抗えない太陽:3
凍り付いたような店内で、早々とレヴィは雑巾と箒を取り出していた。
あの男はどうやら泥棒であり、ここの薬を盗みに来たらしい。それを偶然入ったハルに見つかり襲い掛かって来たようだった。
「あの、シャルロインさん?」
「ん……ああ、レヴィでいい。シャルロインだと長いし、ちょっと固い感じがするしね」
照れ臭そうに頬を指でなぞり、ハルの方を見据えて彼女は言う。
「私も君のことをハルと呼ばせてもらおう。それでいいかな?」
特に否定もせず、ハルはただ頷いて了承した。
軽い会話の内容で互いの呼び方を決めてから、店には静かな空気が流れる。縛り上げた男はまだ昏倒から回復せず、近隣のまとめ役の家にあとで預けると話は決着していた。
逆に、決着をしていないのはハルの内心だ。
レヴィがついさっき述べた最後の――あの意味は、どういう意味なのか。
そして頭に生える角は、一体何なのだろう。
「この角かい? これはまあ、そういう体質だと思ってくれ」
「軽く言いますね」
「長いこと付き合ってるからね。生まれつきだ」
体質――確かに、人によっては色々な形の存在がいる。
ひとまずそれはどうにもできない問題だ。だから、問うべきなのはネクロマンサーという項目ただ一つ。
「そのままの意味だ……が、君は、それを知っててここに来たんじゃあないのかい?」
手慣れた動きで割れた瓶と湿った床を片付け、怪訝な面持ちでレヴィは問う。
そんな事は知るわけがない。ハルは、だって父に頼まれてここにいるのだから。
「そうか。『スティール』なら知っていると思ったが……お父上は話されていないのだね。まあ、知っていてもそれほど得しないが」
父が何か関連するのかと気になったが、それを問いただす間もなくレヴィは親切に語ってくれた。
「手短に言おう。シャルロインの家は、代々の王に忠義を尽くすことを誓わされた死霊術師の血筋だ。その技術を失わせることを禁止され、守ることを強制された。同時にそれを使って、国家の危機に対応するようにもね」
軽快にぽつぽつと流れ出す情報は、ハルにとって未知でしかなかった。
王都や他の二大国にも魔術は残っている――ただそれは、国家で広く認められたものだ。
対して死霊術は本来ならばあってはならない『外法』。それが秘匿されながらも守られ、伝えられているとは思わなかったのである。
「古の王は私達ネクロマンサーに十の戒律を与えた。王族の特別な命令が無い限り決して破ってはならない、呪いだ」
レヴィは壁に掛けられていた薄汚れた布の、古い字の羅列を読み上げた。
一、その外法は国家のためにある。
二、その外法を持って国家に反逆してはならない。
三、その外法を発展させてはならない。
四、その外法の他に外法を極めてはならない。
五、その外法を私利私欲に使用してはならない。
六、その外法は命を歪めるために存在しない。
七、その外法の術を広く流布してはならない。
八、その外法は贖罪の日まで失ってはならない。
九、
十、その外法を絶やさず、子々孫々に伝えよ――。
「九つ目は口伝えだけだったから祖父の代で失われてしまった。しかし、いずれも破れば死を招くというが――果たして、どうだろうね?」
気が付けばレヴィは顔をぐいと近づけてハルの顔を覗きこんでいる。
炎のような目の奥に好奇心が垣間見えて、長い髪の毛がゆらゆらと垂れ下がった。
「答えはわかりません――ですが、どうして父は貴方を呼んだんでしょうか?」
「別に君のお父上だけじゃない。王宮からのお達しであれば、誰の元へでも飛んでいくさ」
「それはそれです。手紙には何が――どうして貴方が?」
そこまで言うと、レヴィは平手に拳を打って頷く。
「……ああ、そういうことか! 君はどうしてここに来たのか何もかも知らないんだな?」
「? それはどういう……」
言いかけて、レヴィは再びコートの姿に着替えていた。
「続きは道の途中でしよう。どうせ、君もここでさっさと帰る人種でもあるまい?」
シュフト地区に積もる風景は元の世界を忘れ去りかけていた。
かつてならばここには土の地面や井戸の姿が見えていただろう。ただそれは乱暴に浸食され、居座った真っ白な世界が食い散らかしている。
食べ滓のような死骸のような――世界の破片を踏み抜いて、ハルとレヴィは地区を抜けた。
「まずは手紙の話をしよう。あの文面は死体が見つかったからの出動要請で、具体的な問題が書かれている」
「問題……?」
「私はネクロマンサーだと言ったが薬師でもあると言っただろう? 仕事は一つではない。王への忠義を尽くすと同時に国への貢献をすること……まさに今のようにね」
街は見慣れた場所に戻っていた。
