01.私と魔王の里帰り①
終章となります。
ヒロインの世界での話。
職場を退社した三日後、借りていたマンションの部屋の退去時手続きのため、理子は元の世界へと戻って来た。
ただ今回は、理子一人ではなくシルヴァリスも一緒だ。
オーダーメイドの上質なスーツを着て、髪は黒に近いグレーに、瞳の色は明るい茶色へと変化させたシルヴァリスは、一見すると北欧系の色白の外人男性に見える。
背も高いしスタイル抜群の彼が近くにいたら、男女問わずに見惚れてしまうのも仕方がないかと納得するくらい、シルヴァリスは見目麗しい。
隣に立つのが平凡平均的な体型な自分なのだから、釣り合わない気がしてそっと彼の横顔を見ながら理子は軽く落ち込んだ。
部屋の状況をチェックしに来た、管理会社の若い女性従業員と大家さんの中年女性は仕事そっちのけで、シルヴァリスへ熱い視線を送っているのも仕方がないかと、少しモヤモヤしながら理子は確認書類にサインをする。
「お世話になりました」
特に補修箇所も無く、鍵を返して退去手続きは終了した。
結婚のために退去すると伝えれば、管理会社の女性従業員の視線は険しくなったけれど、大家さんからは餞別の煎餅詰め合わせまでいただいて和やかに見送って貰えたから良しとする。
今回、この世界へ二人で来た目的の一つが片付き、もう一つの目的である実家への挨拶に行くため理子達は駅へと向かった。
電車に乗ってみたいという、シルヴァリスのお願いを聞いて電車で向かうことにしたのだが、駅のホームに着いた時点で早くも後悔していた。
(……目立ってる)
モデル以上のルックスの持ち主、人外の美貌のシルヴァリスが電車待ちをしていたら注目されるのは仕方がないと思う。
此方の世界で魔王が人に擬態して異世界を楽しんでいる姿とかレア過ぎて、実は理子が一番じろじろ見ているのだが、兎に角彼は目立つ。
「どうかしたのか?」
時刻表を珍しそうに眺めていたシルヴァリスが振り返る。
自分達の方を見たと思ったらしい、理子の近くにいた女子高生達がきゃあと色めき立った。
「いや、周りの目が気になって」
周囲からの羨望の眼差しを完全無視して、理子の傍までやって来たシルヴァリスへ小声でそう伝える。
「気にするな」
涼しい顔で言うシルヴァリスの腕が理子の腰へと回される。
その瞬間、周りの女性達から向けられる険のある視線が理子の全身に突き刺さってきて、逃げ出したくなった。
顔色を悪くする理子を見て、クツクツ笑うシルヴァリスは絶対に今の状況を面白がっているはず。周りの目もあり、文句を言いたくなるのをグッと堪えた。
ホームにやって来た電車に乗り、横並びの席に座ろうとした理子の腕をシルヴァリスは引くと、七人掛けの席の一番端へと座らせる。
ご丁寧に腰を抱いたまま隣にシルヴァリスが座った後、次々と男性達が席へと座った。
「お前は本当は隙だらけだな。リコの隣を狙っている男は、一人や二人ではないようだぞ」
耳元に唇を寄せて囁くように言われた台詞に、耳を疑った理子は「なんで?」と間抜けな声を上げてしまった。
ブーブー
首を傾げた理子の耳に、メッセージの着信を告げるスマートフォンの振動音が届く。
『お父さんから聞いていたけど、結婚するって本当だったんだ! もうすぐ着くの?』
届いたのは、キラキラした絵文字やスタンプ満載の姉からのメッセージ。
『もうすぐ駅だよ』
長文を打つのが面倒になって、文字のみの簡潔な一文で返す。
『彼氏って前、話していた気になっている人? 爽やか系とヤンデレ、どっち?』
『ヤンデレの方だよ』
『えーヤンデレとは仲良くなれる自信無いなぁ』
