顔をしている。
ああ、もう! こうなりゃ全部白状します!
そしてこの超人二人が私みたいな平々凡々超凡人を生徒会の仲間に加えた理由を受け止めますとも!
「えーっと、あのですね…」
とは言ってもこの内心をいきなりズバッと表に出せないのが凡人である。
思った以上に小さな声が口から出る。
しかし、見差会長も澄屋敷副会長――生徒会のトップ二人は真剣なまなざしでこちらを見てくれていた。
少しだけ勇気が湧いた。
「一年生の短期の生徒会役員の応募総数ってすごいじゃないですか、中には優秀な人がいっぱいいます。それなのになんで私みたいな何もかもが平凡な生徒を選んだのかなってずっと疑問で…。本当に昔から何をやるにしても人並程度で…それが凄い方の揃ってる生徒会じゃ不釣り合いなんじゃないかってずっと引っかかってたんです。やっぱり見込み違いだったんじゃないかなって…」
そして、全部言ってしまった。全部出してしまった。
私のネガティブな内面を…
それもせっかく私なんかを選んでくれた人たちの前で。
自分で話してて自分で落ち込んでしまう。
なんて言われるんだろうか? やはり失望させてしまったのだろうか?
もしかしてこの人たちは普段の明るい私を見て生徒会に選んだのではないか、ならば今の私はその正反対だ。
頭の中で自己嫌悪が凄まじい。
しかし、それを黙って聞いていた二人が顔を見合わせて、フッと笑う。
「会長、私がお話しても?」
「ああ、任せる」
短いやりとり。
そして、澄屋敷先輩は席を立つと私の隣の月竹さんの席までやってきて腰を下ろす。
とても優しい目をしていた。
「まず勘違いを正しておきますわ。あなたは見込み違いなんかではありません。見込み通りです」
「……はぇ?」
澄屋敷先輩から放たれた言葉に思わず虚を突かれて口から変な声が漏れる。
「そもそも見込み違いになるはずがないんですわ。今回応募があったのは男女合わせて三十七名。そして、その三十七名全員の身辺調査、個人成績、性格などは全て澄屋敷の力で調査済みです。――ちなみに岸波さん。あなたのスリーサイズからお風呂で始めに洗うところまで私は把握しています」
「えぇ!?!?」
いきなりの衝撃の事実のカミングアウトに素っ頓狂な声を上げる。
完全にプライバシー侵害である。
いや、まあ私は澄屋敷先輩のように誇れるスタイルをしてるわけじゃないけど、やっぱり恥ずかしい。
「ん、ああ、ご安心くださいな。きちんと男子生徒には男性が女子生徒には女性が調査に赴いてます。そして深いプライバシーに当たる情報を全て知っているのは私だけなのでご心配には及びません」
澄屋敷先輩が赤面している私を見てそんなフォローを加える。
心配するところがずれてますよ、澄屋敷先輩…
しかし、澄屋敷先輩はそのまま真剣な顔で、
「というわけで全員のことを事細かに調べさせていただきました。確かにあなたの言うように優秀な子もたくさんいました。でもね、岸波さん。最終的にあなたを選ぶことは私と会長そして、花園さんの満場一致で決まったことなのよ」
「…でも、事細かに調べたならなおさら――」
自分が選ばれるはずはない。
そう続く言葉は澄屋敷先輩の私の口に当てられた澄屋敷先輩の指に遮られる。
ニッコリと笑う澄屋敷先輩。
「私たちがあなたを選んだのには理由が二つあります。まず一つは岸波さん、あなたこれまでに十個近くの習い事をやってますわね」
「え、ええ。確かに」
唐突の質問に生返事しか返せない。
確かに私はこれまで家の方針で多くの習い事を続けてきた。しかし、その全てにおいて満足のいく結果を出せていなかった。
そのせいで声には出さないが周りの大人が自分に失望していくのが嫌だった。
「でもあなた、その全てを自分から辞めようとしませんでしたよね」
え?
