10話 澄屋敷さんの通学風景
「眠いですわねー。ねぇ、花凛、眠くありません?」
「…また夜更かししたんですか、お嬢。寝不足は美容の大敵だって自分で散々言ってるくせに」
私の問いかけに横に座っている花凛がうんざりした様に声を漏らす。
場所は澄屋敷が所有する私の送り迎え専用車の車内。
今はいつも通り、学校へ投稿の最中だ。
「そこまで遅かったわけではありません。ただあなたも知ってるように私は八時間以上寝ないと完全体のまま朝を迎えることが不可能なんですわ」
「相変わらず燃費の悪い体ですね。というか完全体って…、中学生男子じゃないんだから。――さては昨日の夜更かしの原因は少年漫画でも読んでたからですね」
ギクッ!?
な、何でわかったんですの!
さすが私の相棒。侮れませんわね。
しかし、その程度で乱される私ではありませんわよ、花凛。
「フッ、証拠はありますの?」
「私も一応澄屋敷の使用人なんで寝てる最中でもベットにお嬢が飛び込んで来ればわかります。ちなみに昨日お嬢が寝たのは1時ちょい過ぎです」
「――そういえば、花凛、昨日頼んでおいた例の件はどうなりましたか?」
「思いっきり話をそらしましたね」
「……」
はい、見透かされてましたね。
やはり十年来の付き合い。そう簡単には騙せませんわね。そもそも花凛とは同じ部屋、同じベットで生活しているため、ほぼ毎日一緒にいるため隠し事は不可能に近いのだ。
しかし、花凛はやれやれと首を振ると、
「昨日の件って生徒会室を出るときに言ってたやつですよね。時間なかったんで軽くだけしか調べてませんけど――」
カバンから一枚の紙を取り出した。
どうやら何やかんやできちんと調べてくれていたらしい。
やはり私の相棒は世界一優秀ですわね。
「さすがですわ、花凛。では学園までの道すがら聞かせてくださいな」
「じゃあ簡単に紹介します。一年三組、川上瑞樹。高等部からの入学で、父親は製薬会社の社長。入学方法は推薦入試ですね」
「…おや、岸波さんから聞いた話でてっきり一般家庭出身だと思っていたのですが、社長令嬢でしたか。…それで高等部からの推薦での入学、裏口入学でしょうかね?」
「それは否定も肯定もできませんね。ですけど、学力はいたって平凡。それ以外だと何か秀でた一芸がないと高等部からは水花院には入れませんからねー」
花凛の言うとおり、我が水花院学園は伝統と格式ある学び舎。
そのため初等部からの入学以外でのエスカレーター入学は非常に困難。特に学力を用いての一般入試はとてつもなく狭き門ですわ。
ちなみにその狭き門を私たちの代で首席で合格したのが、一途様。
あ~、流石ですわ~。弱点がまるで見当たりません。
なんたるお方。さらに性格もよく、運動もでき、ルックスも整っていらっしゃる。
あ~、かっこいいですわ~。まさに完璧超人。
「…聞いてますか、お嬢。聞いてないんならやめていいですか?」
「き、聞いてますわよ。ちょっと思考が飛んでしまっただけですわ!」
「それを世間一般では聞いてないと言うんですけど…」
「聞いてますったら~」
花凛がこちらをジト目で見てくる。おそらく私の思考を読んでますわね。
「ハァー。じゃあ、続けますね」
「でっかい溜め息ですわね。幸せが逃げますわよ」
「それはお嬢の側近ですから。えーと、といっても身辺情報はこれくらいですね。あ、あとここ数日で三回振られてますね。…あー、今さら気づきました。お嬢が調べろって言った理由これかー」
「それですわ! 全く一途様に三番目に告白するなど失礼千万、万死に値しますわ」
「いや、言いすぎでしょ。中身度外視で見た目だけで選んだんなら、それは好みが出ただけなんじゃないんですかね」
「そもそも中身度外視で相手に告白すること自体、……不純ですわ!」
だって、告白して相手が了承したらお付き合いすることになるわけですよね!
