抗えない太陽:7
ブリス地区の騎士団詰め所は国の中では大きい方である。
今回訪れる場所はその内の端にある死体安置所だ。
事件性のある遺体、何らかの理由で命を落とした騎士の遺体。冷たく、薄暗く感じる安置所に――今は、何人もの騎士が集まっている。
安全を保障するよう首輪をかけられたとは言え、ネクロマンサーがそこにいる限り警戒を怠るわけにはいかないのだ。
「遅いぞ、シャルロイン」
「おや、ダイン卿。足元の悪い中ご苦労様です。どうしてこちらに?」
「……見届けようと思ってな。それが、昔からやってきた癖だ」
出迎えたのはギャラリーの中に混じるダイン卿だった。
家と付き人を説得してきたそうだが、年老いた人間の奔放さとも思えない。
「ご苦労様ですシャルロイン殿。息子が、何か迷惑をおかけしませんでしたでしょうか?」
「スティール殿、そんなことはありません。私に付きあわせるには勿体ないくらいに、人の役に立ってくれる少年です」
「そうですが、それならいいのですが……ああ、あとこれが頼まれていました診療記録です」
「どうも。……ええ、本当にありがとうございます」
記録を読みながらオリバーとも軽い会話を交え、騎士たちと安置所の奥の方へと向かう。
ただ、向かったのは多くの遺体が置かれる場所ではなかった。たった一人のために利用されるような、広く、閑散とした部屋――。
「古くから、術師が関わる場合はこのような場所を用いるのだ」
ハルの疑問顔にダイン卿が耳打ちをする。
「さて、わしは適当な場所で見るとしよう……オリバー、見張りは?」
「私と、信頼できる者でやります。ご安心を」
そう小さく呟くオリバーの後ろで、ハルは魔術師の姿があることに気が付いた。
赤いローブに長い杖。あからさまな姿が放つ存在感の正体は、魔術的な監視役だろう。
見張りと言うのはおそらくレヴィを止める役目。
もしものことを起こさないよう、寸前で処罰を行う。そんな役目だ。
(まるで……処刑に見える)
ネクロマンサーが何かを起こしても、すぐに対応できる距離と関係性。
絞首台、断頭台――そんなものはここにはないけれど――ここは処刑場。
(ネクロマンサーの証明は、自らの命を懸けた場所でのみ行われる……そういうことなの?)
父の姿を見ながら、彼もまたこの状況に慣れているのだと察する。
ああ――そうなのか。
これがネクロマンサーの十戒。これが贖罪の正体。
彼女の命は、常に誰かに握られたままなのだ。
「ハル?」
はっとなり、レヴィの声に目を見開く。
顔を覗きこんで来る彼女の童顔が、今は不思議とさらに幼く見えた。
無垢に、ひたむきに、生き方を遵守する姿と合わせて。
「……大丈夫かい? どうも顔色が良くないから」
「どうってことないですよ。ほら、ここは外よりも冷えてる気がしますから」
「そうか……まぁ、確かに冷えるからね」
冷え切った部屋の中心には台座があり、あの女性の体が置いてある。
レヴィがそこへ近寄るとオリバーを含む四人の騎士が周囲を囲み、じっと行動を見つめた。
そこで、レヴィが振り返りスティールに訊く。
あの女性の最期に至るまでの動向。何か情報がないかと思ったのだ。
「この雪と短い時間の中でしたから、あまり新しい情報はありません」
「いえ、それが当然です。どちらかと言えば、騎士殿たちの集めた情報は私の生み出す結果への裏付けですからね」
正直なことを言い切るレヴィに、オリバーは苦笑しながら頭を抱えた。
「とにかく、わかった範囲で言えば怪しいことはありませんでした。家を出たのは確かに豪雪の前。いきなり出て行ったきりだったようです」
「なるほど。ならば、やはり突然だったのですね……」
何かに諦めたようにため息を吐くと、白い色が部屋に吹く。
それに付け加えるように、レヴィは申し立てた。
「一つ、スティール殿にお願いがあるのですが」
「何でしょうか? 急ぎであれば今すぐに行かせますが……」
「大した事であり、大した事ではありません。ご子息がよろしければ、手伝っていただけないでしょうか?」
部屋にどよめきが上がった。
それもそうである。今この場にいる自分達の隊長の息子を、信頼の鈍い死霊術師の傍に預けろと言うのだ。
ダイン卿が許可をしたのはここにいる全員が理解している――が、やはり納得できない。
「ご子息は薬草の知識に置いて非常に優れていらっしゃる。今回の作業を迅速に行うのならば、彼の手を借りられると非常に楽なのです」
騎士の方々もこんな寒い中にずっといたくないだろう、とレヴィは言う。
確かに死体安置所の中は寒い。元々、春夏秋冬問わず使われる場所なのだ。室温を高めてしまう装置は死体を傷めるから、なるべく避けられる。
天井に吊るされたランプや壁際の松明はあくまで照明でしかない。寒さをしのぐには、もっと別の手段がいるのだ。
そんなことを言われては、反論しようとする騎士の意も削がれる。寒いのは事実で、なるべく早く済ませたい内心も本当だったからだ。
「無理強いは決していたしません。どうでしょうか?」
誘う声は、オリバーには向いていない。
その後ろのハルに向かって試している。
「……ハル」
オリバーは振り向き、ハルの顔をじっと眺めた。
薄暗い部屋の中で、父の顔は凍ったように固い表情になっている。
オリバーは部屋の隅にいるダイン卿を見て、何かに納得した風に「お前に任せる」と肩を叩いた。
他の騎士たちも隊長が言うのならと警戒を解いて、その隙間を影が行く。
「難しいことは言わない。心配しないでくれ、ハル」
にやりと笑う女性の前に、ハルは立った。