こちらとしても、シルヴァリスが嫌いなタイプの姉と仲良くしてもらうつもりは微塵もない。勘違いした姉がしつこく言い寄り、魔王の不興を買ってしまい灰にされないようにと気を使わなければならない。考えるだけで、頭が痛くなってきて理子は眉間に指を当てた。
最寄り駅へ到着して、実家までタクシーで行こうとタクシー乗り場へ向かう。
「え、歩くの?」
「ああ。駄目か?」
駅から出てタクシーを見たシルヴァリスが向けた素敵な笑顔に負け、実家まで徒歩で向かうこととなった。
徒歩だと体力的、精神的に大変だとは一応伝えてみたが「ならば、俺が抱いていこう」と、本当に駅の構内でお姫様抱っこをされてしまい、半泣きで許してもらったのだ。
「リコ、これは何だ?」
周囲から注目されるのは慣れているらしい魔王様は、駅前のアーケード街の店舗を珍しそうに覗いて行く。
見た目、美形の外人さんが興味津々で店先を覗いているものだから、店員に声をかけられてなかなか先へ進めない。
一緒にいる理子も、試食品を貰ったり用意するのを忘れていた実家への手土産を割引してもらえたのはありがたいとはいえ、恥ずかしい。
後少しでアーケード街を抜けるという所で、前方から小走りでやって来た人物に気付いて理子はゲッと呻いてしまった。
「やっぱり理子ちゃん!? まぁー彼氏さんと一緒なの?」
大声で私の名前を呼ぶふくよかな中年女性は、所謂、実家のご近所さんでお喋りさんの別名を持つ人物だった。
「こんにちは。彼は……」
面倒な相手に見つかって内心舌打ちしつつ、勘違いした話を流されるよりはと彼女に好意的な笑顔を作った。
紹介する前に、シルヴァリスは理子の前へ出て女性の片手を取る。
「リコの夫ですよ。マダム、妻がお世話になっております」
「まぁ……」
別人か別人格になったしまったかの様に、シルヴァリスは彼女と目を合わせて柔らかく微笑む。
魔王様としての彼を知ってる者が見たら吃驚して二度見をするのではないか。特に、キルビス宰相が見たら爆笑するだろう。
女性の頬がほのかに赤く染まっていたのは、見間違えか気のせいだと理子は自分に言い聞かせた。
「おめでとう! 理子ちゃんったらいつの間に結婚したの? こんなに素敵な旦那様でいいわねぇ~。うちの娘も格好いい旦那様を連れてきて欲しいわ~」
理子の肩を擦る女性は堪えきれないニヤケ笑いをしている。きっと、夕方には実家の近所中にこの話が広がるだろう。
女性の様子を面白そうに観察しているシルヴァリスへ、つい恨めしい視線を送ってしまった。
「さっきは何で夫だと言ったの? あのおばさんはお喋りだから、明日には近所中にこの事が広まってしまう」
学生の頃、姉の見た目と男関係が派手だったせいで実家、姉の話はお喋りなご近所さん達の話のネタとされていた。
真面目だと思っていた山田家の次女が、突然外人の旦那を連れてきたと彼女達の話のネタにされてしまう。
実家から離れている自分はいいが、母親と姉に文句を言われるかもしれない。
対応を考えると嫌になって、理子は溜め息を吐いてしまった。
「良かったではないか。次の里帰りとやらはもっと目立つ様にせねばな」
「はっ? まさか、シルヴァリス様?」
わざわざ徒歩で行きたいとか、お喋りさんへ好意的に接していたのは異世界を満喫したいだけだと思っていたけれど、今の発言で確信した。
山田理子を知る人達へ、自分の存在、自分が夫だと彼はアピールしているのだ。
意味の無いことをする男でない事は知っている。では、何のためにそんな事をやっているのだろうか。
実家に着いてから、シルヴァリスが家族へ何を言い出すのか、理子は今更ながら緊張で体が固くなるのを感じた。
長くなったため区切りました。
次話でやっと実家に帰ります。




