表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

抗えない太陽:4

 ブリス地区は広い。しかしこの場所はそれでもかなり端の方で、別の地区との境目にあった。

 境目と言っても別に階級や所得の差ではなく、単純に管理上の区分けである。石と煉瓦造りの街並みは変わらず続き、その一つが今回の事件現場だった。


「ハル! 連れて来てくれたのか!」

 まず出迎えたのはオルツの笑顔だ。こんな雪の中でも変わらなく、少しだけ緊張がほぐれる。


「ええと、シャルロイン殿ですね。今隊長を呼んできますので――」「その必要はない」


 驚いて後方を見ると、その人はいた。

 ハルがよく知る中で、尊敬に値する騎士の一人。


「シャルロイン殿。こんな雪の中、お呼び立てして申し訳ない」

「お気になさらず、スティール殿。ご子息がエスコートしてくださって助かりました」


 深緑の集団の中から、獅子の刺繍を入れたコートの男性が出てくる。

 髭は無く、がっしりとした顔つきには衰えない精力が誰にでも見てわかった。こんな豪雪でも意気を強めているのは――他でもない、ハルの父親であるオリバー・スティールである。


「そうですか……む、ハル? お前も来たのか。オルツは持ち場へ戻れ」


 息子の姿に気づくオリバーは少し反応を見せ、オルツに指示をやった後にレヴィへ対応した。


「現場の状況はどうでしょうか? 身元は?」

「この雪です。どれほど前に亡くなられたかはわかりません。身元は、近隣の女性だと判明しています」

「……なるほど。ではとにかくご遺体を見ましょう」

「あの、父さん」


 着々と進む話に、ハルは割り込む。

 今でなければ話す間も失われただろうと感じたからだ。


「僕も、現場に入ってはいけませんか?」

「お前が? 確かに連れて来ては貰ったが、しかし事件現場は騎士団の管轄だ。一般人であるお前には……」

「お願いします……その」


 ハルはちらりとレヴィの方を眺めた。

 漆黒に満ちた黒髪は雪の白さにも負けず、この小規模な空間に夜を感じさせている。


「レヴィさんの捜査をぜひ見学したいんです。いったいどんな調べ方をするのか、知りたいんです」


 言い切って、今度はオリバーがレヴィを見やった。

 レヴィは申し訳なさそうな顔をして、自分の人となりをあらかた話してしまったことをオリバーにそっと伝える。


「すまないなスティール殿。一応先に言っておくと、ご子息がいても私は気にしません」

「む……シャルロイン殿の申し出は有難いですが……しかし……」


 親として騎士として。オリバーは渋い顔をやめられない。

 どうにか思案した挙句やはり止めようと思って――渋い顔をほどいたのは、背後のしゃがれた声だった。



「――いいではないか、オリバー」



 オリバーは目を見開き、声を上げた。


「……だ、ダイン卿!?」


 しゃがれた声が上がった瞬間に、周囲にいた騎士たちが一斉に拳を胸元へと叩き付け、敬礼の姿勢をとる。


「よせよせ、治政に関しては息子に地位を譲っている身だ」


 現れたのはブリス地区の治政に古くから関わり、一般階級でありながら爵位を獲得した老人だ。つまり、たたき上げで出世した地域の有力者である。


「今はその補佐と孫の世話を好むただの老獪でしかない。ここは住まいの近くだから、昔のように少し見に来たのだ」

「いえっ、そんな……御足労をおかけいたしました」


 緊張走る騎士団の面々に、ダイン卿は敬礼を解かせた。


「まあ、わしの話はどうでもよい。……お前がオリバーの息子、ハロルドだな?」

「は、はい!」


 老人の髪の毛は長く、長い前髪が右目を隠している。

 その隠れた右目の眼光が、隙間から鋭く光って見えた。


「……そしてシャルロイン」

「ええ、お久しぶりでしょうか。ダイン卿?」

「ああ……久しぶりだ。しばらく見ない内に、アイザックに似て来たか」

「偉大、というには憚られますが、祖父に似ていると言われるのは喜ばしいですね」


 レヴィは薄く笑いながら、一方でダイン卿は鋭い光を見せたままに他愛ない会話を続ける。

 思いのほかレヴィとダイン卿は親し気に感じるが――妙な壁があることにハルは気付いた。

互いに話し続けても絶対に相手の方へは踏み出さない。それは、きっとネクロマンサーであるが故の扱いということなのだろうか。


「そして……ふむ」

「っ!? え……何か?」


 いつの間にか、ダイン卿はじっとハルを眺めていた。

 先ほどと変わらない鋭い眼光のままではあったが、どこか冷静に、そして温かく見守るように時間をかける。


