13.魔王と勇者
ヒロイン不在です。
「魔王らしくしていてください」と、やたら張り切る従者がセッティングしたのは、祭壇の間に敷かれたレッドカーペットと豪奢な椅子だった。
明らかに、自分よりこの状況を楽しんでいる従者達の好きにさせて、目蓋を閉じた魔王は気配を探る。
何重にも張り巡らした策に穴はない。あるとしたら、寵愛する娘の存在だけだ。
予想外の動きをする、今は異界に居る筈の娘の気配を探り、魔王は彼女の動きを予測していく。
今後起こりうるだろう事態に備え、魔王は側近へ向けて伝達魔法で指示を出した。
カツンカツン
静かな神殿内を、何者かが歩く音が響く。
キィン……バタンッ
扉の開閉音が侵入者の存在を告げる。
儀礼用の祭壇前に椅子を置き、足を組んで座っていた魔王はやって来た待ち人に閉じていた目蓋を開いた。
「ようやく、来たな」
白銀の胸当てを身に付けた、黒髪、焦げ茶色の瞳の若い青年は、壇上から見下ろす魔王の姿に一瞬瞠目する。
「待ちわびたぞ」
「お前が、魔王か?」
まだ少年でも通じる年代の勇者は、壇上に座する魔王を見上げた。
「如何にも。退屈な会議が続いて、丁度飽いていたところだ。貴様には暇潰しに付き合ってもらおうか」
「魔王! 何故、サーシャリア王女に呪いをかけたんだ! それに、アネイル国を焼き払わせはしない!」
勇者の威勢の良さを、魔王は鼻で嗤う。
どうやら、アネイル王と王子は魔王の挑発を真正面から受け取ったようだ。
「何を吹き込まれたのかは知らぬが、アネイルの王女は愚かにも、魔王の我に魅了魔法をかけようとしたのだ。魔力封じの呪を解けと息巻くのならば、無礼を詫び、此所へ王女を連れてくればよかろう」
諸国との会議の為に用意された神殿に軍隊を投入する訳にはいかずとも、まさか、聖剣を扱える貴重な勇者を護衛無しで単身乗り込ませるとは。
マクシリアン王子は勇者を過大評価しているのか、護衛をつけられない程追い込まれているのか。
「意気揚々と乗り込んできたようだが、此処まで辿り着くのに何も障害も無かったのは不思議には感じなかったか? 貴様を、勇者を我が招き入れたからだ。愚鈍なマクシリアン王子が手助けした、とでも思ってはいないだろうな」
「何だと! マクシリアン殿下を愚弄するのか! 殿下の転移魔法のお陰で此処までこれたんだ」
魔王滞在中の警護として、神殿内外に従者達による結界を張り巡らしてある。
結界がそのままでは、勇者といえども神殿へ入る事すら出来なかったであろう。
魔王の命により一時的に結界を緩め、勇者が来ても手出ししないように命じてあったため、彼は此処まで辿り着けたのだ。
何という茶番だと、魔王は嗤う。
「まあ、良い。愉しませてくれるのであろう」
バサッと黒いマントを翻して、魔王は椅子から立ち上がった。
「勇者よ、暗黒時代の魔王を倒したという聖剣の力を我に見せてみよ」
伸ばした魔王の右手の中に、漆黒の魔力が渦巻く。
魔力は形を成して、柄の部分に銀の装飾と深紅の玉が付いた、漆黒の剣が出現した。
剣の柄を握った魔王は、切っ先を壇下の勇者へと向ける。
「俺は、お前を、魔王を倒して元の世界へ帰るんだ!!」
魔王に応じて、勇者も腰に差した白銀の剣を抜き放った。
「うおおおー!!」
聖剣を両手で握り締めた勇者は、一気に壇上の魔王へと跳び掛かった。
ギィン!
跳び掛かってきた聖剣の刀身を、魔王の漆黒の剣が易々と受け止める。
魔剣の闇魔法の力に反応して、聖剣から白い光が放たれた。
弾丸となって向かってくるのは、聖剣の付属聖魔法効果か。
魔王は聖魔法の弾丸を難なく斬り捨てた。
「ほぅ、これが聖剣の力か」
中位の魔族や魔獣ならば聖剣の聖魔法で滅せられただろうが、魔王を脅かすほどの力は無い。
「だが、小僧。この程度の腕では我には勝てぬ」
荒さが目立つ勇者の剣さばきでは、聖剣の力を扱いきれていないのだ。
「くそっ!」
聖剣を握る手とは逆の手のひらに、勇者は魔力を集中させる。
魔王へ向かって勇者は火球を投げつけ、追い撃ちとばかりに聖剣の聖なる弾丸を撃ち込んだ。
ドウッ!
