03.私が見付けた最高の場所
最終話となります。
実家を後にしたと理子とシルヴァリスは、実家と駅の中間地点にある大きな公園へ立ち寄った。
行きは重かった理子の足取りは、結婚報告という肩の荷が下りたために軽い。
夕方になり気温が下がってきたせいか、公園には理子とシルヴァリス以外の人影は見当たらず、貸切状態が何だか嬉しくてつい鼻歌を歌っていた。
風が吹いて銀杏の黄色い葉がヒラヒラ舞い、足元の落ち葉の上を歩く度にサクサク音がする。
(ふふふっお母さんの驚いた顔ったら、スッキリしたなー)
実家に行く前は、気持ちがすれ違ってばかりの母親と分かり合いたいとか、自分を認めて欲しいと心のどこかでは思っていた。
しかし、親子でも相性もあって寄り添えないのは仕方ないのかもしれないと、今回で気持ちの整理ができた。
いつか丁度良い距離を見付けて、理子と母親の間にあるわだかまりが薄まればいい。
(亜子お姉ちゃんの顔色も色々変わって面白かったし)
玄関前で初めてシルヴァリスと対面した時は頬を赤くしていた亜子は、帰り間際までしつこく言い寄って彼に冷たく耳元で何かを言われてから青ざめ震えていた。
恋愛では百戦錬磨の姉だから、本気で挑んだのに冷淡な扱いをされる経験は初めてでショックだったのだろう。
これで少しは異性関係を清算して、婚約者さん一筋になってくれるといいのだけれど。
(お父さんは、ちょっと感動しちゃったな)
あまり母親に対して意見しないせいか、家族内での父親の力は弱い。それでも、幼い頃より姉妹を平等に扱ってくれ、ここぞというときは理子の味方となってくれていた。
父親がシルヴァリスの事を認めてくれたから、この世界で思い残したものはほぼ無い。あるとしたら、香織の結婚式参列くらいか。
「ありがとう、シルヴァリス様」
少し重たいけれど愛してくれて、一緒に異世界まで来てくれて、母親に対して静かに反論してくれて。
小声での呟きだったのに、聞こえたのか前を歩いていたシルヴァリスが振り返る。
「どうした? 俺は、お前が母親から軽んじられているのが気に入らなかっただけだが?」
何でもないように言う彼の言葉が嬉しくて、理子はにこーっと満面の笑みを返す。
スウッとシルヴァリスの長い指先が伸びてきて、理子の髪に絡まった落ち葉を取る。
落ち葉を取った指先は、そのまま頬を撫でるように優しく滑り落ちた。
「銀杏の葉が付いていたのね。ありがとう。この公園の銀杏並木は毎年綺麗で……って、どうしたの?」
「リコ、手を」
手のひらを向けられて、理子はシルヴァリスに言われるまま右手を差し出す。
理子の右手を取ったシルヴァリスは、流れるような動作で膝を折り、地面に片膝をついた。
「ちょっ、ちょっと?」
突然の事に、理解が追い付かない理子の右手の甲へ、シルヴァリスの冷たい唇がそっと触れる。
触れた唇は冷たかったのに、彼の唇が触れた手の甲からじわじわと全身へ熱が広がっていく。
「リコ……この世界を、家族を捨てて、俺と結婚してくれますか?」
「へっ? えっ?」
見上げてくる明るい茶色の瞳は、冗談とは思えないくらい真っ直ぐで。
普段の魔王様の態度と違い過ぎる言動の彼に、理子の思考は一時停止する。
銀杏並木の前で、麗しい美青年に跪かれてのプロポーズだなんて、まるで映画のワンシーンみたいな光景。
もしや白昼夢じゃないのかと思い、何度も目蓋を瞬かせてしまった。
「リコ、返事は?」
混乱しかけた時に返事を促されて、やっとこれは現実なんだと理解した。
「はっ、はひぃ」
理解した途端、一気に全身の血液が沸騰する。全身真っ赤になった理子の喉からは、上擦った変な声が出た。
真っ赤になって慌てる理子の様子に、クックッと肩を震わせながらシルヴァリスは立ち上がる。
フワッ
日が落ちて薄暗くなった周囲がほんのりと明るくなり、理子は何事かと辺りを見渡した。
橙色、黄色、薄緑色の蛍の光みたいな淡い光が二人の周りをふわふわと飛び交う。蛍の光に似た、綿毛のような優しい光。
「なに?」
綿毛が発光しているような淡い幻想的な光に、シルヴァリスも目を細めた。
「この世界の精霊達が祝福しているようだな」
広げた手のひらの中にふんわり落ちてきた橙色の光の玉は、重さも無くほのかにあたたかい。
「祝福? これが精霊?」
ファンタジーのイメージとは違う、実体の無い光が精霊とは不思議でじっと見詰めていると、手のひらの綿毛はふるふる小刻みに震えてほどけるように消えた。
「精霊は気付かないだけで何処にでもいる。この世界の精霊は姿を潜めている事が多いようだがな。俺の魔力に惹かれて姿を現したのか」
「そっか精霊さん、ありがとう」
ありがとうの言葉に応えるように、光の綿毛達は私の肩や頭の上を跳び跳ねる動きを暫く続け、次々と空気中へほどけながら消えていった。
***
ハラハラ舞い散る銀杏の葉を眺めて、公園の銀杏並木に設置されているベンチに二人寄り添って座る。
お互いの手は、指を絡ませて繋いだままで。
「あの、急にどうしたの?」
以前のシルヴァリスは「妃にする」と決定事項のように言ってきたのに、急にプロポーズをするとは彼の中でどういう心境の変化があったのか。吃驚したけど、凄く嬉しくて倒れるかと思った。
「ショーマにプロポーズの言葉は何かと聞かれてな。プロポーズとやらはしていなかったと思い出したのだ。嫌だと言ったら、無理矢理攫って監禁しようかと思って監禁用の部屋も、お前を繋ぐ鎖と首輪も用意したのだが……まぁ、いつか使うか」
きっかけは翔真に尋ねられたからとはいえ、プロポーズをしてくれたのは純粋に嬉しい。と、にやけている理子の耳に、途中から恐ろしい発言が聞こえて「ひっ」と喉の奥から悲鳴が出た。
忘れかけていたが、彼は魔王様だった。
鎖で繋いで監禁するのに、きっと彼は躊躇はしない。むしろ、嬉々して監禁しそうだ。
「鎖と首輪なんか使わないからっ!」
全身から血の気が引くのを感じて、全力で監禁される未来を否定した。
全力で否定したのが面白かったのか、シルヴァリスは片手で顔半分を覆ってクククッと笑う。
「クッ、冗談だ。これから、俺の妻として末永くよろしくな」
「はい。私の旦那様」
未だ笑いが止まらないでいるシルヴァリスに、むくれた気持ちで繋いだ手に力を少しこめれば、ぎゅっと優しく握り返してくれる。
「さて、城へ戻るか」
「はいっ」
手を繋いだままベンチから立ち上がれば、シルヴァリスは理子の腰を抱き寄せて腕の中へと閉じ込めた。
自分の寝室と、異世界の魔王の寝室を繋ぐ穴を作ってしまうほど快適な睡眠を求めた山田理子は、魔王様の腕の中という彼以外には邪魔出来ない最高の寝場所を見つけました。
めでたしめでたし?
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
この話で『快適な睡眠と抱き枕』本編完結とさせていただきます。
本編は完結しますが、今後はヒロインのその後の話や他のキャラの話を、番外編として更新していく予定です。
本当にありがとうございました。
えっちゃん




