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快適な睡眠と抱き枕  作者: えっちゃん
4.私と魔王様、時々勇者
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02.違和感に戸惑う

 一本早い電車にしたのにお盆休み明けの地下鉄はとても混んでいた。

 扉近くの席の前に吊り革に掴まって立っていた理子は、下車する人の波に押されてよろけてしまう。


「わっ」


 よろけた理子は、隣に立つ若いサラリーマン風の男性にもたれ掛かった。


「す、すいません」

「いえ大丈夫ですか?」

「はい、ありがとうございます」


 慌てて離れたが、青年は理子の顔をじっと見詰めたまま身動きしない。


「あの?」

「あっ、ああ、すいません」


 弾かれたように、男性は理子から目を逸らす。若干、彼の顔が赤くなっていた気がした。


 何となく気まずくなって前を向くと、前の席に座っていた学生服を着た背の高い男子高校生と目が合う。

 男子高校生が、ハッとしたように肩を揺らして目を見張る。

 微妙なやり取りを見られちゃったか、と思って視線を逸らすと、急に少年は立ち上がった。


「どうぞ」


 どうやらよろけたのを見かねて、席を譲ってくれるらしい。

 職場まであと少しだけだし、座らなくても大丈夫だけれどせっかくの好意を断るのは少年に申し訳ない。

 理子は笑みを少年に向けて、ありがとうございます、と席に座った。


 席に座ってから少し落ち着かなくて、顔を上げてみれば、ばちりと席を替わってくれた少年と目が合う。

 気まずくて、理子は少年にぺこりと頭を下げて俯いた。


 若いのに席を譲ってもらったせいか、周りから視線を感じるような気がする。

 もしかして、席に座りたいお年寄りでも居るのだろうか。理子は車内を見渡して、お年寄りがいないと首を傾げた。




 早目に家を出たおかげで、職場には始業時刻の30分前に着いた。

 お盆休み明けだし、デスク周りの掃除でもして気合いを入れて仕事をしようか。バッグをロッカーへ仕舞い、理子は誰も居ない事を確認してから更衣室で制服に着替えた。


「山田さん!」


 朝の掃除を終えた頃、始業時刻ギリギリに走って来た山本さんが理子の姿を見付けて手を振る。

 走ってきた山本さんは汗だくで、息を切らして髪は寝癖がついている事からどうやら寝坊した様だ。


「山本さん、おはようございます。お盆休みはどうでしたか?」


 額から滴る汗を拭う仕草のまま、山本さんは理子を凝視して固まる。


「山本さん?」


 声をかければ、彼はびくりっと体を揺らした。


「あ……社会人フットサルの仲間とキャンプに行ったり、実家に帰ってのんびりしたかな。山田さんはどっか行ったの? 何回か連絡したんだけど、メッセージが届かなかったし電話も繋がらなかったから、どうしたのかなって心配になったんだよ」

「連絡してくれたんですか? すいません、スマフォを忘れて実家に帰っちゃって。電源は切れてました」


 そうだった。山本さんからスマートフォンに着信とメッセージが着ていたんだった。

 スマートフォンはアラームとカメラ機能を使いたくて異世界に持って行っていた。電話は繋がらずメッセージがきていても分からず、所在不明だと友人や姉に心配されてしまったんだ。


 汗を拭いながら理子へ近付く山本さんは、暑さからか顔を赤くしている。

 すぐ側まで歩み寄った山本さんに至近距離から見下ろされて、何だか落ち着かない気持ちになった。


「あのさ、山田さん、今日の夕飯一緒に」

「山本さーん! お電話でーす」


 続く台詞は、衝立の隙間から顔を出した女子社員の声に掻き消される。


「はぁ、じゃあ、続きはまた後で」


 ガックリ項垂れた山本さんは、電話対応のために重たい足取りでデスクへと戻って行った。




「素晴らしい!」


 ギシギシ揺れるデスクチェアにどっかり座った恰幅の良い中年男性は、理子が手渡した書類に目を通してニンマリ笑った。


「山田さんに頼むと間違いがないから、いつも助かるよ。ありがとうね」


 いつもぼんやりしている50代の男性社員、佐野さんはパソコンが苦手だと毎回理子に打ち込みを依頼してくる。

 仕事に追われている時は苛つくこともあるけれど、笑うと目がなくなる恵比寿顔、薄くなった頭髪に恰幅の良い体型の彼は憎めない柔和な性格で、低姿勢で頼まれると嫌とは言えないのだ。


