魔王様と初売りに行こう!
明けましておめでとうございます。
この話は、女性特有のドロドロした感じがあります。また、数年前に、自サイトで公開していた話を下地にしています。
「あれー? 山田先輩お久しぶりです~」
初売り商戦真っ只中のデパートの、これまた混み合うトイレからやっとの事で出てエレベーターホールへ向かう途中、聞き覚えのある女性の声に理子はハッとして顔を上げた。
無視しても良かったが彼女の前を通らなければならないため、駆け足状態の足を渋々止めて振り返った先には……
去年、理子が退職した職場の元後輩、高木さんが若い男性と手を繋いで立っていた。
高木さんは、上司との不倫の末に奥さんが職場へ乗り込み修羅場になって退職したといった経緯もあり、退職直前まで上司と一緒になって理子に仕事を押し付けていたのだ。
既に自分も職場は退職したし、今となっては魔王様との仲が深まったきっかけになってくれて精神的に鍛えられたよなと、前向きに思っている。
でも、その時は心身ともに追い詰められていて、退職を考えるまでだったのは事実だし、いくら吹っ切れたとはいえ、プライベートで会うのは全力で遠慮したい相手だった。
「今日はねぇ、彼氏と福袋を買いに来たんですよぉ。ダー、前の職場の先輩だよっ」
こちらの気持ちを考えてもいないのか、高木さんは満面の笑みを浮かべて駆け寄って来た。
“ダー”と呼ばれた髪を染めた短髪で今時なお洒落な彼氏君は、苦笑いを浮かべながら軽く会釈をする。
彼の手には、高木さんの買い物した物だろうカラフルな色の大きな紙袋が握られていた。
端からは見れば、二人は幸せいっぱいの若いカップルに見える。
(彼氏君は、高木さんの修羅場を知っていて付き合っているのかな? 知っていたら、私は嫌だけど彼は気にならないのかな?)
以前、彼女に襲い掛かられた事を思い出したせいか、理子は二人を生暖かい目で見てしまった。
「今日は先輩も買い物なんですかー? まさか初売りに一人、じゃ無いですよねぇ? 私ぃ色々あったけど、格好いい彼氏と出逢えたから良かったって思っているんですよぉ」
「そっか、良かったね。ごめん、ゆっくり話したいけど人を待たしているから……」
待たせている相手は、初売りセール中のデパートの買い物客の多さと、空調がよく効いた店内の暑さにかなり不機嫌になっていたから、これ以上待たせるのは得策では無かった。
「えー、辞めるときにあまり話せなかったんだからもう少し話しません? トイレが混んでいるとか連絡してさぁ。それか、お連れさんも呼んで話しましょうよ」
適当に話を切り上げて、彼のご機嫌をとらなきゃならないのに高木さんの話は止まりそうにない。
走って逃げるのもそれはそれで面倒な事になりそうだし、どうしたものか。
「……何をしている?」
トイレへ行ったきりなかなか戻って来ない自分を探しに来たのだろう、ベンチで待っていてもらったシルヴァリスが此方へ向かって来た。
高木さんと彼氏君は、突然現れたシルヴァリスに目を丸くする。
それはそうだ。長身で均整のとれた体躯に整った顔立ち、アッシュグレーの髪と明るい茶色の瞳をしたシルヴァリスは、とても目立つ。
黒いコートを羽織った姿は一見すると日本人離れをした、北欧の色素が薄い男性モデルのようだ。
しかし、此方の世界の人に擬態した色合いにしていても、外見は銀髪と深紅の瞳の色合い以外は、そのままという人外の美貌。
目立たないように気配は抑えていたとしても、慣れていないと近くに来た相手が二度見するくらいの衝撃を受ける。
しかも、大分待たせてしまったからコートのポケットに片手を突っ込んで眉間に皺を寄せての苛立ち混じり。
そんな彼が、突然話し掛けてきたのだから、高木さんも驚いたようだ。
不機嫌でも自分を探しに来てくれた事と、先程買った服が入った紙袋を忘れずに持って来てくれたのを確認して、安堵した理子は笑みを向けた。
「えっと……まさか、先輩の彼氏さん?」
「彼氏…?」
困惑顔の理子と、話し相手の高木さんの表情から状況を悟ったシルヴァリスは、クツリ、と喉を鳴らす。
「否、リコの夫だが、妻に何か?」
シルヴァリスの姿を見慣れている自分でもドキリとする柔らかい笑みを向けられ、一瞬彼に見惚れてしまった。
腰に手を回し自然な動作で引き寄せられてやっと我に返ると、一気に顔に熱が集中する。
「あ、え、実は最近結婚して、会社も退職したの。旦那様の住む国で暮らしているんだけど、今はお正月だから日本に帰って来てて……」
「全く、俺の妻は久々の帰郷に喜んで夫を忘れるとは、本当につれないな」
下ろしたままの髪を、一房人差し指に絡めるように掬い取るとシルヴァリスは愛おしそうに髪に口付ける。
