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快適な睡眠と抱き枕  作者: えっちゃん
4.私と魔王様、時々勇者
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14.待ちわびた相手

 あの日、異世界へ召喚された日は、高校生活最後の夏休みが終わり憂鬱な気分で翔真は学校へ向かっていた。

 半ば寝ながら電車に乗っていた翔真は、くぁっと欠伸をしながら顔を上げて止まった。


(うわぁー、美人)


 顔を上げた翔真の目は、前に立つOLに釘付けになってしまった。

 ただ綺麗なお姉さんじゃない。惹き付けられる様な美人だった。

 ふと、吊り革に掴まっているOLと目が合う。

 綺麗なお姉さんと目が合って、逸らすのは不自然かと思って慌てた翔真はOLに席を譲った。


 朝から良いことしたなーと、気分が上向きになって、電車からホームへと一歩踏み入れた瞬間……世界は暗転した。




 気が付けば、俺は真っ暗な長い穴を落下していた。


 最初は、眠くてよろけた拍子にマンホールに落ちたのかと思ったが、違う。

 底が見えずに、何時までも暗闇を落下し続けるのだ。

 これはヤバイと焦って、何か掴まる物は無いかと手足をばたつかせる。


 暫くもがいていると翔真の視界に、真っ暗闇以外の別のものが入り込む。

 それは真っ暗な空間に立つ、燕尾服を着た長い黒髪の男。


 “お前は、私の役に立ってもらおう”


 ムカつくくらい綺麗な顔をした男は、高慢そうな表情を嬉しそうに歪めて、青い瞳を猫のように細める。


 “誰だよ! 何なんだよ!”


 叫んだつもりだった翔真は、次の瞬間には石の床の上へと背中から着地していた。



 背中から着地したせいで、肩と尻を襲った強烈な痛みで呻く。



「おおっ勇者よ!」


 見知らぬ石造りの広い部屋で、魔法使いが着るローブのような服を纏った男達に囲まれた翔真は、涙目で痛む尻を押さえた。


「ゆうしゃ?」


 傷みで悶絶している翔真を笑うでもなく、歓喜乱舞といったローブを羽織った男達に、何かのドッキリじゃないかと辺りを見渡して撮影のカメラを探す。


 こうして、約半年に及ぶ翔真の異世界生活が幕を上げたのだった。




 魔王の攻撃により、身体の内と外に負った火傷による激痛が嘘のように消えてゆく。


 高位回復魔法も扱えるとは、魔王はとんでもない化け物だと改めて翔真は実感した。

 城の魔術師や回復魔法に特化したヒーラーでさえ、ここまで素早く治せないだろう。


 今ならはっきりと分かる。

 最初から、この寒気がするくらい綺麗で冷酷な魔王に勝てる訳無かったのだ。


「うぅ、治ったのか」


 傷みの有無と傷の治癒具合を確認しながら、両手を床に突いて翔真はゆっくりと起き上がった。

 床へ転がったままの聖剣を腰の鞘へと収める。


「さて、行くぞ」


 未だ壇上から動かない魔王は、黒衣のマントを翻して翔真へ背を向ける。


「ど、何処へ?」


 つい先程まで、自分を倒そうとしていた相手に背を向けるとは余裕だな、と思いつつ魔王へ問う。

 首を動かして翔真を見下ろす魔王は、クッと笑った。


「お前を勇者として召喚した者。我を出し抜くために、アネイル国を、マクシリアン王子を裏で操っていた者の所だ。我を謀ろうなどと、赦せぬ」


 魔王から発せられる、殺気とも怒気ともとれる鋭利な刃物の様な圧力に気圧され、翔真は数歩後ろへ下がってしまった。




 ***




 必死の抵抗虚しく、理子の体はカルサエルによって長椅子へと押し付けられていた。

 ふかふかしたクッション材の座面の感触は恐怖しか感じられない。


「離して! 私に触らないでっ」


 のし掛かってくるカルサエルから逃れようと、理子は必死で足を動かす。


「ふふふっ、私のお妃様は見た目に反して気が強いとは、屈服させがいがあって、なかなかそそるな」


 暴れる脚を簡単に押さえ込んだカルサエルのコバルトブルーの瞳は、加虐的な愉悦を感じて煌めく。


「わ、私は、貴方のモノじゃない!」


 乱れたスカートの裾から冷たい手が中に侵入し、ゆっくり太股を撫でる。


「やぁ止めてっ」


 更にスカートの奥へと進もうとする手を、理子は両手で押さえる。


「拒んでいても、いずれ貴女は私のモノとなるのですよ。それを、今から分からせて差し上げましょうか」


 クツリと捕食者の笑みを浮かべたカルサエルは、抵抗する理子の両手首を片手で掴むと、魔法で出現させた黒い腰紐のような紐で縛った。

 両手を頭上で縛られるという、貞操の危機に、込み上げてくる涙を溢れ出さないように堪える。


「私は、魔王様の、シルヴァリス様のモノなの!」


 ビリッ!


 言い終わらないうちに、カルサエルの指がカットソーの襟首へかかり一気に布地を破る。


「いやぁっ!」


 両手首は頭上で縛られて、両足はカルサエルの体によって押さえ付けられている状態で、理子は唯一動かせる首を動かして抵抗する。


「今頃、魔王は聖剣を持つ勇者と戦っている。世界を闇に染めた先々代魔王を葬った聖剣だ。現魔王とて無事では済むまい。万が一、勇者が敗北しても、弱った魔王は私が倒す。貴女には、これ以上魔王の名を呼べぬように、体に私を刻み付けてやろう。そして、その体に宿す魔力を私に寄越せ。魔力を寄越せば貴女には用はない」


 胸元に顔を埋めたカルサエルの冷たい唇が、紅赤色に色付く妃の印に触れる。

 妃に、妻にすると言いつつ、狙いは理子の中にあるシルヴァリスの強い魔力か。

 悔しい、こんな男に好き勝手されるのは。魔法が使えれば、戦えれば多少は抵抗できるのに。



「止めて! シルヴァリス様!!」


 力の限り叫んだ。

 絶対泣くものか、と堪えていた涙がボロボロ零れ落ちた。

 例え、勇者だろうと聖剣だろうと魔王は負けない。

 そして、この印に触れていいのは愛する未来の旦那様、魔王シルヴァリスだけ。




 バキバキ!! バリーン!!



 凄まじい轟音と共に、テラスに繋がる窓と壁面が吹き飛んだ。

 広くなった視界に、ごうごうと渦巻く風と闇色の空を引き裂く稲妻が見える。



「我が妃から離れろ」


 跡形も無く吹き飛んだテラスの方から聞こえてきた声は、怒りを飛び越えて全ての感情が消えた機械的な声色。

 それでいて、聞く者へ拒否権を与えない絶対権力者の響きが混じっていた。


「まさか!? くっ!」


 理子に跨がったまま胸元へ触れていたカルサエルの指先が、突如深紅の炎につつまれる。

 顔を歪めつつ、ちっと舌打ちをしたカルサエルは、腕を一振りして炎を吹き飛ばした。


「我が妃から離れろと命じたのが分からぬか? カルサエル・ダルマン」


 静かな怒りを湛えた魔王シルヴァリスが、荒れ果てた室内へと降り立った。

タイトルはヒロインと、勇者を召喚(したと思っている)人達の気持ちにかかっています。

実際、勇者を召喚したのはカルサエルです。

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