「いえいえ」

「あ、そうだ。ちょっと待って」


 そう言いながら佐野さんは、足元の荷物置き場からキャンバス地のトートバッグを持ち上げて、ごそごそと何かを探し始めた。


「知り合いからもらったんだけど、こういうの食べる?」


 トートバッグから出てきたのは、有名チョコレート専門店のチョコレート詰め合わせの箱。

 滅多に口に出来ない高級チョコレートの詰め合わせを頂き、理子の瞳は輝いた。


「ありがとうございます!」


 上手いように使われてる気がしないでもないけれど、たまに佐野さんから高級なお菓子を頂けるから頼まれるのを断れない。


「お疲れ様。いつも大変だね。これあげるよ」

「いいんですか? ありがとうございます」


 擦れ違い様に、理子が両手で抱え持っていたファイルの上に男性社員が個包装のチョコレートを乗せる。


「私もあげるわ~。頑張ってね」


 側にいた先輩女子社員も笑いながら、理子の持つファイルの上にイチゴミルク飴をちょこんと置く。

 まるで「頑張ったご褒美」と、皆から餌付けされている気分だ。


(あれ? 何か変じゃないの?)


 こんなにも自分は、職場の皆から気にされて構われていただろうか。




 ***




「ねえ、山田さん」

「はい?」

「彼氏、いるの?」


 給湯室で珈琲を淹れている理子の後ろから突然声をかけてきたと思ったら、何の脈絡もなく男性社員に聞かれた。


 確か、彼は同期入社の安達さん、だったか。

 新入社員の頃から髪の毛を茶色に染めて注意されているのに、直さず仕事をバリバリこなして今では染髪を黙認させているという強者。

 部署も違うし、殆ど話したことがない上にお洒落なタイプの彼と平凡というジャンル違いの理子に、どうしてそんなことを聞くのか。


 個人情報を教えるのは気が引けるが、無碍に扱って関係が悪くなるのも、今後の仕事上困るかもしれない。



「えーと、彼氏はいないけど? 安達さんは確か可愛い彼女がいるんだっけ?」

「彼女とは先月別れたんだよ。山田さん、この頃、すごい綺麗になったから彼氏が出来たのかと思ったんだ」


(綺麗になった?)


 理子は思わず首を傾げた。

 最近、髪の毛に艶が出来て肌の艶も良くなったからか。それは魔王と侍女達のおかげで維持出来てるだけなのだが。

 彼氏というか婚約者はいます、と答えようか迷う。魔王様は婚約者ではなくて。旦那様になるのか。


「そっか。いないのかー。あ、じゃあ、好きな人でもできた?」


 珈琲をポットから保冷マグに入れる手を止めて、理子は安達さんへ困惑した視線を向けた。


「うん、まあ、好きな人はいます。でも、何で?」

「好きな人がいるの? でも、いいや。……山田さんが気になってしかたないです。お試しでもいいから、俺と付き合ってもらえませんか」


 彼は給湯室で何を言ってるのか。何度も理子は目蓋を瞬かせた。

 冗談にしては、安達さんは真顔で真剣な目をしていた。

 熱っぽい目で見詰められて、逆に理子の頭は冷静になっていく。


 きっと、何も無ければ雰囲気イケメンな安達さんに冗談でも告白されて、嬉しくて有頂天な気分になっただろう。

 しかし、全く嬉しくは無かった。

 異世界に居る旦那様の方がずっと、誰よりも素敵で格好良くて自分を愛してくれているのだから。

 それに、浮気? でもしたら、旦那様、シルヴァリスは理子を監禁して凌辱まがいの行為を悦んで行う。下手したら一生鎖で繋がれるかもしれない。

 独占欲の塊の様な魔王に、他の男からアプローチされたと知られたら危険だ。


(駄目駄目駄目! 今すぐきっぱり断らなきゃ怖い! 魔法でやり取りを聞いているかもしれないし)

 

 内心、血の気が引いた理子は安達さんに向かって頭を下げた。


「ごめんなさい。付き合うのは無理です」


 断る理由が思い付かず、理子は直球でお断りをする。


「そっか。いきなり告白したら、そうだよね。いきなりじゃ困らせるかと思ったけど、誰かに先を越される前に、言っておきたくて」


 苦笑いを浮かべて、安達さんは頭を掻く。


「ごめんね、変なこと言って。山田さんの気が変わったら、いつでも連絡してきて」


 安達さんは、理子の手のひらへ押し付けるように携帯電話の番号が書かれたメモを渡す。


 給湯室から出て行く安達さんの後ろ姿を見送ると、理子は急に疲れてきて、はーと息をついた。

 午前中だけでこの疲労感。

 急に声をかけられる事が増えたとは、モテ期にでも突入したのかもしれない。


 こんな調子で、あと半日を乗り切れるだろうか。

 自意識過剰だと思いつつ、誰かの視線を感じる度に不安になってしまった。

ヒロイン、魔王様は未来の旦那様と認めています。

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