私と魔王様の結婚式①
最終話の一ヶ月半後、理子の世界での結婚式です。
冬は曇りか雪の日が続くというこの国に、珍しいくらいの雲ひとつない青空が広がる。
昨日は、一日中冷たい雪混じりの雨が降っていて、天気予報では「翌日も降り続くでしょう」と言っていたのに、夜明けまでには雨は止んでくれた。
「まるで、今日のために広がった青空ですわね」
身支度を手伝ってくれているメイドの女性に言われて、そうですねと、理子は曖昧に笑って誤魔化した。
天気の話題を早々に終わらせたかったのは、多分というか絶対、昨日までの荒れた天候が劇的に回復したのは魔王様が何かしら干渉したに違いないから。
此方の世界から異世界の魔王へ嫁ぐ、“けじめ”としてシルヴァリスと一緒に実家へ結婚の挨拶をしに行き、理子の母の態度に静かに怒ってくれた彼によって急遽、結婚式を挙げる事を決められてしまったのは一ヶ月半前。
結婚式を挙げると決めてからのシルヴァリスの行動は早かった。
実は魔国と繋がっているという==国のアルマイヤ公爵を紹介され、直ぐにウェディングドレスや式の打ち合わせのスケジュールを組まれたのだ。
平日は、仕事の引き継ぎに引っ越し準備、休日は打ち合わせと慌ただしい日々を過ごしているうちに、あっという間に結婚式の日を迎えていた。
ほとんどアルマイヤ公爵にお任せして、結婚式から晩餐会までの流れを知ったのはつい一昨日で。
さらに、この国へ来てからは最終打ち合わせでバタバタしていて、二日間も新郎である魔王シルヴァリスと顔を合わせる暇が無かった。
(シルヴァリス様、不機嫌になっていなければいいけど)
不機嫌な魔王様に、側近達が八つ当たりされてないか少しだけ心配になる。
心配なのはシルヴァリスだけでは無い。
一昨日から、理子は父親と一緒にアルマイヤ公爵の離宮に宿泊していたが、母親と姉は買い物と観光を楽しみたいと最高ランクのホテルに滞在していた。
「家族水入らずで過ごせるように」と、気を使って離宮を用意してくれたアルマイヤ公爵に申し訳無いやら恥ずかしいやらで、父親と一緒に平謝りをする羽目になったのだ。
今回ばかりは、父親も母親と姉の薄情さと自分勝手さに嫌気がさしたらしく、帰国後に夫婦で話し合いをするらしい。
身支度を終えた頃、タイミング良く離宮の玄関前へ馬車が到着したと連絡が入る。
美しい銀細工が施された四頭立ての白い馬車は、これから公爵の居城である白亜の城へと向かっていた。
理子と父は特別に用意された馬車に乗り、会場の宮殿へと直接向かう。
畏れ多くも普段は使用していない、文化財レベルの歴代の公爵が使用していたという由緒正しき馬車である。
ただでさえファンタジーの世界、異世界の王族のために用意されたような立派な馬車。
光沢のある淡いピンクのドレスを着せられ、見送りに出てきてくれた使用人達の面前で豪奢な馬車に乗るという、お伽噺のお姫様みたいな状況は嬉しいより恥ずかしくて、理子は逃げ出したくなっていた。
異世界ならば、旦那様となる魔王の治める魔国ならば、腹を括って笑顔で手を振って見送られていただろう。
だが、此処は自分の生まれた世界の、北欧の国である。
前日、突然地元テレビ局のスタッフがやって来て、女性レポーターがにこやかにマイクを向けられたのだ。
「貴女は日本人の女性なんですね。アルマイヤ公爵閣下の甥に見初められるとは、おめでとうございます! まさに現代のシンデレラ!」
興奮した様子で言い出された時は、卒倒するかと思った。
あまり騒がないようにお願いしたが……この国の新聞やテレビ番組に取り上げられて、それが日本のワイドショーで報道されないことを祈る。
北欧の絵本の世界そのものな、石畳の町並みを軽やかに馬車は進んでいく。
馬車を見かけた沿道の人たちは、今日は公爵家縁者の結婚式が行われる事を知っており、口々に祝いの言葉と共に笑顔で手を振ってくれる。
慣れない状況に、戸惑いと照れから若干引き攣る笑みを浮かべて、理子はぎこちなく手を振り返した。
隣に座る父は、窓の外を見ることもなく真正面を向いたまま、着慣れないタキシードに身を包んでガチガチに緊張していた。
