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快適な睡眠と抱き枕  作者: えっちゃん
1.鈴木君(仮)とお喋り
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08.その心遣いが胸に染み入る

 クリーム色の靄が立ち込める空間に理子は立っていた。


 もはや毎晩の習慣となっている魔王との会話の後、ベッドに入って寝た筈なのにどうして裸足のまま外に居るのか。

 クリーム色の靄がザワザワ揺れて、突き刺すような鋭い視線と気持ちの悪い風が理子を包み込んだ。


『お前のせいで……!』


 風のせいで目蓋を閉じた理子の耳に流し込まれたのは、ひび割れた若くも老人とも捉えられる女性の声。


『100年かけて集めた魔力が台無しだ!』


 ひび割れた声は怒りをぶつけてくるが、彼女が何故怒っているのか身に覚えはなかった。


『いや……あの方の力を頂ければ……契約出来れば……最高の力を……もしくは、実体に触れられれば……』


 ぶつぶつと呟かれる声と気持ちの悪い風は、理子の体の周囲で渦巻き続ける。

 言葉の意味は全く理解出来ず、夢なら早く覚めてと理子は両腕で自分の肩を抱いた。


『娘、せいぜい私の役に立っておくれ』


 渦を巻く風が突然止む。

 閉じていた目蓋を開いた理子の視界には、黒いローブを頭から被った人物が獲物を狙う捕食者のように真っ赤な唇の端を吊り上げるのが見えた、気がした。



 ***



 遅めの昼休憩に入った理子は、社員食堂でボンヤリとラーメンを啜っていた。

 休憩前に上司から追加の仕事を渡されたから、今日も残業確実だと思うとラーメンの味もよく分からなくなる。


「やっほぅ」


 目を擦る私の向かい側に、缶コーヒーを二つ手にした友人であり同期の香織が座った。


「理子眠そうだねー。騒音は解決したんじゃないっけ」

「騒音問題は解決したけど、変な夢みてね」


 変な夢をみていたせいか、今日は朝から少し体調が悪いのだ。

 とはいえ、体調が悪いのは連日の残業のせいだと確信していた。

 ヘラリと笑う理子に、香織は無言で缶コーヒーを差し出す。

 見た目はキツそうな美女でも、彼女は優しい。おまけに然り気無く気遣ってくれる。


「そうそう、前に譲ったお守りの効果はどう?」

「あー、あれね。特に無いかな」


 口に入れた麺をもぐもぐ咀嚼してから私は口を開いた。


「恋愛に繋がるような出逢いは無いの?」

「出逢い、ねぇ」


 何かあったかな、理子は首を傾げた。

 平日は職場と家の往復、休日も休日出勤か寝ていただけの中に恋愛に繋がる出逢いなんかあったのか。

 男性と関わった記憶は、仕事関係か買い物先の店員さんしかない。

 顔を合わせてないけれど、魔王とは毎日会話していたっけ。

 しかし、人外は対象外だ。

 理子の返事を期待に満ちた目で待っている香織に、部屋の壁に開けた穴が魔王の寝室に繋がってしまった、なんて言えない。

 自分でも意味不明だし、疲れて頭がおかしくなったかと心配されるのがオチだ。


「特に、無いかな。今は恋愛は興味無いし」


 世界観や生活面に興味がある魔王は人外だし、角や羽根や尻尾が生えているかもな相手は恋愛対象にならない。

 キッパリ告げれば、香織は大袈裟に溜め息を吐いた。


「もうっ! 理子は相変わらず枯れてるよね」

「期待に沿えなくて申し訳ない。恋愛より興味があるとしたら、次の人事かな」


 上司と後輩に嫌われている自分には、あと一月もしたら人事異動の話も出るだろう。

 他部署か違う支社への異動は覚悟している。

 でも、県外への転勤となったら香織と離れてしまって寂しい。


「……成る程。大丈夫?」


 上司から理子への風当たりの強さは隣の部署所属の香織も知っていた。

 心配そうに香織は眉間に皺を寄せる。


 上司を諌めてくれた方もいたが「期待しているから」と言われればそれまで。

 今では、重要書類を回さない嫌がらせをする上に残業間際に仕事を押し付けて後輩と帰ってしまうような上司と、私に対して優越感を滲ませて接してくる後輩に、理子は何も期待していないし負けたくもない。


「うん。まだ大丈夫かな」


 幸いにも、仕事自体は好きだし楽しいと感じている。

 あと少しの辛抱だと思えば頑張れる。

 不倫を楽しんでいる二人に弱っている姿は見せたくなかった。



 ***



「……コ、リコ」


 何度か名前を呼ばれて、うとうと眠りの淵を漂っていた私の意識は浮上する。


「あれ? 魔王、様?」


 重い目蓋をこじ開けて、理子は顔だけ壁際のタンスに向ける。

 シャワーを浴びてからベッドに腰かけたまでは意識があったのに、いつの間にか寝てしまっていたようだ。


「けほっ、ごめん、なさい。うっかり寝てました」


 寝起きで違和感がある喉から絞り出した声は掠れていて、私はゲホゲホと咳き込んでしまった。


「最近忙しいから、ちょっと仕事で疲れちゃったみたい」


 会社で心配してくれた香織には「大丈夫」と言いつつ、家に帰って気が緩んだのだろう。

 中途半端に寝たせいで、体は動かないし起き上がる気力もない。

 重たい体を動かすのを理子は早々に諦めた。

 お互い姿が見えない壁越しの状態で良かったと思う。



「……リコ」


 魔王の声が妙に優しくて、理子は二度閉じかけていた目蓋を開いて壁を見やる。


「お前を、女をそこまで働かせなければ成り立たぬ世界ならば、我の国へ来るがよい。身分と棲家は我が保証しよう」


 言われた台詞の意味を脳内で復唱して、一気に眠気が吹き飛んでいく。

 どういう意味だ?と、私はがばっと上半身を起こした。


「此方? 魔王様の処へ? 行けるの? で、行って戻れるの?」


 十代の頃は、漫画や冒険ゲームみたいなファンタジーな世界に行ってみたいと妄想した事もある。

 学生時代は異世界トリップして、現実から逃避したいと願った事もある。

 戻れる保証があるなら、守ってもらえるならば一度くらいは行ってみたい。


「対象者との間に繋がりが有れば喚べるが、戻れるかは知らん」


 試したことはないからな、と魔王は付け加える。


「戻れないならいいです。魔物も怖いし。今の仕事は好きだからもう少し頑張る」

「なんだつまらんな」


 つまらないと言いつつ、魔王は愉しそうに笑う。

 もしかして、と言いかけて理子は口をつぐんだ。

 魔王は私を気遣ってくれている、と勘違いしてしまっても口に出さなければ罰は当たらないだろう。


 どうしよう。

 彼は人外なのに、多分角とか羽を生やした恐い見た目だろうけど、嬉しい。


「あのね魔王様、心配してくれてありがとう」


 じんわりと胸にあたたかいものが広がる。


 壁越しの会話で良かった。

 だって、今の理子の顔は確実に赤く染まっているから。

ヒロインのイメージする魔王様は人外で、角&羽&尻尾→鱗生えて真っ黒→ゴジーラ に変化してます。

ゴジーラが魔王も可愛いかも。

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