思いがけない言葉に声が出ない。
確かにそうだ。全ての習い事は両親が途中でやめさせた。
自分でやめなかったのはただ可能性を捨てるのが嫌だった。
ここまでやったんだから明日には上達するかもしれない。コツを掴めるかもしれない。
そんなひとかけらの希望を捨ててしまうのが嫌だったからだ。
「それはね、岸波さん、素晴らしいことなんですよ。日々上達し、心から楽しめているならまだしも、あなたは強制されているにも変わらず、腐心せずやりぬいている。――あと追記させていただきますと、これだけ岸波さんが頑張っているのに十分な成果が挙げられなかったならばその教師がヘボなのですわ!」
「言い切ったな…」
「言い切りましたわ。才能の有無は勿論あれど、絶え間ぬ努力は多少は形になるものです。ああ、私が教えてあげてさえいれば!」
目の前にて繰り広げられる会話。
しかし、そんな二人の言葉はあまり耳に入ってこなかった。
そのまま澄屋敷先輩は指を二つ立てる。
「そして二つ目。それは単純、あなたが提出した出願届です。何というか言葉にするのは難しいんですけど…こうあなたの出願届の一字一字は生徒会にどうしても入りたいという強う意思を感じたんですわ。まあ、漠然とした理由かもしれませんけど三人全員が感じたのですから偶然とか勘違いではないでしょう」
その言葉にハッとする。
確かに出願届には凄まじい気迫で枠いっぱいに文字を書いた。
あるいは落ちる可能性が高いとわかっていたからそれほど強く意思表示できたのかもしれない。
いや、きっと澄屋敷先輩の言うとおり私は内心ではどうしても生徒会に入りたかったのだ。
ここなら今までの私を変えられるかもしれない、そう思いたかったのだ。
「でも、私…今でも自信が無くて…」
それでもまだ口からはネガティブの声が出てくる。
そんな自分が心底嫌になる。
しかし、
「フフッ、あなたの内面が超スーパーネガティブさんなことももちろん承知の上ですわ。だから―」
小さく笑う澄屋敷先輩。
そうして椅子から立ち上がり会長の隣へ移動する。
「誇りなさい! 貴女はこの澄屋敷家の令嬢にして万能の天才、そして水花院学園副会長・澄屋敷姫乃と、その私が一年という短い期間ではあれど下に就くことを了承した水花院学園会長・見差神峰が責任を持って、あなたしかいないと選んだ生徒会役員です! そのことをしっかり胸に刻みなさい、そうすれば恐れるものなど何もありませんわ!」
力強い澄屋敷先輩の言葉。
言葉が出なかった。
そして、遅れて実感する。
これまで自分のやってきたことは無駄だと思っていた。誰もかれもが自分のことを見ていない、期待していないと思っていた。
だから、そんな自分が嫌で変わりたいと思い生徒会役員に志願した。
ああ…、でも違ったんだ。
この人たちは私を見てくれていた。これまでの私も含めて、平凡な私も含めて選んでくれたんだ。
「とまあ、私からはそんなところですわ。会長は何かありませんの?」
「そうだな。まあ、言いたいことは大体澄屋敷が言ってくれたかな。確かにお前はもっと自信を持っていい。そもそもおれはおまえを二年後の会長―――って、えぇ!? どうした岸波!?」
会長の驚きの声が耳に届く。
見ると二人は焦ったようなオロオロした顔で私を見つめている。
「え、えっと、やっぱり言い方きつかったか。おいこら、謝れ、澄屋敷!」
「なんで私が!? あっ、でも、ちょっと言い方きつかったですか、岸波さん? ごめんなさい!」
二人の様子になんとなく察しがつき頬を拭う。
そこには結構な量の透明なしずくが付着していた。
そして、それを認識したと同時に胸の中に熱い思いが浮かぶ。
私は椅子から降りて地面に膝をつく。
そして勢いよく床に頭を叩きつけた。
「「ええええええええええええっッ!?」」
澄屋敷先輩と見差先輩の驚愕の声、というか悲鳴が生徒会室内に響く。
そして痛い! けどそんなことは、なんのその!
「澄屋敷先輩、見差先輩。お二人の思い、そして期待しっかり受け取りました。この岸波芽衣、まだまだご苦労をお掛けすることもたくさんあると思いますが、何卒よろしくお願いします! これからは生徒会に、そして生徒会の皆さんに身も心も捧げて、全力で取り組ませて頂きますので!!」
「いやいやいやいや!? 何やってんの岸波、頭を上げろ! そして重すぎるから、そんなもの捧げられても困るから! おい、澄屋敷お前も見てないで何とか言え!」
「ふむふむ、なかなか面白いキャラですわね…」
「澄屋敷!!」
頭を上げて、二人の姿を捉える。
そして決意表明を終えたところで、心の中の何かが切れた。
あ、あああ、あああああ…
「澄屋敷せんぱーい、見差せんぱーい!!!!」
気が付くと体は目の前にいる二人の愛しき尊敬する先輩へと抱き着いていた。
ああ、あったかい…!
「ぎゃあああああぁぁぁ!? 何やってんのぉ、おまえ!?」
「ちょ、ちょっと! 岸波さん!?」
「うわああああああん! 私、お二人に一生付いていきます!! グスンッ、うわあああん!」
ああ、もう思いが止められません。
お二人とも大好きです!
「失礼します~、遅れてすみませんでした。会長、予算案の書類取ってきましたよ。……って、ええええええええぇぇ!? どういう状況ですか!? ちょっと、岸波さんそんなに泣いてどうしたんですか!? 大変、頭からも出血してるじゃないですか!!」
そんなタイミングでドアを開けて入ってきたのは花園先輩だ。
謎のカオス極まりない状況に驚きの声をあげる花園先輩。
昨日まで小っちゃいなとか可愛いなとか思っていたが、澄屋敷先輩のお話を聞いた後だとまるでその姿は聖母の様に後光が差して見える。
そして、二人の先輩にしたように花園先輩にも、
「うわあああああん、花園せんぱーい! 一生ついていきますー!」
「えええぇぇ、岸波さん!? よ、よーしよーし、大丈夫ですよー。…って、姫乃さん、会長! これはどういった状況なんですか!?」
「――おい、澄屋敷。これは何キャラって言うのが正しいんだろうか?」
「そうですわね…、生徒会デレ? 生徒会コン? そんな感じですわね。斬新ですわ…」
「…まあ、何はともあれ生徒会にまた変人が増えたな」
「二人とも全然話を聞いてくれませーん!」
そんなこんなで、今日は私が本当の意味で生徒会の一員になった日でした。