渾身の魔力を叩き込んで、手応えを感じた勇者は笑みを浮かべた。
「人にしては、なかなかの魔力だな」
爆煙の中から聞こえた声に、勇者の笑みは凍り付く。
「嘘だろっ」
自分が扱える最大級の火炎魔法に、聖剣の聖魔法の直撃を受けて無傷でいる魔王。
さらに、魔王は壇上から一歩も動いていない事に気付いて、勇者の額から汗が流れ落ちた。
「っ!」
焦る勇者を余裕の表情で見下ろしていた魔王だったが、異界で起こった異変を察知して虚空を睨み付ける。
「……ちっ、彼奴め……」
寵愛する娘と同じ赤い玉をはめた、魔王が右耳に付けているカフスが異変を知らせる。
隙を与えていたとはいえ、想定外の早さでガーディアンと守護魔法が破られるとは。
「まだだっ!」
気が逸れていた魔王の腕を聖剣の切っ先が掠める。
久しく忘れていた傷を負った痛みと、傷口から流れ出る血液の感覚に、魔王は己が慢心しきっていたと嘲る。
魔王を傷付けるとは、人の身で、なかなかやる。
もっと時間をかけて鍛えれば、高位魔族にも遜色しない程の勇者となろう。
だが、
「勇者よ、残念だが貴様と遊んでる暇が無くなった。これで終いにさせてもらう」
手加減せずに、魔王は勇者の周囲へと滅するための魔力を放つ。
「何! くっ、ぐああっ!」
バリバリバリッ!!
防御する間もなく、足元から出現した漆黒の稲妻が勇者に襲いかかる。
抵抗したくとも、状態異常の効果も併せ持つ稲妻に体を貫かれてはなすすべもなかった。
「終いだ」
無感動な魔王の声が響き、混濁していく意識の中、勇者は己の死を覚悟した。
「御待ちください!!」
突如、祭壇の間に第三者の声が響く。
勇者の命を奪おうとしていた稲妻の戒めが、瞬時に解かれた。
ドサリッ
稲妻から解放された勇者は、糸の切れた人形の様に前のめりに倒れる。
身体中を襲う焼けるような痛みにより、身動き出来ずに喘ぎながら呻く。
「アネイル国宰相殿から魔王様宛に伝達魔法が届きました」
魔王と勇者の間に割って入る形になった従者は、壇上の主へ向かって膝を折る。
「“粛清は全て終わりました”と」
「ほぅ、テオドール王子と宰相はもう終わらせたのか」
“アネイル国”“粛清”という言葉に、勇者は激痛を堪えながら僅かに動く顔を上げる。
「勇者よ聞くがよい。貴様に我の討伐を命じていた、マクシリアン王子は弟のテオドール王子によって粛清された。王も捕らえられ、今後、テオドール王子がアネイル国王に即位するだろう」
「なん、だと……?」
異世界に召喚されてから、今まで世話をしてもらっていたマクシリアン王子の衝撃的な話に、勇者は焼けて激痛を訴える喉から掠れた声を絞り出す。
「我は後始末に向かうが、この世界での存在理由が無くなった貴様は、これからどうしたいのだ?」
勇者として召喚した王子は葬られ、召喚理由となった魔王を倒せぬのなら、この世界での自分の存在理由は……無い。
「俺は……還り、たい。元の、世界へ」
ポタリッ
勇者に祭り上げられてきた少年の瞳から涙が溢れ、石造りの床を濡らす。
「よかろう。ならば共に来い。貴様を救国の勇者とやらにしてやる」
魔王の台詞が終わらないうちに、勇者の身体中があたたかな光に包まれる。
瞬く間に痛みと息苦しさが楽になっていき、勇者は魔王によって回復魔法をかけられたことを覚った。
ノリノリで従者はレッドカーペットを用意したと思う。
勇者は、レベル足りなさすぎて魔王にぼこぼこにされました。




