抗えない太陽:9
事件の回想を、ハルは心の中でずっと続けていた。
人も外には出ないような雪の日に見つかった遺体。雪の下に埋もれ、地上ではない屋根の上で消えた命。
殺す理由も殺される理由もあらず、その魂の記憶は無色で読み取れない。
ふと、疑問に思う。
今はつる草が揺れる、あの異形と化した命に――何が与えられるのだろうかと。
「最初に、どうしてあんな屋根の上に遺体があったのか――私はずっと疑問でした。今まで経験した状況と比べても、これほどに意味の感じられない死に方などありません」
だけど、と間を挟む。
意味とは、人間の生み出した情報だ。
もしもそんな人間の意味が通じないものであるならば。
「奇怪な状況でしたからね。私も思いつく限り、何らかの魔術や催眠、もしくは薬による操作など考えました。そこで魂の一部を確かめて色を知りましたが、それについて騎士殿たちは既に知っているでしょう?」
「白……シャルロイン殿は、そう言われた」
「ええ、白……無垢で、無垢だからこそ、そんな死などはあり得ない。そんな死を迎えるのは例えばこのような」
指先が、つる草を跳ねた。
「植物。生きるのに無垢で生真面目すぎる、神の創造物でしょう」
「ならば……シャルロイン殿、貴方はこうおっしゃるのですか!?」
冷静だったオリバーも小さな声では抑えられない。
彼女は、何を言うのだ。まるで、それならばこの遺体は――。
「この女性は植物と一体化していた! 植物として死を迎えたと!」
唖然となった。
外殻を人として死んだあの体は、内部は、植物。
人間ですらない。その、魂さえも。
薄く見開いていた瞳の、かつての光も。
「シャルロイン殿……!」
確認混じりにオリバーはまくしたてたが、すぐに息を切らした。
植物として死んだ人間――そんなことはあり得るのか。
「脳に重傷を負った人間を見たことがあります。その場合、時として永久に意識を失うことがある……ですが、彼女はそうじゃない。文字通りの『植物』」
述べ切ったそれは、残酷すぎた。
騎士たちは人の死に対面したと思っていたはずだ。哀れな、悲しすぎる死を迎えた命のために体を捧げていたのである。
それが、あまりにも。
人間の基準で言う『命』には満たないものの為に、騎士の心血を捧げた。
文句を言う人間はいない。だが、それはあまりにも――何だったのかわからなかった。
「何故、こうなったのか。それは運命の悪戯と言うほかにないでしょう」
漆黒に満ちる黒髪を翻して、レヴィは顔を伏せる。
失意よりも失せた興味よりも、虚無の色が見えた。
「医者の診療記録を先ほど確認しましたが、思った通りでした。彼女が頭部に傷を負ったのは先ほど申し上げたアレキアの古い地区の一つでした。何用かは問題提起するほどではないとして、とにかく彼女はそこで転び頭部に傷を負った後、勢い余って草むらに顔を突っ込んだそうです」
診療記録には土や泥汚れによる感染を防ぐために消毒を行ったと書いてると、レヴィは述べる。
加えて、『頭蓋骨にひびの入った可能性』とも。
「その拍子に……かもしれません。傷口から入ったつる草の種は、脳に近い位置である日に発芽した。普通ならばそれだけで成長しないはずなのに、このつる草は成長し――ひびの入った隙間から脳に至る」
中空をなぞり、指が動く。
オーケストラの壇上に立つ指揮者のようだった。素振りが大げさに見えるのに、誰もが納得してしまいそうなものだ。
「その瞬間、彼女の意志につる草の生存本能が巻き込まれた……まるで、寄生虫のように」
「あり得るのか……そんなことが? 植物が、人を殺しに誘うなど……」
「自然界にはよくある話です。宿主に寄生し、環境の良い場所へと誘い殺す種は」
何が作用しているのかはわからない。
多くの場合、生物の思考に寄生種の意識が上書きされるからだともいう。『過程』はわからないが『結果』はそうなるのだ。
「このつる草を見れば……ひとまず、その植物との一体化は信じましょう。どうしてあんな場所で死んだのかはおわかりですか?」
「相手が生物に寄生した植物となれば、理由は読めます。つる草は何かに沿って登り育つものだ……太陽を目指してね」
植物は水と、土と、太陽の光があって育つ。
それはこのつる草も例外ではない。植物のルールに則っている。
「宿主である女性に対して、つる草もそれを目指した――太陽を目指したはずだ。しかし太陽を目指したその日にアレキアはどうなっていたでしょうか?」
「……雪に、包まれた……」
例の少ない、歴史に残る豪雪。
大寒波の影響で白銀に凍てつく街。
あの植物が目指した先は、極寒の世界に沈んでいた。
雲の向こうの太陽は――抗えないまま。
「活性剤を使った以上、つる草は意識を取り戻しましたが……またすぐにでも枯れ果てるでしょう。植物の繊維質は寒さで傷んでいますから、どのみち生きられません」
諦めのような辛さのような、複雑な感情を孕んだ赤さを細めて、レヴィは言う。
「……なんと言う事だ」
もはや、奇妙なつる草の群れなど誰も気にしてはいなかった。
土壌と化した女性の顔も思い出せず、至った結論にどんな反応をすればいいのか、語彙ではなく感情の種類が足りない。
ここにいる人間全てが、そう思っていた。
「魂が純白であったのはそのせいです。私が他殺体であり自殺体でもあると言ったのもそのせいです。女性は植物にある意味で殺され、植物は女性と共に死んだ。――そこに感情などありません。植物と意識を結合させ、生真面目に死を迎えたのですから」
解答は終わった。
ネクロマンサーによる死の解明。それはあまりにも呆気なく手早いもの。
死を慎む時間も与えられない。弔うための心構えもできない。
結果が全てじゃない。諸々の過程に浮かぶ手順は、彼女が決して普通の存在ではないと教えている。
彼女はレヴィ・シャルロイン。
この王都で唯一の外法を受け継いだ――ネクロマンサーなのだと。
(…………)
その姿を見て、彼女の仕事を見て。
ハロルド・スティールの胸中には、ある考えが浮かんでいた。