そして、最終的にはあんなことやこんなことを――。
あー、考えれば考えるほどありえませんわ!
「まー、そりゃそうなんですけどね。ちなみに告白した順番聞きます?」
花凛もその辺の考えはしっかりとしているようで私の考えに同意する。
そして、そんな質問。
正直、そこまで興味はなかった。しかし、
「ええ。お聞きします。私の指令で花凛に調べさせたことですしね」
「お嬢はそういうところ変に律儀ですよね。告白した順番は、東倉、北風、西堀ですね。この流れですと今日あたり南野にも行くんじゃないですかね」
「趣味悪いですわね~。…ちなみに花凛だったらその四人を順番付けするとしたらどうしますの?」
すでにその話題に対しての興味を失ってしまったので、花凛にそんな質問を飛ばしてみる。
思えば、花凛の浮いた話は全く聞かない。
これはもしやクリティカルヒットしたのでは!?
しかし、花凛は「いきなりですね」と軽く言い、顎に手を当てると、
「西堀、南野、北風、東倉ですかね、消去法ですけど」
「フッ、さすが私の相棒。私と同じですわ。まあ、一位と二位の間に人間が推し量れないレベルの差が存在しますけれど」
「まー、お嬢にとってはそうでしょうねぇ~。ちなみにあたしは全員NGですけど」
「むぅー、一途様の良さがわからないなんて可哀そうな花凛…」
「…ならずっと可哀そうでいいですよ」
そんな会話をしていたら、もう学園がすぐそこまで近づいていた。
やはり花凛と話していると時間は短いですわね。
「お嬢、この調べたことはどうしますか?」
「廃棄していただいてかまいませんわ。実を言うと、一日寝たら興味はほぼ無くなりかけていましたから」
相当横暴なことを言っている自覚はあったため、舌をペロッと出して可愛い子アピールをしながら花凛に告げる。
花凛もそうなることは予想していた様で、小さく笑いながら川上某の情報の書かれた紙をしまう。
我ながらいい相棒を持ったものです。
あ、そうだ! いいことを思いつき、運転席へ少し顔を出す。
「グリフォード。花凛にGポイントをあげてはどうかしら」
その言葉を聞き、運転席の白髪にオールバックの初老の男性はフッと小さく笑う。
「お嬢様、お言葉ですが主の願いを実行するのは使用人の仕事です。つまり花凛の行動は仕事の内、そこまで褒められることではありません。それにGポイントは私が個人的に管理してるので、そのご提案には従いかねます」
「むぅー、厳しいですわね。そもそもいい年こいてGポイントってなんですの」
「お嬢ってじじいには弱いですよね~」
にべもないグリフォードの返答。
しかし、この老執事が考えを曲げることはないので諦めて捨て台詞を吐き、引き下がる。
横では花凛が少し楽しそうにニコニコしていた。
「フフッ、老人の楽しみを奪わないでいただきたい。それに花凛はなんやかんやで既に4ポイント貯めています。Gポイントは貯めれば貯めるほど、付与のハードルが高くなりますからね。――おっと、着きましたよ」
気が付けばすでに正面入り口前。
この学園は自家用車で通学の生徒が多いため、校門の中に駐車スペースが多めに取られているため、車から出ればすぐに校舎だ。
「では、私はこれで。花凛、今日もお嬢様をしっかりと頼んだぞ」
「言われなくても」
「いい返事だ。褒美に先程のじじい呼ばわりは見逃してやろう」
「…チッ、まーた目ざといことを」
後ろでは、花凛がグリフォードに憎まれ口を叩きながらも、助手席の鞄を受け取っている。
「ご苦労様、グリフォード。では行きますか、花凛」
「はい、お嬢」
後ろに花凛を伴い、車から降りる。
さて、今日も学園生活が始まりますわ。