いくらフロアの端にあるエレベーターホールとはいえ数人の人はいるのだ。
「も、もぅっ」
物凄く恥ずかしくなってきて、髪を絡めているシルヴァリスの手を取った。
「もー! 先輩ったらぁ!」
甘い雰囲気に入りかけていた理子とシルヴァリスの前へ、頬を膨らました高木さんがやって来る。
上目遣いの視線はシルヴァリスへ向いていたが。
「こーんな格好いい恋人がいたなんて~教えてくれれば良かったじゃないですかぁ~私、挨拶したかったなぁ。あっ! もしかして、私が辞めた後に出来たんですかぁ? 私がいた頃って、先輩身嗜みボロボロだったしぃ何か女捨ててましたもんねぇ」
両手を腰に当てて言う高木さんの仕草がわざとらしくて、理子はこめかみがひくつくのを感じた。
「初めましてー私、理子先輩のぉ元後輩ですぅ。理子先輩には色々お世話になったんですよ~」
「お、おいっ」
甘ったるく媚びた高木さんの声色に、やりすぎだと思ったのか彼氏君も声をかける。
今まで彼が高木さんを止めなかったのは、彼女に何か言われていたのだろう。
通りがかった買い物客からの此方の様子を伺う視線を感じながら、理子は早くこの場から離れたいと、息を吐いた。
「四人でお茶でもしませんかぁ?」
彼氏君が側にいなかったら、シルヴァリスの腕に撓垂れ掛っていそうな勢いの高木さんの態度より、隣の魔王様がぶちキレないかの心配で理子の精神はゴリゴリ消耗していく。
不安げに瞳を揺らす理子の腰を抱く腕の力を強め、シルヴァリスは口の端を吊り上げた。
「ほぅ……確かリコは、貴様が男と遊び呆けていた尻拭いをしていたな。男の妻に不貞を暴かれて、愚かにもリコに逆恨みをしてきた女が媚びて来たとしても、不快にしか感じられぬ」
美形に吐き捨てられるように言われるのは破壊力抜群で、明らかに高木さんの顔から血の気が引いた。
「えっ? 何?」
狼狽えた彼氏君が、固まる高木さんの腕を引く。
「じゃ、じゃあ、寒いから体調崩さないように気をつけてね」
唖然とした様子で此方を見詰める二人を置いて、シルヴァリスの手を引っ張りながら逃げるようにその場を後にした。
***
魔国へ嫁いで初めてのお正月。
異世界と此方の世界は時間の流れが違うらしく、異世界の新年は此方の旧正月のあたり。
年始の里帰りついでに、初売りへ行く約束をしていた香織が大晦日のカウントダウンイベントへ出掛けて風邪をひいて寝込んでしまったため、当初理子は一人で初売りへ行くつもりだった。
過保護な魔王は「一人で行かせると面倒事を起こす」からと、一緒に初売りへ来てくれた。
混雑している場は好きじゃないだろうシルヴァリスが、心配してくれたのも嬉しいし純粋にデートが出来て嬉しい。
歩幅を合わせてくれるのも、繋いだ手をぎゅっと握れば優しく握り返してくれるのも、大好き。
「あの、今の女の子は会社の元後輩で……彼女は色々あって辞めちゃったんだけど、バッタリ会っちゃったの」
「よい。あの様な、相手を選んで媚びる女は虫酸が走る。お前も、今後付き合うつもりは無いのだろう?」
「……うん」
少し冷静になれば、何故シルヴァリスが見せ付けるような行動をしたのか分かる。
聡い彼のことだもの、挑発的な態度の元後輩と自分を見て色々感づいたのだろう。
不快感を露にしていたけれど、魔王様が爆発しなくて…高木さんを引き裂いたり灰にしなかったのは本当に良かった。
しかし、元後輩の口を開けてポカンとした表情を思い出すと、ぷぷぷっと笑いが込み上げてくる。
「シルヴァリス様、ありがとう。スッキリした」
「俺の妻に敵意を向ける者を赦す訳にはいかぬだろう。異界でなければあの女は消し炭にしていた。やはり、今から滅してやろうか。それとも、長きに亘って苦痛を与えようか」
不穏な空気を醸し出した魔王様に当てられて、すれ違った男性がふらついて転倒しかける。
「あ、あのっシルヴァリス様、お土産に美味しいケーキを買って帰りましょうね」
このままでは高木さんが消し炭にされるか、周囲に被害が広がってしまう。
焦った理子はシルヴァリスの腕にしがみ付く。
「リコ、お前は本当に可愛いな」
必死に自分の気を逸らそうとしている理子の行動に、満足したシルヴァリスは笑みを浮かべた。
高木さん=一章に出てきたヒロインの元後輩。元後輩はヒロインに対してちょっと嫌な感じ。一時は落ち込んだけど、逞しく生きてます。
混雑した場所は嫌いだけど、ヒロインを一人でなんか行かせたくないし、久々に買い物へ行けるとウキウキしていたヒロインに行くなとは言いにくかったから、ついてきちゃった魔王様。
魔王様とヒロインは、異世界のお正月時はお仕事です。




