11話 澄屋敷さんは今日も攻める
花凛を伴って車から降りて前に目を向けると、今日も多くの水花院生が登校している。
その中に混じって、昇降口までの短い道のりを歩く。
その最中、所々に視線を感じる。
恐らく、私を知らない新入生の一年生だろう。
まあ、この美貌にこのスタイル、さらに名家である澄屋敷家の令嬢の私ですから仕方ありませんわね。
しかし、こそこそ見られるのは気に入りませんわよ!
私の心情に察したかのように視線の方向に花凛が目を向ける。
その花凛の射殺すような視線とぶつかり、こちらを見ていた男子生徒達が目を伏せる。
さすが花凛。以心伝心とはまさにこのことですわ!
「さすがですわね。花凛」
「…いや、なんのことですか、お嬢? 急に訳もわからずに褒められると気持ち悪いです」
もう照れてしまって。この恥ずかしがり屋さん!
しかし、もうひと押ししてみようかしら、と再び花凛に話しかけようとする私の鼻にそれは飛び込んできた。
こ、これは!?
「どうかしましたか、お嬢?」
「一途様の香りですわ!」
「いや、朝っぱらから何を訳のわからんことを言ってんですか…」
「ですから、近くに一途様の香りがするんです。きっと登校時刻が同じになったのですわね、これは運命ですわ」
「いやいや、そもそも普通の人間にそんな警察犬みたいに人のにおいを判別できるわけ――」
「いらっしゃいましたわ。ほら、あそこ!」
花凛に分かるように指を指す。
ちょうど自転車で通学されている一途様が駐輪場へ向かっている最中です。
あ~、今日もかっこいいですわ~。
「…なるほど、あたしが間違ってましたね。お嬢は普通じゃありませんよね。控えめに言ってメチャクチャ気持ち悪いです」
「フフッ、それを気持ち悪いと思えるのは花凛がまだ恋を知らないお子様だからですわ」
「…凄い返しですね。ならあたしは一生恋を知らないお子様でいいや…」
呆れ顔で応える花凛。
そんなこと言ってる人に限っていきなり恋人を紹介するとか言ってくるんじゃありませんの。まあ、花凛が選んだ人なら私は喜んで祝福しますわ。多分号泣しますけど。
それに、好きな人のにおいを判別できるのは普通ですわよね?
まあ、それは置いておいて今は一途様ですわ。
「花凛、私は一途様に朝の御挨拶をしてきます。貴女は先に教室に――」
「じゃあ、いつも通りばれなくて、邪魔にならない位置で見守っていますね」
被せるように返答する花凛。
自然にフフッと笑みがこぼれる。
「ええ、では頼みましたわ」
さあ目指すは、駐輪場ですわ。
早歩きで駐輪場まで向かったところちょうど一途様が自転車のキーを抜き終え、鞄を肩に掛けて校舎へ歩き出すところでした。
なぜ走らないのかですって? 私がお嬢様だからですわ!
どう話しかけるか、考えていると一途様の方が私に気付いた様子で、
「あっ! おはよう、澄屋敷さん」
と爽やかな笑顔で手を振ってきました。
あ~、朝からなんという幸せ。なんという充実感。
しかし、これを表に出すようなヘマはしない。
刹那の思考。そして、
「おはようございます、一途様。偶然ですわね」
偶然に出会ったことを装うことにした。
一途様はそんなことを疑う気配もなく、「偶然だね~」と相槌を返し私の横に自然と並ぶと二人で教室までの道のりを歩き出す。
あああああ! 今日はなんていい日なのでしょう。次の瞬間に貧血で倒れて、日付が変わるまで寝込んでも帳尻が取れそうですわ。
「一途様は朝早くから毎日自転車で大変ですわね~」
しかし、内面の興奮は表に出すことなく世間話に興じる。
「そんなことないよ、逆に朝から運動になって助かってるかな。…あと澄屋敷さん、朝からみんなの前で一途様は勘弁してくれないかな。僕はそんな敬称を付けられるほど大層な人間じゃないしさ」
「あら、そうですか? 私から見て一途様は十分に素晴らしい方ですわ。それに呼び方に違和感があるなら、一途様も『姫乃』と呼んでくださって構いませんわ」
そう言い切ってから、失敗に気付く。
…ちょっと、攻めすぎましたかね。
冷静に考えると、朝に会っていきなり名前呼びを提案するなんてふしだらだったかもしれません!?