どれだけ白で覆い尽くそうと生まれた場所までは間違えない。ブリス地区の道に、人影はまばらだ。
行き先はオルツと別れたあの先。そこには手紙の中にある問題が進行している。
「ネクロマンサーは死霊術を使うためそう言った分野に造詣が深い――私は、魂を見つめて検死や捜査を行うんだ。無論、それ以外の知恵を活用することも多いが」
検死。そこで、ハルはある程度の納得を得た。
ネクロマンサーの驚きはもう置いておいて、知識が活かされるからこそ彼女は呼ばれたのである。
なるほどそれならおかしくはない――のだが、はて、ふっと謎の疑問が沸いて出た。
「気付いたかい?」
雪に混じり、レヴィが笑う。
そう、検死をするのはおかしくはないが、ならば死体が出る度にわざわざ彼女が出張るのか。それがわからなかったのだ。
そもそも騎士団なども技術の少ない人間ではない。軽い魔術や知識を有する人間がいれば、事件の捜査は不可能ではないはずである。
「それが、私を歩かせる主軸だよ。手紙の次の話だ」
普通の人間や組織でも対応できるだろう事件には、どうやら彼女は出動しない。
それが今回、こうやって呼び出されたのなら。
「ネクロマンサーは常に世界の外法に沿って進んできた。だから、正常な思考の及ばない奇妙な騒動に関しては総合的に関わるのさ」
人為的ではない、もしくは全く理解できない騒動。
過去の事件を遡ればいくつも出てくる。未解決に等しい、謎めいた事件の影だ。
オルツの言っていた事件は、今回彼女が関わるべき問題だったのである。
「私はネクロマンサーとして代を継いだが、それでも全盛期の先祖ほどではない。残ったのは微量なものと、異形に対する膨大な知識――それだけ」
それだけ、と言うには反する説明だなとハルは思考に付け足す。
「……でも、やはり」「変だと?」「ええ、思います」
異常事態に際して彼女の知識が活かされるのだろう。それでも、それならば――何故王宮に仕える、国家から公認を受けた魔術師は動かないのか。
自らを「外法を扱う者」と自称するレヴィの力を借りずとも、国家公認の魔術や知識を使えばそれで解決するはずである。
「『猫の手も借りたい』というやつだね。基本的に解決を目指せる術師は少なく、国家に認められた術師は大概が己の研究にしか執心しない――となれば、使い回せる相手は限られてくるだろう?」
それは、と言いかけてハルは押し黙った。
とても悲しいことだ。そして、迷惑なことである。
ネクロマンサーは、確かに噂話の中で言うならばまさに犯罪者に類する。
命を弄び戦いの道具にし、永遠に魂を縛り付ける。脚色された情報を加えても、道徳的に認められるものではない。
だが一人の人間をそんな道具のように扱うのは――いかがなものだろうか。
「それこそが先祖の贖罪だから仕方がない。とは言え、死霊術師が王に従属した瞬間から、王宮魔術師は面倒事の一切を私達に押し付けてきたし……まあ、ツケというやつだね」
実に単純明快の一方、それはとても馬鹿らしいものに聞こえた。
「彼らは問題の解決方法のほとんどを嫌でも私達に委ねるほかなく、だからこそ外法の存在のネクロマンサーを認めるしかない」
所謂『汚れた』仕事。
後任の魔術師がどんどん専門的になるにつれて、その裏で彼らは多様性を失ったのだ。
かつてはどこにでも伸びたであろう腕は途切れ、途切れた場所を外法に任せ、今では任せた場所すら穢れを恐れて近寄らない――。
「存在意義とはそんなものだ。何にせよ、私はこうして仕事を持ち生きているので有難くは思うよ」
あくまでレヴィは笑い、快活に言い切る。
ネクロマンサーが起こした罪で言えば今の時代はそれこそマシなのかもしれない。彼女はただそれだけを喜び、受け入れているのだ。
(強いな……)
ハルは単純にそう思った。
自分が同じ状況であれば先祖や境遇を恨むしかないだろうに。受け入れ進む心構えは、素直に尊敬できる。
尊敬できて――ハルは思った。
彼女が何をするのか。心から確かめたくなったのだ。
「さて、そろそろ目的地だ。場所は……」
見えにくい道の角を曲がったところで、人ごみが見えた。
皆一様に深緑色のコートを着込み、野次馬を離すために四苦八苦している密集した場所には傘が吹き出物のように盛り上がり、うねうねと蠢いている。
「あそこだな。さて、君はどうする? 死体など見たくはないだろうが――」
「一緒に行っても構いませんか?」
間髪を入れずにハルは頼み込む。
ここで別れればきっと、それまでになるから。
「即答か。いや、潔い。しかし、騎士団に許可を取るのは君の役目とするからね」
吹雪の風さえかき消すような声の雑踏。
漆黒の女性と一人の少年が体を滑りこませた。




