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快適な睡眠と抱き枕  作者: えっちゃん
4.私と魔王様、時々勇者
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15.奪還

 テラス側の壁が吹き飛んだため室内の照明は全て消え、暗雲立ち込める空を裂くような稲光が薄暗い室内を照らす。


 壁の残骸や硝子の破片やらで滅茶苦茶になった室内へ降り立った魔王シルヴァリスは、無表情でカルサエルを一瞥すると理子の方へと視線を向けた。


(シルヴァリス様、無事だった。助けに来てくれた)


 長椅子の背凭れを抱えて上半身を起こした理子は、シルヴァリスの無事な姿に安堵して、すぅっと肩から力が抜けていく。

 力が抜けたせいで、瞳から涙がポロポロと頬を伝って零れ落ちた。


「うっ、ひっく、シル、ヴァリス様」


 しゃくりあげる理子を見て、シルヴァリスの背後にいた人物が息を飲んだ。


「理子さんっ!?」


 聞き覚えのある声に、理子は泣きながらシルヴァリスの背後に居た人物の存在に気付き、黒髪焦げ茶色の瞳をした彼へと目を向けた。


「しょうま、くん?」


 何故、彼が此処にいるのだろうか。

 驚いた反面、やはりとも思った。やはり、彼は此方の世界と関わりがあったのだ。


「理子さん? 何で此処に?っ!」


 未だ、しゃくりあげている理子の元へ近付こうとした翔真の足が止まる。


 ザッ!

 慌てて後ろへ飛び退いた、翔真の足があった場所に深々と氷の矢が突き刺さったのだ。



「役立たずの勇者め」


 氷の矢を放ったカルサエルは、苦々しい表情で追撃の矢を放つ。

 うわっ、と呻いた翔真は、咄嗟に指先から火球を放って氷の矢を打ち落とした。


「貴様が……魔王を倒すという任を全うしなかったため、私の計画が台無しになったのだ!」


 言い放つと同時にカルサエルの魔力が、凍てつく氷の刃と化し真上から雨となって降り注いだ。


 パキィン

 降り注ぐ氷の刃は、シリヴァリスと翔真に触れる前に見えない壁に阻まれて砕け散る。


「クククッ笑わせてくれる。先代魔王が卒去した後の内乱で、我に屈し臣下として膝を折ったにも関わらず、反旗を翻すとは正に愚の骨頂。反旗を翻しただけでも赦しがたいが、さらに我が妃を拐かすとは。貴様は自らの、一族の滅びすら望んでいるらしいな」


 魔王様としての凶悪な迫力を纏って、シリヴァリスは愉しそうにクツクツ嗤う。

 魔王の隣に立つ翔真は「妃?」と、ぽかんと口を開けて理子とシリヴァリスを見る。


「貴様が企てた事は、我等魔族が他種族と交わしている不可侵条約を破る行為だ。咎人には罰を与えねばならぬ」


 口の端を吊り上げながら、魔王はカルサエルとの距離を縮める。

 雷の音をBGMにして、魔王はパキリパキリッと瓦礫を踏みながら歩く。


「既に貴様に与する者たちの捕縛へ、キルビスと将軍達が動いている。そして、ダルマン侯爵家の爵位剥奪は元老院も了承済みだ。貴様の配下共は全て捕らえ、この屋敷の周囲の空間は干渉出来ぬように閉じた。屋敷からは逃げ出すことも出来ず、貴様に加勢する者もおらぬ。カルサエル、我に成り代わり魔王の座にも着けず、人族の国を手中に納められず、残念だったな」


 あと二、三歩でカルサエルと当たるといった距離で魔王は歩みを止める。

 強力な魔法を繰り出そうと、展開しかけた魔方陣を魔王の魔力障壁によって阻まれ、カルサエルは端正な顔を憎悪に歪めた。


「くっ、魔王様には……全てお見通しだったという訳ですか。私が貴方に敗北してから二十年かけた計画を、元老院も頷かざる得ないように動かれるとは。流石は魔王様。……だが!」


 台詞と共に、カルサエルが魔力を込めた右手のひらを握る仕草をする。


 カッ! カカッ! バキンッ!


 長椅子の背凭れにしがみついていた理子の周囲を、長椅子を半分に切り裂きながら輝く三枚の硝子の板が三角形に覆う。


「なっ? なにっ?」


 突然の事に驚きつつ、理子は硝子の板に触れて強度を確認する。

 だんっ、強めに叩いてもびくともしない硝子に、理子は事態を理解した。

 三角形の硝子内に閉じ込められたのだと。

 内側から触れても何も無いが、おそらく外側から触れれば攻撃してくるとかか。理子を閉じ込めた理由は、よく悪役がやるアレだろうか。


「いかに魔王と言えど、寵愛する娘の命を盾にされたらどうなるかな」


 予想通りの悪役の台詞を言うカルサエルに、このままでは自分が魔王の足手まといになってしまうじゃないかと、理子は焦る。



「ほぅ……反射鏡の檻か。考えたな」


 淡々とした声色で言うシルヴァリスは、泣きべそになっている理子に、大丈夫と言うような不敵な笑みを向ける。



『……小僧、リコを捕らえている檻のみを聖剣で斬れ』


 脳裏に響いた魔王の声に、完全に傍観者となっていた翔真はびくっと体を揺らした。

 檻、硝子の板か? と、硝子の檻とやらを見た時、今にも泣き出しそうな理子と目が合う。



『魔法は全て反射され、我の剣撃だとリコごと斬ってしまう。聖剣ならば鏡のみを切り裂ける。……我が妻に毛ほどの傷でも付けたら赦さぬがな』


 脳内に直接響く魔王の圧力に、翔真は内心汗だくの気分で、腰から聖剣を引き抜くと細心の注意を払って横へ凪いだ。



 バリーィン!!


 理子を囲う鏡に向かって放たれた衝撃波に、鏡が激しく揺さぶられて激しい音をたてて割れる。


「きゃあ!」


 飛び散る鏡の破片が降り注ぐかと、身構えていた理子の周りを赤い光が覆い、割れた鏡の鋭い切っ先は光に阻まれ蒸発するように消えた。


 目を見張る理子を力強い腕が抱き締める。

 腕の中へ閉じ込められた理子の鼻腔を擽るように、ふわりと香るのは優しい花の香り。


「シルヴァリス様っ」


 肩を抱く腕にぎゅう、と抱き付けば、シルヴァリスはフッと笑って理子を横抱きにする。頬を伝う涙を長い人差し指がそっと拭う。



「何だと!?」


 翔真の振るった聖剣の力によって鏡の檻を破られたカルサエルは、驚愕の声を上げた。


「そうか、わざと守護魔法を弱めていたのだな。私が動くようにと」


 降り注ぐ鏡の破片から、理子を守護する赤い光が彼女の体を包み完璧に護ったのを目の当たりにして、ギリッと奥歯を噛み締める。


 悔しそうに顔を歪めるカルサエルへ、小馬鹿にするような薄ら笑い笑いを向け、シルヴァリスは腕に抱く理子の耳元へと唇を近づけた。


「リコ、そこの小僧と共に城へ戻っていろ」

「シルヴァリス様は?」

「我は裏切り者に制裁を与える」


 僅かに殺気を込めた視線でカルサエルを見やる。


「後始末を終わらせすぐに戻る。お前は身を清めて、大人しく部屋で俺を待っていろ」


 二度耳元へ寄せられる唇から紡がれた言葉は、艶を含んでいる気がして場違いにも理子の頬は熱を持った。

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