それに一途様の方からその呼び方を遠慮したいと言われているのに、それを受け入れず押し通すなどお淑やかとはまるで言えません。
なんたること失態…、浮かれ気分で口調も態度も軽くなってしまいました。
「おーい、澄屋敷さん。大丈夫?」
「ひゃ、ひゃい!?」
いきなり一途様に肩をポンポンと叩かれる。
衣服越しではあるが、肌の触れ合う感覚に変な声が出てしまう。
一途様の方を振り向くと、困ったようにに頭をかいていた。
「誤解しないでほしいんだけど、別に様付けが嫌ってわけじゃないんだ。ただこそばゆいというか、なんというか。んー、でも男たるものそれくらいで恥ずかしがってちゃだめだよね。うん、やっぱりこのまま一途様呼びでお願いしようかな」
「は、はい。よろこんで」
素早く返事をする私。
それを見てニコッと笑う一途様。
気を遣わせてしまった気がする。でもこの厚意はありがたく受け取らせていただきます。
「あー、ちなみに澄屋敷さんを名前で呼ぶのはさすがに僕には荷が重いかな」
「そ、そうですわよね。おほほほ」
しかし、もう一方の方は流石に了承していただけませんでしたか。
少し残念ですが仕方ない。
わざとらしいお嬢様笑いでその場をごまかす。
それからは他愛無い世間話に花を咲かせることにしました。
そして楽しい時間が過ぎるのはあっという間。
すぐに私たちの二年一組の教室まで辿り着いてしまった。
「じゃあ、またね。澄屋敷さん」
そう言って一途様は自分の席へと移動していく。
私も自分の席へ移動する。少し遅れて花凛が教室に入ってくるのが見て取れた。
――これが今の彼と私の距離。
偶然会ったら話し、そのまま教室まで並んで歩けるような仲。
偶然学生食堂で会ったら、自然と同じ席につき会話を交えながら食事を共にするような仲。
平たく言えば友人。
一途様はこれより先に行くつもりは今はないのでしょう。
しかし、私はこのままこの関係に甘んじるつもりはありません。
私には決意と自信と…そして責任がありますから。
今は友人でもいい。でも、私は必ずその先へ進むつもりですわよ、一途様。
*****―――
「ふんふ、ふん、ふふん~」
すでに時刻は放課後。
いつかはこの時間を一途様と過ごしたいものですが、今の私には生徒会があります。
しかし、私は上機嫌。なんと今日はあの後三回も一途様と会話が出来ました。
今の私なら大抵のことは笑って許せる気がします。
あ~、生徒会が楽しみですわ~。
「あれ、澄屋敷さんじゃん。どしたの? やけにご機嫌だね」
そんなご機嫌度数100パーセントの私の後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ご機嫌度数が70パーセントまで下がりました。
そして、これ以上テンションが落ちるのは嫌なので無視して進むことにする。
「ちょ、ちょっと、何でシカトすんの!? 待ってよ、澄屋敷さん」
「…………………」
「聞こえてないの? おーい! 澄屋敷さーん!」
「………………………………」
「澄ちゃーん! 姫ちゃーん! 澄澄澄澄澄やーしきさーん!!」
あーもう、うっさいですわね!
「あーもう、うっさいですわね!」
勢い良く振り返る。ついでに心で思っていたことがそのまま口から出るが気にしない。
そこには予想通りの男が立っていた。
茶髪のパーマがかかった髪をした男。
身長は百七十センチ程度。柔和な表情に綺麗に整った容姿をしている。
まあ、一途様に比べれば羽虫のようなものですが。
「やっと振り向いてくれた! 無視はひどいよ、澄屋敷さん。この前テレビでやってたけど、人がされて地味に一番傷つくのは無視らしいよ」
「なら、あなたは別に傷つかないでしょう?」
「実は僕も人なんだよぉ…」
わざとらしく泣き真似をする男。
しかし、そんな小芝居に付き合う気はありません。まったく、せっかくのご機嫌タイムが台無しですわ。
「で、何か用ですか? 変質者A」
「失礼な、だれが変質者だ! 俺はいたって真っ当で普通の男子高校生だ」
そう言って、見知った男――件の四天王の一人、南野遊は私の前に現れた。