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快適な睡眠と抱き枕  作者: えっちゃん
4.私と魔王様、時々勇者
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04.私は決断する

 “人であって人でない”

 衝撃が強すぎて、直ぐには理解出来ずにいた理子は、シルヴァリスの発言を頭の中で何度も復唱する。


「人であって人でない?」


 某アニメの主人公達みたいに、中途半端な存在ということか。

 ずっと人でいたはずなのに、知らない間に人では無くなるなんて、まるで笑えない冗談を言われた気分だ。しかし、冗談ではないことは分かっていた。


「今はそうだ。俺の子を身籠れば、お前は魔族と同じ体となる」


 背中から抱き締めるシルヴァリスは、愛しそうに理子の下腹部を手の平で擦る。

 撫でられても、まだ胎内には子はいないのに。「早く孕め」と言われているようだった。


「子どもが出来たら、魔族になる? 何でその事を言ってくれなかったの?」

「伝えていたら、リコは俺を受け入れたか?」


 問われて、直ぐに答えることは出来ず黙ってしまった。

 いくら好意を持っていても、元の世界と生活、人としての生を捨ててまでしてシルヴァリスとの恋に走れるとは思えない。


「それは……分からない」


 お盆休み前に、魔王シルヴァリスを好きだという気持ちを自覚する前に伝えられたら、受け入れるのは無理だったかも知れない。

 正直に言えば、後ろから抱き締める腕に力がこもる。


「リコを、人の短い寿命なんぞで失うのは惜しい。脆弱な人で無くなれば、お前はずっと俺と共に在れるだろうと思った」


 初めて顔を会わせた時、シルヴァリスは私を「小動物」だと「可愛らしい」と言っていた。

 抱き枕にするくらい気に入ってくれて、共に在りたいと思うくらい愛してくれたのは、今となっては嬉しい。

 嬉しいのに、納得は出来ない。


「私の、意思は、無視なの?」


 一歩間違えば病的な、ストーカーじみた一方的な愛ほど魔王から想われる自分にとって恐ろしいものはない。


「意思など関係無い。傍に在れば良いと思っていたからな。逃げるのならば、捕らえて鎖で繋ぎ、檻に閉じ込めておくだけだ。苦痛と恐怖を与えて、俺に逆らえないと調教していきその真っ直ぐな瞳が濁っていくのを見るのも良かった。だが……」


 拉致監禁未遂という恐い想いを語る魔王に、背中から抱き締められていて良かったと思う。

 顔を合わさないでいるから、事実を知ってショックを受けても彼の考えが恐ろしくとも泣かないでいられる。


「だが、今は、お前に拒絶されるのは耐えられぬ。これが、恐怖という感情なのか」


 シルヴァリスの声のトーンが下がる。

 まさか、普段は自信に満ち溢れている魔王が怖いと感じて弱々しい声を出すとは。


 驚いた理子は腰に回された腕に触れた。


「……嫌いになれたら良かったのに。酷いことをされたのに、私は貴方の事を嫌いになれないなんて」


 自分勝手な考えで人生を変えられたのだから、怒るべきだと怒ってもいいのだと思う。

 怒りとショックを感じているのに、魔王シルヴァリスを嫌いになれないのは、彼と共に在れるのが嬉しく感じている自分もいるからだ。


 軽く手で払えば、理子の腰に回された腕は簡単に外れた。シルヴァリス膝の上から下りて、ゆっくり彼の方を向く。


「っ!」


 ハッと目を見開いてしまった。

 まるで、寂しそうにすがる子犬の様な目をしてシルヴァリスが理子を見上げていたのだ。


「もう人で無くなったのなら、元の世界でずっとは暮らせないよね」

「リコが暮らす世界は、魔力の存在がほぼ消失している世界だ。魔力を宿したお前の存在は、周囲に影響を与える。その一つが魅了の力だ」


 今日の出来事を思い出して、ふぅーと溜め息を吐いた。

 意思とは関係ない魅了なんて、役に立たないし恐怖でしかならない。


「私は、元の世界では生きにくくなっちゃったのね」


 つい自嘲の笑みを浮かべて、理子はシルヴァリスの隣へ座った。


「以前から言っているだろう。俺の許へ来いと。暮らしと身分は保障すると」

「ずっと、ずっと前から貴方は……」


 ずっと前、壁越しに会話していた時から魔王は自分の世界へ来いと誘っていた。

 あの時、彼の誘いに頷いていたら自分は人でいられたのかな。


「でも、いきなり失踪は出来ないし、家族にもお嫁に行くことを伝えなきゃならない。仕事は区切りのいいところまでは辞めにくいし、引き継ぎをしなきゃならない。部屋も引き払わなきゃならないし……今直ぐには、シルヴァリス様の許へは行けないよ?」

「……時間はどれだけあればよいのだ?」


 うーん、と理子は腕組みして考える。


「仕事と引っ越し手続きで、最低でも二ヶ月くらいかな?」

「二ヶ月、だな。それ以上は待たぬぞ」


 つい先程までしおらしい態度だったのに、何時も通りの不敵な笑みを浮かべてシルヴァリスは理子を抱き寄せた。


 弱々しい態度も計算のうちだったのかと、嵌められた気がして悔しくなるが彼に寂しそうに揺れていた赤い瞳に魅入られてしまい、許している自分がもっと悔しい。


 せめてもの抵抗として、理子はプイッと横を向いてやった。




 ***




 魔力の影響が薄まるようにシルヴァリスに魔法をかけてもらい、理子は職場の同僚達とは最低限の会話をするだけにして出来るだけ人と関わらないように過ごした。


 昼休憩時間中の混み合う社員食堂の端の席に座って、醤油ラーメンの麺を啜っていた香織の箸が止まる。


「はぁ?」


 固まる香織の向かい側に座る理子は、オムライスをもぐもぐ咀嚼しながら頷く。


「昨日、話し合って決めたの」


 二度、「はぁ?」と声を出して、香織はお盆に箸を置いた。


「退職だなんて急過ぎじゃない? もしかして、子どもが出来たの?」


 ジロリッと睨まれて、今度は理子が慌てる。

 毎晩シルヴァリスに抱かれてはいるが、妃となる前に理子が身籠らないようにと、配慮はしてくれているらしいから大丈夫だと思いたい。


「ち、違うって。彼の家の方針で花嫁修業をしなきゃならないんだってば、だから仕事を辞めて勉強するの」


 勉強は正直嫌だが、シルヴァリスの妻、魔王の妃となるためには、マクリーン侍女長によるお妃教育を受けなければならない。


 入社三年目、やっと仕事が楽しくなってきた頃に退職するとは、思ってもいなかった。

 出来れば、仕事をしながら異世界を行き来するお盆休み前の生活をもう少しだく続けていたかった。

 けれど、自分の変化に気付いてしまったからもう戻れない。


「はぁー寂しいけど、理子が決めたことなら手続きは協力するね」


 人事部所属の香織は、仕事中の顔をして微笑む。


「退職の手続きに必要な事は後で連絡するから。今度、彼氏を紹介してよね」

「うん」

「時々、飲みに行こうね」

「うん」


 昨夜、異世界の魔王へ嫁ぐ事を決意した筈なのに、香織と話していると寂しくなってきてぐらぐら気持ちが揺らいでしまう。


(本当は、私、仕事を辞めたくないのかな)


 目頭が熱くなってきた理子は、スンッと鼻を啜った。

退職を決意しました。

退職手続き、2ヶ月あれば足りるかな?

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