やがて馬車は、結婚式会場となる公爵家の居城、白亜の城へと渡る石橋を渡る。
湖上の城は、本当にお伽噺のお姫様が住んでいそうなお城だった。
水面に映る白亜の城は感嘆の息を吐いてしまうくらい綺麗で、こんな場所で結婚式を挙げるだなんてと、緊張で身震いがする。
正面に座る父親は、緊張のためか無言で外の景色を眺めていた。今からこんな様子では、父娘ともにバージンロードを歩く前に倒れてしまうのではないかと不安になってしまう。
馬車は城門をくぐり抜け、敷地内にある石造りの礼拝堂の前で止まった。
「リコ様、お待ちしておりました」
一足先に到着していた魔国で私の世話をしてくれている二人の侍女が、エルザとルーアンが薄い黄色のブライズメイドの衣装で出迎えてくれた。
「お足元にお気をつけください」
御者に支えられながら馬車を下りた理子は、使用人達に出迎えられた。
ウェディングドレスへの着替えがあるため、父親とは別の控え室へ通される。
せっかくの城内なのに、控え室への道程は緊張のあまり装飾品等見る余裕も無かった。
「此方でございます」
控え室へ通され、用意されていたウエディングドレスの美しさに、理子は感嘆の息を吐いた。
「綺麗……」
光沢のある生地はシルクで、ドレスの形はAラインのロングトレーン。細部に銀糸で刺繍や小さなダイヤが散りばめられた美しいドレスだった。
ベールはミドル丈のマリアベールで、こちらも細部まで細かな刺繍が入れられてたエレガントなデザイン。
以前、冠婚葬祭マナーを知りたくて購入したウェディング雑誌に載っていたどのドレスよりも、理子のために用意されたドレスは綺麗で贅を凝らしたものだと分かる。
この短期間でこれだけのドレスを用意するのは大変だったろう。
「魔王様の指示で、魔国の職人達が連日徹夜で作り上げたドレスです。魔王様の愛を感じますわ~」
両手を胸に当て、うっとりとエルザは頬を染める。
「魔国の婚姻では、漆黒のドレスが主流ですけど此方は純白のドレスなので驚きましたわ。純白のドレスも美しいですわね」
「魔国は漆黒のドレスなんだ?」
ルーアンは嬉しそうに「はい」と頷く。
「さあ、リコ様お召し替えをいたしましょう」
ついに、このウェディングドレスを着るんだ。
花嫁姿になると改めて実感して、姿見の前へ移動した理子はごくりっと唾を飲み込んだ。
トントン、
控え室の扉がノックされ、エルザが扉を開ける。
もうチャペルへ移動するのかと、理子は表情を強張らせるが、直ぐに和らげた。
「リコ様」
扉から顔を覗かせたのは、煌めく金髪を毛先だけゆるく巻いた美少女、ベアトリクス侯爵令嬢だった。
最近の彼女は髪型を縦ロールにはせず、ストレートのままにしたらしい。
「ベアトリクスさんっ」
相変わらず綺麗な彼女は、此方の世界に合わせてくれているのか、膝丈の水色のパーティードレスを着て細く長い脚を出している。
脚を出すのは慣れていないようで、若干恥ずかしそうなのも可愛らしい。
「この度はおめでとうございます。リコ様、とてもお綺麗ですわ。ふふふっ本日はショーマも一緒ですの。きっとショーマも見惚れてしまいますわね」
さすがに、花嫁の控え室へ連れて来る訳にはいかず、翔真はチャペルで待っているらしい。
「ベアトリクスさんは翔真君と婚約したのよね。お似合いの二人で私も嬉しい。おめでとう」
美少女と美少年の二人は、年頃も合うしとてもお似合いだと思う。
素直に伝えれば、ベアトリクスは頬を赤く染める。
「お似合いだなんて……ありがとうございます」
見た目はきつめな美少女の可愛らしい反応に、緊張感がほんの少し和らいだ気がした。
ウェディングドレスに着替え、ベールを頭から被った理子は礼拝堂へと移動した。
重厚の扉の向こう側からは、厳かなパイプオルガンの調べが礼拝堂の周囲に響き渡る。
「理子、すごく綺麗だよ。うう、まさか理子のドレス姿を見られるなんて……」
既に目元を潤ませている父親に誉められると、なんだか妙にくすぐったい。
付き添いの二人の侍女によってドレスの裾が整えられると、重厚な木製の扉がゆっくりと開かれた。
魔王様が出てこない...
長くなったため、二話に分けます。