「オリバーよ、どうせいずれはこうなったのだろう。『運命』と言うやつだ」

「……それは、どういう……ことでしょうか?」


 眉を寄せるオリバーにダイン卿は続ける。


「聡明なお前がはぐらかすのもつまらん……。ハロルドよ、改めて自己紹介しよう。私はギルベルト・バロウ・ダイン。先ほども申した通り、ただの老獪と化した人間だ」


 すると、ダイン卿は右手をゆっくりと伸ばす。

 年月を重ね、しわだらけになり震える手。ハルは、黙ってそれを握りしめ、数秒繋いでから解く。


「お前の話はオリバーから飽きるほど聞いている。頭が回り、臨機応変にいられる少年だとな」

「それは……」


 あまりにも評価を盛りすぎたような気がして、恥ずかしくなった。


「この場は命の消えた残酷な舞台だ。それを理解しているかね?」


 感情的に動く若さに向かってダイン卿は問いかける。

 老獪と自分を罵りながらも、やるべき点を外さぬ物言いは、彼が治政を行っていた頃と何ら変わりない。


「理解は……しています」


 深くは説明できない。

 今は若さが鬱陶しい。全ての言葉に重みが無く、目の前の老人においては塵に等しい説明しかできないからだ。


「迷い言葉も仕方がない。しかし迷うのならば、退くのも若さだぞ」


 ダイン卿もそれをよくわかっているのだろう。口数少ない言い方のハルを庇うように言葉を続ける。


「だが、望むのであれば。君程の人間ならば、間違いなく何かを掴み取れるきっかけを得るかもしれない。どうするかね?」


 ここに至って、よくわかった。

 彼がどうして一般階級でありながら爵位を得られるような人間になったのか。

 こんな短時間で、短い会話で――自らの老いに屈せず、ハルのような若者を受け入れる器があるのだ。

 気が付けば返事は自然と「はい」と答えていた。

 感情の赴くままに。もしくは、若さに任せた行動力を持て余すように。口は自然と動いている。

 老人は、その短い返事を何度も咀嚼するように時間をかけて飲み込み、しわくちゃの口角をぐいと上げてハルの胸元を軽く突いた。


「ならばわしが許可する、関わりたければ、父君と好奇心の許す限り手伝いなさい……まあ、こんなただの老人の言うことではあるが?」


 ダイン卿は確かめるようにオリバーを眺め、オリバーも絞り出すように吐き出す。


「……卿は、今も本当にお変わりないのですね」

「ああそうだ。わしはいつまでもそうありたいと思っている――で、どうなのだ」

「私からは、何も言うことはありません」


 その言い分にダイン卿は満足して、改めてハルに許可を与える。

 有力者のお墨付きを得た以上、それはプレッシャーにもなり得るのだが、彼の心はそれよりもちょっとした嬉しさが勝っていた。


「ダイン様!」

「おっと、見つかったか」


 すると、すぐに人ごみの後ろから御付きの人物らしい男性が慌てて走って来る。

 どうやら何も言わず、勝手に出て来たらしい。突然いなくなったのでダイン家は焦っていたそうだ。


「そうかっかとするな。たかだか近所の散歩に似た距離だろうに……」

「天候を考えれば話は別です! お願いですからやめてくださいよ!?」


 怒る付き人にはどうにも逆らえないのか。ダイン卿は面倒そうに納得したのち、オリバーに一度挨拶をして去って行った。


「覚えておきなさいハル……あの奔放さこそ、ダイン卿が卿である理由なのだ」


 勝手気ままとも、ワンマンともとれる行動。

 それらを全て成功に導いてきた手腕を持つ男。それがあの老人だった。


「卿にああ言われたなら何も言うまい。シャルロイン殿の邪魔をしないように」


 頷いて、ハルは改めて現場を見返す。

 真っ白な地面の横には高く積み上げられた雪の塊がある。そこにはシャベルが刺さり、住民から温かい飲み物をいただいた兵士の姿もあった。

 問題は、シャベルが掘り上げた穴の場所だ。


「スティール殿、現場はどこなんでしょう? 私には、ご遺体の影も見えませんが」


 見回しても遺体は存在しない。

 積み上げられた雪と疲れている騎士がそこにいるのみ――。


「あそこです」


 そして、オリバーは寒さでかじかむ人差し指を空に向けた。

 空の先は灰色で、白い粒が降り落ちてくる。と、その視界の端で深緑のコートが揺れた。


「あそこ……って、屋根ですか父さん?」


 何も言わず、頷くだけでオリバーは返す。

 誰かがいるだろう屋根の上から、積もった雪が滑り落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